15.すれ違う思い
一週間後、剣術大会が開かれることになった。
残念ながらザカリーは健闘していたが一つ前の試合で負けてしまい、今、第一学年の勝者が決定したところだ。
大きな拍手に包まれるなか、第二学年の開催まで少しお待ちくださいとのアナウンスとともに、少し離れた場所に座るイレイン王女の様子が目に入った。
護衛騎士に耳打ちされ真剣な表情でこくりと頷くと、一人席を立つ。
――どこに行くのだろう?
横に座るセラフィーナを置いての行動に、なんとなく引っかかった。追いかけようと席を立ったところで、後ろから呼び止められる。
「フェリシア!」
振り返ると、足早にこちらに向かってくるデュークが目に入った。出場者でもあるデュークは階下にいるはずだが、合間を縫って私の様子を見に来てくれたようだ。
イレイン王女がどちらに向かったか後ろ姿を確認し、私はデュークと向き直った。
「ザカリーは残念でしたね」
「ああ。悔しいだろうがこれもいい経験だ。ところでどこに行こうと?」
「少し気になることがあるので、確かめに移動しようとしていたところです」
「一人では危ない。俺も行く」
先ほど私が向けた視線の先を見たデュークは眉を跳ね上げ、力強く断言した。
まっすぐに見つめられ、私は思案する。
もし休憩時間に帰ってこられなくても、第三学年の試合開始までは時間がある。それなら一緒に行動したほうがいいかと応じようとしたところで、デュークはテレンスに呼び止められた。
「いたいた。デューク! 担当の先生が腹痛で審判ができる者がいなくなった。第二学年の試合の審判をしてくれないか? 審判できる者を用意するまででいいから」
「わかった。すぐに行く。フェリシア、ごめん。そういうわけで俺は一緒に行けなくなった。気持ちもわかるが、できれば一人では行動しないでほしい」
懇願を含む双眸にひたと見据えられ少し揺れたが、やっぱり気になると後ろを振り返った。
当然ながらイレイン王女の姿は見えず、今から追いかけても遅いかもしれないけれど、確認だけでもしておきたい気持ちが勝る。
「様子が気になったので、どこに行かれるのか、もしくは誰と会うのかだけでもこの目で確かめておきたいです」
徒労ならばそれでいい。これからのことを考えると、あの時に確認していたらと思うような事態だけは避けたかった。
「だが……」
デュークが目を見張り厳しい表情で言い募ろうとしたが、私は首を振った。
危険だと判断したらその手前で引き返すつもりだ。だから大丈夫だと言葉を重ねる。
「デューク様、心配してくださるのは嬉しいです。ですが、私も危ないことをするつもりはありません。ただ、少し確認をしたいだけです」
「それはフェリシアがしないといけないことなのか? 俺は危ないことはしてほしくない。とても心配なんだ」
沈痛な声が耳をかすめ、私はゆっくりと瞼を伏せた。
デュークの気持ちは、痛いほど伝わっている。ベリンダの騒動後、これまで告げられてきた言葉や態度に心は温められた。
それと同時に、私もデュークを諦めなければいけない、死んでしまうかも、理不尽だといったこれまでの大きく揺れ戻しを繰り返した気持を思い出すだけで、胸が締め付けられる。
事件が解決し、周囲の配慮のおかげで吹っ切れてはいるけれど、すべてを消化してしまえないのは物語が終わっていないことを知っているからだろう。
降りかかるものが定かではなく、回避できていたとしても、なんらかの形で死に役ではなくなったと確認しない限り、それらはずっと付いて回る。
そのため物語に関わるこの件は、最後まで全力で向き合っておきたかった。
その辺りを上手く伝えられないため、もどかしい思いをさせているのもわかっているからこそ、意見が合わなくなると私も苦しくなる。
デュークとの関係が、今の幸せが大事だからこそ、頑張りたいのだとこの複雑な気持ちとともにどうしたら伝えられるのだろうか。
私は意を決し、デュークを見つめた。
「デューク様の心配する気持ちもわかっていますし、感謝しています。ですが、私だっていろいろ考えているんです!」
強制力が働くならばピンクローザを得るために動こうとは考えてはいるが、私の目的は死に役の回避、死に役ではないと確証を得ることなので、自ら危険なことに首を突っ込むつもりはない。
