第11話
「田中先生、今の話どういうことですか?」
「え」
田中さんが勢いよく振り返る。
長身の女性が立っている。いかにも仕事ができそうな女性だ。
「宇曽田、さん」
どうやら田中さんの知り合いらしい。そのわりに女性の目付きはするどいけど。
「もう一度聞きます。今の話は本当なんですか?」
「い、いや、その……」
田中さんがしどろもどろになった。
女性が小さくため息をついて俺を見る。
「はじめまして、てめなろー文庫に勤める宇曽田です。田中さんの編集を務めています」
「編集者の方でしたか。俺は浅原です」
「浅原さん、単刀直入に聞きます。あなたは【ダンジョンマスター三郎】を知っていますか?」
そっと横目を振る。
田中さんがこんがんするような視線を向けてくる。
正直作品に未練はない。
でも。
「はい。あれは俺が書いて、この人に盗まれた作品ですから」
小さな悲鳴がテラスの空気に溶けた。
田中さんをかばう理由もない。あの日の屈辱と憤怒は今も胸の奥で渦を巻いている。
深いため息が場を緊迫させる。
「正直に答えてくれてありがとうございます。おかしいと思ってたんですよ。全然プロットが上がらないどころか、文章を書く最低限のルールすら理解できてない。あげくの果てに自分の作品の設定すら覚えてないありさまで」
「思い入れがなかったんでしょうね」
「同感です。田中さん、この件は編集長に話を通させてもらいますからね」
「そんな!」
「そんなじゃないでしょう! この世には著作権というものがあるの! あなたのおろかな行いは会社の信用をゆらがせるのよ! 自主回収になったら会社にもダメージがある。そのコストを考えたことあるんですか⁉」
じゃ! 宇曽田さんが早足でカフェの出口へ向かう。
田中さんがあわてて追いかけた。
「ま、待って! 宇曽田さん!」
クラスメイトの背中もカフェの外に消えた。集まっていた視線が俺たちから離れる。
俺は天ノ宮さんに向き直る。
「情けないところを見せちゃったな」
細い首が左右に揺れる。
「浅原さん、今の方は」
「クラスメイトだよ。俺の小説を盗んだんだ」
「盗んだって、犯罪じゃないですか」
「ああ。でももういいんだよ。さっきの見てすっきりしたし、代わりの小説もできたからさ。ただ……」
「ただ?」
問われてハッとした。
口にした以上はごまかせない。
「あの女子田中さんって言うんだけど、クラスのトップカーストにいるんだよ。何を言いふらされるか分かったものじゃないし、どうしたものかなぁって」
「復讐されるか心配なんですね」
天ノ宮さんがう~~んとうなる。
パッと表情が明るくなった。
「いいことを思い付きました! 浅原さん、父の学校に来ませんか?」
「転入ってことか?」
「はい。父が運営している学校にはすごい人が集まってます。きっと楽しいですよ?」
「へえ、それは気になるな。でもすごい人が集まるってことは偏差値高いんだろ? 俺じゃやっていくのは無理だと思う」
「大丈夫です。偏差値が高いからすごいんじゃなくて、特技を持っているからすごいんです。浅原さんは小説を書いているんですよね? 盗まれた作品が書籍化した話が本当なら資格は十分だと思います」
「ああ、そっちの方向か。どっちにしても場違いじゃないか? 俺書籍化一回もしてないのに」
「盗作された作品が書籍化したじゃないですか」
「それはそうだけど」
そんなことで通るかなぁ。
でも絶対学校で居場所なくなるだろうし、だめで元々申請してみるのもありか。
「天ノ宮さん、校舎見学の予約ってホームページからでもできる?」
「できますよ。何なら今予約しませんか?」
「今から? 別に帰った後でもいいと思うけど」
「善は急げですよ」
天ノ宮さんがにこっと笑む。
笑顔に押し切られて、俺はスマートフォン越しに校舎見学の予約を申請した。
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