23.焦燥と新たな情報
私はベッドにころりと転がりクッションに顔を埋めた。
「一度は死に役から逃れたと思ったのに」
自室にいると、物語に捉われたまま何も変わらない現状に対して自然と不安が漏れ出てしまう。
とうとう物語通りに窃盗事件が起き、展覧会に展示されていたピンクローザが盗まれてしまった。
それはつまり物語の展開通り進んでいることを示し、死に役に対して警戒しながらなんらかの対策は取っていかなければならず、どうしてもこの後の誘拐事件、ピンクローザを意識する。
その上、デュークとの関係も改善はみられないままで物語がメインイベントに進みそうで、さらに気鬱に感じる。
イレイン王女に対して警戒も緩み、動きも違うのではと思っていた矢先だったので落ち込んでいると、デュークもかなり落ち込んでおり、守る姿勢はかわらないままぎこちなさが増していた。
「どうしてこうなったのだろう……」
何をどうしていればよかったのか。
今日もデュークは屋敷まで見送ってくれ、先ほどまで話をしていた。
不意にも触れることのない絶対的な距離以外はとても普通だったが、私がそのことに触れようとするとすぐに話題を逸らされた。
大事に想ってくれていること、私がデュークを好きだということは互いに伝わっている。一番大事なところはわかり合っているのに、どこか上滑りする空気がもどかしい。
心配のため私にじっとしていてほしいデュークと、どうしても受け身のままでいたくない私ではどこまでいっても平行線。
「お互いのこと、自分たちの関係のためにという気持ちは同じなのに……」
考えても、考えても、もどかしさは拭えない。
天井を眺め思考を巡らせながら、これからどうすべきか考える。
イレイン王女の動向はこのまま注視するのは変わらないが、やはりここはベリンダが関係していたらと考えてみるべきかもしれない。
「ベリンダ、かぁ」
私にとっても鬼門ともなる人であるが、避けては通れない。
転生者のベリンダではなく、あくまで物語のヒロインでヒーローとくっつくとすれば、ベリンダ側の問題とは何だろうか?
恋のライバル的な存在といざこざ、その過程で事件に巻き込まれた話は定番だ。
誰かがデュークを狙っていたとすれば、その相手は誰だろうと考えてみる。だが、今のヨネバミア国側の人たちには浮かばないし、イレイン王女を含む女性たちにそのような素振りは見えない。
転生者のベリンダがやらかしたからもあるけれど、最初からヨネバミア側は婚約者のいる相手に配慮がうかがえる。
何より、もしデュークを狙う人がいてもデュークがよそ見するとは考えられず、私自身もデュークを誰にも譲る気はないため、この先もしそういうことがあったとすれば私がどうするかは決まっている。
恋愛に限らないとすれば、やはり交流があったヨネバミア国側の人物が関係していそうだとは思うのだけど、探るにも物語とこの世界にいるベリンダは違う。
しかも、この世界のベリンダは転生者であり回帰者。彼女は独自のルールで動いていたので、変わっている可能性だってある。
「結局、そこに戻ってきてしまうのよね」
私は大きく息をつき、うーんと伸びをして身体を起こした。
私が何か動いたところで何も変わらないのか。いや、確かに私はコーディーとベリンダからの脅威は逃れられたのだから、ここで弱気になってはいけないと気持ちを立て直す。
メインシナリオは進むようになっているのだとすると、ベリンダとヨネバミアとの関係で何か見逃していることがあるかもしれない。
もしくはもっとシンプルで、ヒロインの性質的に好ましからずともずぶずぶと事件に入り込んでいた可能性もある。
私が記憶している物語のベリンダは、デュークの力になろうとする献身的なヒロインだ。デュークのために何かできないかと動き重要な手がかりを持ち、事件に近づいてしまう可能性はある。
根拠のない予測ばかりは、まるで雲を掴むようだ。
――大丈夫。諦めない限りきっといい方向にいくはずだ。
完全に物語から解放されるまでシナリオでもなんでもは戦うのだと、私はテーブルの上に置いてあるガラス細工の小物入れと髪留め、そして飾りピンを眺める。
「強制力には屈しないし、私の人生は私のもの。私は私で好きにするんだから」
私はそばにあるクッションを、ぎゅむっと抱きしめた。
◇ ◇ ◇
休日の午後。行ったり来たりの思考を抱え部屋にこもり一人もんもんと考えていた私は、カーティスに連れられ街に出ていた。