それに、私が危険な目に遭えば、デュークにも危険が迫る可能性は高い。物語のヒーローという意味でと、自惚れでもなく私を守ろうとするデュークの志から、それらは避けられない。
だから、危険を取り除くために、危機が迫ってきたときにうまく立ち回れるように情報を得ようとすることは悪くないはずだ。
死に役だとわかった時の絶望と、盛り上げ役であることの虚しさ。何より、デュークを諦めたいのにと葛藤した日々。
それらを経て掴んだからこその今を、もう二度と失いたくない。
頼りなく見えるかもしれないけれど、譲れないのだと眼差しで告げる。
「フェリシア……、どうしてそこまで……」
じっとしていてほしいと、デュークの本音がこぼれ落ちる。説得しようと伸ばされた手から、反射的に逃れるように私は身体を引いた。
デュークがわずかに息を呑み、戸惑いに揺れる濃紺の瞳と絡み合う。
悲しそうに顔を歪めたデュークは、掴もうとしていた手のひらをゆっくりと見つめた。その表情はひどく強張り、双眸は戸惑いと混乱に揺れている。
ずんと胸に重しがかかったようで、私はきゅっと口を引き結んだ。
まともに息がしにくく苦しさを覚えるが、気持ちを伝えなければと口を開いた。
「もう少し私を信用していただけませんか?」
「信用していないわけじゃない。フェリシアにはもう二度と傷ついてほしくないんだ」
それもわかっている。わかっているけれど、心配するのは何もデュークばかりの特権ではない。
苦痛に耐えるように眉間にしわを寄せる様子を眺めながら、私は唇を噛み締めた。
デュークの気持ちを蔑ろにしたいわけではない。心配してくれているのは嬉しいし、私の考えを蔑ろにしようとしているわけではないことも知っている。
だけど、どうしても噛み合わない。お互いに相手を想っているのはわかるのに……。
それに、ちょっとここ最近心配が過度すぎると感じる。
尊重しようというのは伝わってくる。
一度は指摘されて自重してくれたけれど、イレイン王女たちが来てから考え込むことも増え、ユリシーズが絡むと好戦的になり、何かと私の動向を気にするようになった。
一人で行動とはいっても昼の学園だ。皆、それぞれ思い思いに動いているので、そこまで過敏になるような状況ではないと思ってしまう。
デュークの気持ちもわからないでもないし、嬉しいのも本当だ。だけど、これでは私は何もできないままだ。
私は私のために、デュークのことが、周囲のことが大事だからこそ、これからも考えて動いていきたい。
それにできれば賛同してほしいし、後押ししてもらえると心強いとは思うけれど、それはただの私のエゴだ。
私のしたいこと、デュークのしたいこと、してほしいことすべてが一致するなんてあり得ない。デュークに守られることが悪いことではないことも理解している。
何もしないことで、安全や安寧が得られることだってあると、ふと楽をしたい気持ちが勝ると揺れる。
けれど、守られるということは、何かあった際に守る側がより危険に晒されることだってあるのだ。それが怖い。
「デューク。そろそろ行かないと始まるから」
「……わかった」
それはあってはならないとスカートを握ると、テレンスに催促され、しばらく私の腕を掴み損ねた手を見ていたデュークはぐっと拳を作った。
数秒険しい顔で先ほどイレイン王女がいた場所を見つめ、絞り出すような低い声とともに最後は送り出してくれた。
「……気をつけて」
「はい。すみません。デューク様の試合、楽しみにしております。頑張ってください」
「ああ。ありがとう」
笑みを浮かべようとして失敗した硬い表情とともに、真摯な目で見つめられる。
その際に、こちらまで伸ばそうとした手は途中でぴたりと止まり、伏せられる双眸とともに戻された。
――あっ……。
自分よりも大きな手をじっと見つめ、自分で避けたことなのに触れられなかった腕と胸がすうすうする。
心配してくれている、優しい婚約者を傷つけてしまった。
デュークの去る姿を確認し私は深く息を吐き、後ろ髪を引かれながら、イレイン王女が出ていったほうへと足を向けた。




