第10話
「やっぱ浅原じゃん。なんでこんなところにいんの?
田中さんが歩み寄る。
気味の悪い笑みだ。自分が俺に何をしたか忘れたんだろうか。
顔をしかめそうになるけど、テーブルの向こう側には天ノ宮さんがいる。
見栄で顔に微笑を貼り付けた。
「おしゃれなカフェを見つけたから友達と寄ってみたんだ」
「そ、そう」
田中さんがそわそわする。
天ノ宮さんがえしゃくしたのにまったく反応がない。心ここにあらずって感じだ。
正直不気味。早いところお引き取り願うに限る。
「ところで田中さん、何か用?」
「あ、ああ。浅原、あの作品の続き書いてみない?」
「……は?」
一瞬頭が思考を止めた。
「あの作品って、君が投稿したアレでいいんだよな?」
「そ。実は一巻の売れ行きが順調でさ、二巻出すことになったんだよ」
「へえ」
書籍化したことは知っていた。知った時はくやしさでスマートフォンを地面に叩きつけそうになったのを覚えている。
しかしおかしな話だ。二巻のアイデアならすでにまとめてあった。データを引っこ抜いた田中さんが知らないはずはないのに。
「じゃ書けばいいじゃん」
「そうなんだけどさ、アイデアまとめるの結構難しいんだよねー。浅原が一章書いたんだしさ、二章もちゃちゃっと書けるっしょ」
「だろうな」
「だったら!」
「でも書かない。あれはもう田中さんの作品だよ」
田中さんの気色悪い笑みが固まった。
「いや、そりゃそうだけどさ、でも元は浅原が書いたんじゃん。生み出した責任ってやつ? 果たしなよ」
「そんな物ないよ」
「あるって」
「あのな、本として市場に出した物はそうだろうけど、小説サイトの小説ってお金のやり取りが発生しないんだよ。責任が生じないんだ。だから続きを書いてほしいって願いを込めてポイントや感想をつけるんだろ」
「いや、そんなの知らないし」
「だよな。とにかく、俺に続きを書く義務はないってことだ。じゃあこの話は終わりな」
田中さんの顔から笑みがはがれた。
「いや、逃げんなよ」
「それは田中さんの方だろ。本を出してるんだから逃げずに好き勝手に書けばいい」
「分かった! じゃあ原案にしたげる!」
「はぁ?」
思わず声が裏返った。
近くに天ノ宮さんがいるのに、恥ずかしい。
でも言いわけさせてほしい。こんな提案されるなんて誰にも予想できないだろ。小説を盗んだやつから原案にしてやるって、どんな悪夢だよ。
俺の内心なんて考えてすらないんだろう。田中さんがまたニヤついて言葉を続ける。
「私知ってるよ! 世の中にはコンビを組んで漫画描く人いるんでしょ? 浅原がストーリー考えて、私が書けば完璧じゃん!」
「どこがだよ。お前プロットも書けないんだろ? 本文書けるわけないじゃん」
田中さんがきょとんとする。
あ、やべ。ついお前って言っちゃった。あまりにもなめられているから素が出ちゃった。
このままじゃ精神衛生上よろしくない。早く田中さんから離れないと。
「天ノ宮さん、急用思い出したから帰るね」
「え、ええ」
「いや待てこら投げ出すなよおい」
「俺から奪っておいてどの口が言うんだよ」
「お前が始めた物語だろッ⁉」
突然大声を出されて息が詰まった。周囲で談笑するお客さんが田中さんに注目する。
いや、その、なんだ。
こんな状況で「お前が始めた物語だろ」を言えるやつって、世界中探しても田中さんしかいないんじゃないだろうか。




