32.誓い
「デューク! 隠れていた男が火をつけた。おい! くそっ。デューク、そっちに男が」
抱き合ったのは一瞬で、部屋越しに聞こえるユリシーズの声にデュークがすぐさま立ち上がりドアの前へと向かう。
こちらに向かって走ってきた男に、剣を構えたデュークは腕を切りつけ薙ぎ払った。男は悲鳴とともにその場で倒れ込んだ。
デュークは冷たく男を見据えたが廊下の先に視線をやり、すぐさま私のもとへと来るとそのまま私を抱き上げた。
「デューク様?」
「火の回りが早そうだ。すぐに脱出する」
「わかりま、……デューク様、男が」
視線の先では元騎士よりやせ型の、あの日宝飾店ですれ違った眉尻に傷のある茶髪の男が、血を流しながらさらに火をつけようとしていた。
「何をしている!」
デュークが私を抱き上げたまま、男の顎を思いっきり蹴り上げると、男はがくりと項垂れ動かなくなった。
粗野なデュークは見慣れないが、私を抱えたまま器用に対処する姿は頼もしい。だけど、感動している場合ではない。
階下で「水を持ってこい」と消火活動が行われようとしているが、思ったよりも火の回りが早く、私たちがいるところまで到達できないようだった。
「デューク様……」
「大丈夫だ。フェリシアのことは俺が守る」
ぱちぱち、と大きな音とともに燃え広がる周囲から、焦げた匂いがする。徐々に煙に視界が妨げられ、前方が見えない。
煙で目を眇めるその間にもみしみしと音を立て、目の前の壁が崩れる。
デュークが私をかばうように背を向け、倒れてきた柱から逃れるように身体を滑らせた。
私に絶対当たらないよう無理した動きのせいでどこかをぶつけたのか、くっと呻く声とともにデュークが眉をひそめる。
「デューク様!」
私を抱きしめ荒い呼吸をデュークが繰り返した。
どくどくと鼓動を打つ振動は、張り裂けてしまいそうなほど音を立て、まるでそこだけ別のものとなったようだ。
「怪我はない?」
「私は大丈夫です。でも、デューク様は……」
「問題ない。だが、足を捻ったようだから、抱き上げることは難しいかもしれない」
ふっと息をつくとデュークはそこで髪をかき上げ先に立ち上がると、私のほうに手を差し出した。
「大丈夫か? 救出は済んでいる。あとは二人だけだ。早くしないと建物が崩れるぞ」
煙の向こう側で、ユリシーズの声がする。
袖で口を押えながら、私たちは頷いた。
「デューク様、行きましょう」
走り出そうとしてデュークが動かないことに訝しむと、デュークは少し青い顔をしてぎこちなく微笑んだ。
「ああ。先に行ってくれ。フェリシアの足を引っ張ってしまう」
ひょこっと足を引きずりながら進んだデュークは、情けなさそうに苦笑する。
「そんなっ!?」
「最後までそばにいて守りたかったが、あそこを抜けたら外に出られるはずだ。走りさえすれば間に合う」
戸惑う私を強い言葉で突き放す。
建物の中で罵声や怒声が響き、早く、と急くユリシーズやセラフィーナの声も聞こえた気がしたが、しん、と怖いほどに一瞬の静寂が場を支配した。
熱が肌をあおり、煙が視界を遮るなか、私はデュークを見た。
迷いのない意志のこもった濃紺の瞳が私をひたと据え、そのあまりにも揺るぎない瞳を見て涙が出た。喉の奥が詰まったように何かが邪魔をして、声が震える。
「そんなの……」
どうしようもない怒りで声が震える。
――どうして……。
どうして。どうして。どうして。
そればかりが渦巻き、私は初めてデュークを睨みつけた。
突き抜けるような怒りに顔が熱くて、変に力が入っているのか頬がじんじんとした。
「頬が痛い」
「大丈夫か?」
思わず呟くと、デュークがあわあわと心配そうに手を伸ばしてきた。
私はその手をぎゅっと遠慮なく掴みぶんぶんと振ろうとしたけれど、デュークの力のほうが強くてただ握っただけになる。
私はそれさえも腹が立って、ふんす、と息を吐き出した。
頬も、手首も痛い。だけど、そんなものよりも胸がどうしようもなく苦しくて、この苦しさは全部デュークのせいだとぽかりとデュークの胸を叩いた。
なんで、そこで私がデュークを置いて一人で行くと思えるの?
一緒にいるのに、離れる選択などする理由などない。私だってデュークを守りたい。私のデュークへの気持ちを舐めているのか。
そう思うと悔しくて、私は涙を流した。
「フェリシア……」
「これはデューク様が泣かせているんです」
デュークは目を見張り、想像にしなかっただろう私の反応に戸惑いながらじっと私を見下ろし、私の言葉にくしゃりと顔を歪めた。
涙を見せるのも悔しくてぐしぐしと手の甲で涙を拭いていると、デュークに手をそっと掴まれる。
「ごめん」
「許しません。私を傷つけたくないと言ったのに。今、デューク様が私を傷つけています」
意地悪を言うデュークは知らないと涙を流したまま睨めつけると、デュークは情けなく眉尻を下げた。
「命にかけてもフェリシアを守ると決めていたから。どうしようもないほど、愛してる。だから、先に行ってくれ」
これだけ告げてもそんなこと言うデュークの頬を、ぱしっと叩いた。
徐々に火の手は近づき木々がみしみしと崩れ落ち、ここで決断しないと後戻りできない。私に叩かれて信じられないと呆然とするデュークに向かって、思いっきり叫んだ。
「……ばっか、デュークぅぅ」
これまでにない大きな声が出た。
腹が立ちすぎて、ぽかぽかと全力でその胸を叩く。
どうせ、私の腕力はクッションにもバカにされるくらい非力だ。痛くないだろうと、遠慮なく叩き続けた。
本当に不器用でまっすぐな人。守るなら、守ってくれるなら、私を一人にしないで! デュークがいてくれるなら、傷ついても構わない。
ぼたぼたと涙が落ちる。
「フェリシア……」
「愛しているなら諦めないで! 私を一人にしないでください」
死んだら恨んでやる。何のためにデュークとすれ違ったりしながらも、動いてきたのか。
デュークとの未来のため。そのデュークがいないのなら意味がない。
心からの叫びに、ぴくっとデュークの身体が揺れる。
「そうか。そうだな」
「そうです。デューク様なら二人で脱出できますよね。デューク様は私を守ってくださるのでしょう? だったら一緒に行きましょう。私は私でデューク様を守ります」
「ああ。そうだな。フェリシアを置いてなんていけない。何より、俺がフェリシアのそばにいたいんだ」
私はデュークの捻った右足側に回り、支えるように足を踏み出した。




