12.過保護な婚約者
いろいろあったが、無事予定をこなすことができた帰りの道中。
ジャクリーンはクリストファー殿下とイレイン王女、私はデュークとセラフィーナとユリシーズと歩いていた。
イレイン王女が嬉しそうに話す様子を後ろから慈しみのこもった双眸で見ていたセラフィーナが、風に吹かれて揺れた髪を直しながら私のほうへと顔を向けた。
にこりと微笑んだセラフィーナの手首から、きらりとブレスレットが光る。
しゃらりと滑り落ち袖の下へと隠れてしまったため全体は見えなかったが、細身の金細工に等間隔に宝石が配置されていた。
大事なもののようで、彼女はいつもそれを身に着けている。
今日はイレイン王女たちと出かけることがわかっていたので、話題にも出たドミニクに作ってもらった武器にもなる飾りピンをつけている。
一見普通のアクセサリーだが、カバーを外せば尖った凶器となる簡易的な物だ。金細工の可愛いピンはお気に入りで、いざというときに役に立つと思うだけで心強い。
すっかり寒くなったと上着を寄せながら視線を合わせると、セラフィーナはさらに笑みを深めた。
「今日はたくさんのお店を紹介いただきありがとうございました。先日も意外なところでお会いし、フェリシア様たちの活動範囲の広さにびっくりいたしました」
「学園外で、しかも孤児院で出会うとは思いませんでしたので私も驚きました。セラフィーナ様は赤子の扱いが上手ですね」
私たちがよく訪れる孤児院でイレイン王女たちと出会ったばかりで、そのことに触れるとセラフィーナはにこりと微笑んだ。
「私は教会が営む孤児院で過ごした時期があるので」
「……」
まさかの話になんて答えたらいいのかと言葉を失くしていると、セラフィーナが少し困ったように眉尻を下げた。
「少し特殊なだけで、家の複雑な事情とかではありませんから気にしないでください。四歳の時に誘拐され、巡り巡って教会に拾われ後にホリングワース家に八歳の時に帰ることができたのですが、その間大勢の子供たちと一緒に過ごしていました」
「そんなことが!? 大変だったんですね。ご無事でよかったです」
同じ歳なのにイレイン王女をまるで妹でも見守るような大らかな雰囲気は、彼女の複雑な生い立ちからきているようだ。
「確かに大変ではありましたが、そのおかげで仲間やシスターたちとも出会えましたし、両親や周囲の大人はかなり私に甘いんですよ」
気負いなく穏やかに微笑むセラフィーナの姿は、まるで聖母のようだ。
「それは……、セラフィーナ様の広く優しい心が周囲に影響を与えているのだと思います」
「ふふっ。ありがとうございます。ただ、子供といえども貴族社会。ましてや孤児院で過ごしていた時期もあるのでなかなか馴染めず、戻ってきてからのほうが苦労しました。そんな時に、イレイン様に手を差し伸べられてから好転したのです。私の常識のない距離感も喜んでくださって、それからずっとお慕いしております」
セラフィーナの中でイレイン王女は恩人。そして、その王女自身も、穏やかながらも悪いときは悪いと言ってくれるセラフィーナがかけがえのない友となったようだ。
良い関係だと頷いていると、セラフィーナが空気を変えるように話題を変えた。
「それにしても、注目していたドミニク氏がフェリシア様たちのお店で働いていると知り、本当に驚きました。世間は狭いですね」
「そうそう。僕たち、彼の作品を探すのにかなり付き合わされましたからね」
そこでユリシーズが、興奮と疲れを混ぜ合わせたような声を上げた。思い出したのか、ははっと顔が引きつっていたので、言葉通り本当にあちこち回ったようだ。
今日の案内で大変さは身に染みたので、私は労うように笑みを浮かべた。
「それは、……ご苦労様です。イレイン殿下のお求めの装飾品があってよかったです」
そこからはイレイン王女がこの国に来てこれまで訪れたお店の話で盛り上がったのだが、穏やかな空気に水を差すように、冬の気配を帯びたひんやりした風が吹き抜けていった。
身震いしていると、小さな段差に足を引っかけた。
痛む足では踏ん張りが効かずそのまま前に身体が前に倒れていったが、ユリシーズにぐいっと腕を引っ張られ、勢いが余りぽすっと彼の身体に倒れこんだ。
「おっと、焦った。危なかったね」
「あっ、ありがとうございます」
体勢を立て直し慌てて礼を述べると、ユリシーズが爽やかな笑みを浮かべた。
「気にしないで。それよりも大丈夫?」
「はい。おかげさまで」