「フェリ。こっちだ」
あちこち巡った後、私たちは話の流れからカーティスの先輩騎士のもとへ訪れていた。
がっちりした体躯の赤茶髪の男は、展覧会で窃盗があった日に警備をしていた人物で、彼の同期の友人が事件後から行方をくらませていると説明を受けている。
ちょうど先輩騎士も休みだというので、あれよあれよと話が決まりすぐに会うことになった。
こういう時の兄は非常に心強い。普段の兄の交流や性格ゆえの展開に私は戸惑いながらも、事件に対して動けている事実が憂鬱な気分を少し軽くする。
自己紹介と軽く談話し、事件が起きた当日の話になった。
「事件が起こったのは夜間だ。犯人たちは開催時間にすでに侵入し隠れていたんだ。それから人が少なくなったのを見て犯行に及んだ。騎士の中に裏切り者がいたためこちらの巡回ルートや時間なども読まれており、まんまと盗まれた。止めようとした騎士の中には怪我をした者もいる」
厳重であるはずのチェックをすり抜けるとは、どのような状況なのかと考えていた。
だが、ほかにも行方をくらましている人物がいるようだし、それぞれ精通している者が協力して犯行に及び、完全に意表を突かれた形になったようだ。
「大胆というか、計画的な犯行ですね」
「ああ。俺はあいつと一緒に門の警備をしていた。博物館の塀は簡単に登れないし、登ろうとすれば気づける。だから、門を通るしかないんだ。あの日は交代するはずの騎士が体調をくずしたため、いつもより俺が長くいることになった。寒さで俺が催しトイレに行っている数分、俺が戻った時にはあいつは犯人たちと逃げていた。学生時代も含め十年来の付き合いで、完全に信用していた。まさか、そこを突かれるとは思いもよらなかったよ」
「相棒を疑ったらそれこそ仕事に支障をきたす。先輩は悪くないですよ」
カーティスは難しい顔で腕を組み、ぽつりと呟いた。学生時代ということは、その元騎士と知り合いではなくとも見かけたことがあるのだろうか。
「だといいが、見抜けなかったことが悔やまれる。これまであいつは勤務態度に問題もなく、いたって真面目だったんだ。だから余計に信じられないが、姿を消したということはそういうことなのだろう。できれば俺が見つけて一発殴りたい」
元騎士に何があって、もしくは初めからそれを狙っていたのかはわからないが、裏切られた気持ちと情があったからこその怒りがあるようだ。
「姿は見なかったのでしょうか?」
「一瞬だが、明かりに照らした時に茶色い髪と瞳の男を見た。ひょろっとしていたが、その男が主導で動いていたように見えた。五人ほどいたが背格好も似たり寄ったりだったな。そうだ。元同僚も茶髪の髪に瞳だな。……世間に紛れやすいように実行役はそういったヤツでそろえているのかもしれない」
「茶色い髪に瞳の男性……」
展覧会での窃盗事件の少し前、私が店兼工房による前に訪れた宝飾店が窃盗に遭った。そこで私は茶髪の髪と瞳の男にぶつかりかけたが、これは偶然だろうか。
考え込んでいるとどうしたとカーティスに訊ねられ、私はその時のことを話した。
「同じ人物かはわかりませんが、細身のどこにでもいる穏やかそうな男性でした。ですが、風に煽られて見えた眉尻に、うっすらとですが切り傷があったのが印象深かったので記憶に残っています」
「穏やかそうな見た目に反して、その傷が生々しい、古いものには感じられなかったんだな」
「そうかもしれないです。まだ赤みが残っていたので、最近とはいわずともまだ数年も経っていない気がしました。茶色い髪に瞳だからと反応するのはあれですが、宝飾店に訪れていたこともあり、もしかしたらの可能性もあるのではと」
嫌疑をかけるには弱いけれど、それでも偶然とするには見逃せない。
先輩騎士は自責の念から自主的に捜査を行っているとカーティスから聞いていたので、彼は考えるように目線を下に向けていたが、徐に口を開いた。
「その可能性はあるな。複数人で下見をしていると考えると、茶色の髪に瞳の男に絞って再捜査するほうがいいかもしれない。あまりに印象が残らず見過ごされていた可能性もあるし、もう一度、そのような男がいたかどうか聞いてみるとしよう。もしかすると、その時にお嬢ちゃんが傷口を見たことに気づいていた場合、俺が動くことでお嬢ちゃんが目を付けられるかもしれない。気をつけてくれ」
私はカーティスに視線を向けると神妙に頷いたので、私は気を引き締めた。




