21.行き違う想い 前編
現在の曖昧な状況から早く抜け出し、デュークとの微妙な関係も改善するためにさっそく情報を集めるべく私は帰ってから新聞を読み直した。
兄のカーティスを捕まえ情報を確かめると同時に、記録の整理に費やし、ユリシーズにさらに話を聞けたら何かしらの結論が見えてくるのではと、意気揚々に出かけた次の日。
私は学園に行くこともできずに、ウォルフォード公爵邸のデュークの部屋に押し込められ軽い軟禁状態になっていた。
ドミニクのこと、そしてユリシーズの話をしてから不機嫌になったデュークは、有無を言わせず行先を変更し、私の苦情もすべて無視し、無言のまま馬車からは抱かれたまま移動した。
私が出ていかないよう、ドアに凭れ監視するデューク。
ソファに座らされ、私の目の前のテーブルにはいつものように私が好きな物が並べられているが、さすがに手をつける気にはなれない。
「デューク様、なぜこのようなことを?」
腕を組んで考えるようにとんとんと指を動かしていたデュークは、ぴたりと動きを止めて無言でじっと私を見つめた。
感情を押し殺した温度のない彫像のように整った顔には、苛立たしげな表情が浮かんでいる。怒っているようでいて悲しげな空気を漂わせていた。
その様子に胸がきゅっと締まり、私は再度声をかけた。
「デューク様!」
学園を理由もなく休むなんてことも、私の問いかけも無視するのも、全くデュークらしくない。
らしくはないが、こんなことをしておいて私が疲れないようにサイドにクッションを置き、風邪をひかないようにとしっかりと毛布を掛けられた。
気遣いはちゃんとするのに、ほかは一切私の言葉に耳を傾けなくて頭が混乱する。
こちらも無言でじっと見つめると、デュークはゆらりと視線を揺らした。再度名を呼ぶと、瞼を伏せ、ふぅっと大きく息をつきやっと口を開いた。
「――……フェリシアが危ないことに首を突っ込もうとするから」
「調べるだけです。そこで何かがわかれば必ずデューク様と共有しますし、無暗に首を突っ込むつもりもありません。それの何がいけないのか、私にはわかりません」
死に役であることは、物語が終わったと確信できるまでずっと意識するもので、ピンクローザの在り方は、私にとって大事なピース。
危険があるのなら、どうしても巻き込まれてしまうのなら状況を理解し、自分のために、デュークと過ごしていくためにできることはしていきたい。
むしろ最悪の事態を想定してそうならないために動いており、隠すこともせず常に何をしていたか話をしている。
無茶はしていないとわかるはずなのに、と私は唇を噛み締めた。
「窃盗団のことは任せておけばいい。フェリシアがそこまで気にする理由が俺にはわからない。なぜ、そんなに拘るんだ?」
「デューク様こそ、どうしてそこまで制限をかけようとするのですか?」
イレイン王女、そしてユリシーズが関わると、途端にデュークの余裕がなくなる。
「俺はなぜだと聞いているんだ。ピンクローザについて気にしているのは知っているが、それはフェリシアには関係ないだろう? 狙っていたかもしれないマッケランはおらず、イレイン殿下が狙っていたとしてもまさか盗んでなんてことは一国の王女がするわけがないし、仮に窃盗団が狙っていたとしても守るのは騎士たちの仕事。ピンクローザを最終的にどうするかは国王陛下次第だ」
正論をかざされ、怒りをも含む眼差しで射貫かれ私は目を伏せた。
それは重々承知の上だ。死に役から逃れたい、逃れた確証が持てるまで安心できないため、その不安を終わらせるためにはどうしてもじっとしていられない。
「それは……、わかっています。下手に動いて目を付けられるようなことは望んでいません」
「だったら、大人しくしておけばいい。フェリシアは店もやっているし、もしかしたらすでに宝石関連で目を付けられている可能性だってあるだろう? そのなかであちこち嗅ぎまわるような動きをしたら、いらぬ誤解を与えて狙われるか可能性だってある」
「そうですが」
そうなのだけど……、と唇を噛み締めるとデュークが苦しそうな声を上げた。