さすが騎士だ。スレンダーな見た目に反し、力強い引きだった。
みっともなくこけなくてよかったと再度礼を述べていると、背後からひょいっと抱え上げられ、その際に上着をかけられる。
「フェリシア、これを羽織って」
「ありがとうございます」
残った温もりとデュークの匂いに包まれちょっとほっと息をつき礼を告げると、デュークはしかめ面で私を見下ろした。
想像とは違う表情に眉を寄せると、デュークは視線を私の右足へと固定しながら不機嫌そうに告げた。
「靴擦れを起こして足が痛いのだろう?」
「どうしてそれを……」
何度か履いているとはいえ新しめの靴はまだ足に馴染んでおらず、痛かったけれど歩けないことはなかったので我慢していた。
誰にも気づかれないようにしていたつもりだが、デュークは気づいていたようだ。
「さっきから足があまり上がっていない。一緒にいるのだからフェリシアの変化はすぐわかる。すぐに助けられなくてすまない」
ジャケットを着せようと脱いでいたところで私が躓き、間に合わなかったことを気にしているのか、その表情は声音とは反対に強張っている。
私が声をかけようとすると、ついっと視線をユリシーズのほうへと顔を向け、デュークは頭を下げる。
「ランプリング殿もフェリシアを助けてくれてありがとう」
「いや、怪我をしなくて何よりだよ」
「本当に助かった」
そう告げるデュークの私を抱く腕の力が、きゅっと強まった。
「デューク様……」
名を呼ぶことでようやく私のほうへと視線を向けたその表情は強張り、向けらえる双眸の奥には鈍い光が見える。デュークは目を眇め、低い声で詰め寄った。
「もしかしてと思っていたが、なぜすぐに痛いことを言わなかった? 何かあればすぐに頼ってほしいと言っていただろう?」
ぎゅうっと眉間にしわを寄せたデュークに強めに叱咤され、こんなふうに責められることがなかった私は落ち着かなくなり瞬きが多くなった。
ここ最近、様子はおかしいながらも優しい双眸だけを向けられていたので、ひやりと冷たい眼差しには慣れず、ぐっと胸が苦しくなる。
「すみません。でも、あと少しだけなので」
私は瞼を伏せた。心配してくれる気持ちは本当にありがたいが、そこまで怒るようなことなのか。
不安とともに胃の下がじりじりと焼かれていくようできゅっと唇を噛み締めると、そこでユリシーズがまあまあと私たちの間に割って入った。
「そんなに怒らなくてもいいんじゃない? 現に彼女、困っているじゃないか」
「だが、俺は少しでもつらい思いをさせたくなくて」
「男として女性を守ろうとするのは素晴らしいと思う。ただ、ちょっと言い方がきついんじゃないかな。余裕のない男は嫌がられるよ」
ユリシーズの言葉にはっとするようにデュークは目を見張り、それから私に向けてへにょりと眉尻を下げた。それから、労わるように私を見る。
「すまない。ただ、心配で……。すぐに馬車を手配しよう」
「いえ。新しい靴で履き慣れていないだけですので、お店では足を休められるので大丈夫です。ご心配かけて申し訳ありません」
「そうか。なら、このまま運ぶことは許してくれる?」
間に入ってもらってまで揉めるのも、そしてイレイン王女と自然と接触できる機会は引けないため残ることを意思表示すると、苦渋の決断をするかのようにデュークが顔をしかめながら断言した。
――やっぱり、様子がおかしい……。
先ほども感情を露わにしていたし、今も私の意思を確認せずに決めてしまった。
ほかにも、何が、とははっきりと言葉で表せないけれど、妙な違和感がずっと付きまとう。
デュークのその反応に、視界の悪い水辺に何が落ちたのかわからない不安のようなものが胸中に広がった。
私がイレイン王女たちを気にしていることは知っているのに、たとえ心配だとしてもここまで顔に出すのはデュークらしくない。
私が知っているデュークは、なんだかんだと意見を尊重し最後は見守るような眼差しを向けてくれる人だ。
デュークを見ると、熱のこもった視線と心配を大いに乗せた瞳とかち合った。
――ダメね。
すべてを賛同してもらえると贅沢なことを考えているからそう思うのだと、私は申し訳なく眉尻を下げ、最後は私の意思を尊重してくれたことに礼を述べた。
物語のこと、死に役への不安はあっても、デュークとの良好な関係が私を支えているといってもいい。
ここ最近様子がおかしいこともあり、事を荒立てて関係を悪化させたくなくて、私は抵抗せずにデュークに身を任せた。