「俺は、フェリシアを失うことは二度としたくない。フェリシアの気持ちも尊重したい。だけど、これは違うだろう? 工房に通うこととは違ってフェリシアが好きでしていることではないし、フェリシアがしなくてもいいことだ。そもそも、なぜユリシーズなんだ?」
デュークの言い分は最もで、芯をついてくる問いかけに言葉をなくす。
奮い立たせていたものが大きく揺れてこぼれそうになったが、ぎゅっと手を握りデュークを見た。
じっと私を見据える双眸には抱えきれぬ憤りを湛えながら、へにょりと下げた眉は私への心配を表している。
私を部屋に閉じ込めた衝動的な行動からも、デュークの葛藤がひしひしと伝わり、私の中の感情も弾けてしまいそうだ。
――生きたいだけ。死に役の呪縛から逃れ、デュークと過ごしていきたいだけなのに……。
どうして好きな人と、デュークと揉めているのか。
意味がわからないとこみ上げる感情を飲み込もうとしたが、喉に張り付いてそれすらもうまくできない。息が詰まって胸が痛い。
一緒にいたい相手と言い合うことになっている事実に、情けなくもあって伝わらない想いがもどかしくて、痛む胸にどんよりと見えない重りがのしかかる。
だが、たとえどれだけ苦しくても、どうしてもこの件は譲れず動かないという選択はないため、少しでも理解してもらえるよう言葉を重ねるしかない。
無理やりでもそれらを取っ払うように、ふぅぅぅと長めの息を吐き出し、胸が詰まるなか私は口を開いた。
「……先ほどの話でしたら、ユリシーズ様とは昨日はたまたま出会ってお話をしただけで。イレイン殿下に近しい方ですし、窃盗団の話もなさっていたのでいろいろ情報をお持ちで、ご本人も協力的ですので」
「今日も一緒に行動するのだろう?」
「必要ならとお声がけいただきましたが、まずは情報を受け取ってから判断をと思っておりました」
決してやましいことはないし、一緒に行動することが目的ではないとはっきりと告げたが、デュークは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「先日も楽しそうに話していたし、俺にはフェリシアが何を考えているのかわからない」
「先日? いつの話かわかりませんが、ユリシーズ様は場を和ませるのが上手な方なので笑うことも多いかと。どうして疑うようなことを……、私を信じてくれないのですか?」
デュークが気にする理由はなんとなくわかるが、冗談交じりの言葉はあっても、ユリシーズに真剣に口説かれたことなどない。
「信じているからこそ頼ってほしい。どうしてわかってくれないんだ。ユリシーズが明らかにフェリシアを贔屓しているのはわかるだろう?」
「それについては……、どちらかというと見守ってくださっているような、私としても同じ歳なのですが兄のようだなと思うこともあります。それとデューク様がいる時にあのような話をされるだけで、おられない時に困るような話題を出されたことはありません」
その手の言葉はデュークといる時に発言されることが多く、最初からずっとやましいことがないよと私やデュークへの配慮は感じられる。
「兄?」
「はい。タイプは違いますが、ミッチェル兄様を思い浮かべたこともありました」
デュークはそこでほっと息をついた。相当気にしていたようだ。
「そうか……」
「デューク様も、ユリシーズ様のそういうところは理解しておられますよね?」
デューク自身がユリシーズを嫌っていないことはわかっている。嫉妬しているのだともわかる。
わかるから私も話しかけるのはデュークがいるとき、そして話した内容もなるべくすぐに話すようにしてきた。
「だが、手の甲にもキスをされていた」
「それは挨拶だとわかっていますよね? それに私だけでなくジャクリーンもですし」
「可愛いと言われて満更ではなかったのではないか?」
「そんな顔していません」
褒められて悪い気はしないけれど、決してそれで浮かれたりはしない。
自分でもどうしてなのかわからない。デュークの反省も後悔も、とても想われていることもわかっているのに、ものすごく腹が立ってきた。




