10.展覧会と宝石
第二部/第二章 それぞれの思惑
ルノセクト国の秋は長く過ごしやすい時期が多いが、じわじわと冬の気配が近づくのを感じる連休明け。
国立博物館で展覧会が開催され、ピンクローザを含めた宝石が展示された。
イレイン王女の要望に合わせ、クリストファー殿下たちと一緒に展覧会に赴き、今私は宝石の展示エリアに来ていた。
これまで展示されていた物に加え、新しく採掘された宝石は種類も多く、見知った宝石から鉱石図鑑でしか見たことのない宝石も多く並ぶ。
それらの宝石で作った豪華な装飾品も見応えがあり、この部屋全体がきらきらしていた。
その中に件のピンクダイヤモンドは原石のまま置かれており、まじまじと観察してみるが、色味以外でほかの宝石と何が違うのか見た目ではわからなかった。
周囲をうかがう。
扱う物が高価なため、建物の入り口から通常より警備する騎士が多く配置され、危険物の持ち込みはないか事前チェックを受けた。
この部屋も出入り口と隅にも騎士が立っており、終始監視体制を敷いている。
厳重な監視のなかで、本当に盗みが起こるのだろうか。
もし、このまま何事もなければ物語は変わったと見てとれる。
反対にこれだけの監視をかいくぐられ窃盗が起きてしまうのなら、物語の展開通り進んでいると判断し、死に役に対して警戒しながらなんらかの対策は取っていかなければならない。
思い出した記憶とこれまでの情報から、展示された後、ピンクローザがどこにあるかが私にとってのキーポイントだと気づいた。
情報の手掛かりがピンクローザしかない今、ピンクローザがどうあるかが大事なのだ。
何事もなく展覧会が終わり、所有者である王家のもとへと無事宝石が戻れば、少なくとも物語の展開が変わったととれるし、盗まれた場合は物語から抜け出せていないということだ。
どちらとも死に役を回避した証明にはならないが、まずはピンクローザを人に渡さないようにすることが第一関門になる。
もしくはピンクローザの逸話通り、願いを込めれば死に役をやめることができるかもしれない。
けれど、現時点では情報が少なく賭け要素的なところがあるため、まず逸話の信憑性を調べる必要がある。
どのみち他人に渡る、渡ったままの状況は私にとってよくないことがはっきりした。
展示中に本当に盗まれてしまう可能性が一番高いが、王女がピンクローザをどこまで本気で狙っているかは非常に気になるところだ。
目の前では、イレイン王女が熱心にピンクローザを見ていた。
「美しいわ。手に入れることができたとしたら何を願おうかしら」
「これは売られているわけではなく展示品ですよ。ルノセクト王家の物ですから、欲しいからと簡単に手に入るものではありませんし」
イレイン王女の赤裸々な告白に、セラフィーナが苦笑しながら答える。
「わかっているけど、妄想するくらいいいじゃない。だって、願いが叶うと言われているのよ。そうね。愛の宝石にちなんで、わたくしの趣味を理解してくれる素敵な男性と結ばれたいとかいいんじゃないかしら。ついでにセラフィーナにもいい男性をと願うわ」
「私はついでですか。願わなくても、イレイン様が望んだ相手ならば、その魅力を理解してくれますよ」
「それこそセラフィーナならきっと大丈夫よ。わたくしも目を光らせているし。見てみて! こちらの宝石も素敵よ」
自分の欲望に忠実に楽しんでいることが伝わってくる。
どこまで本気なのか掴み切れない会話と、食い入るようにピンクローザを見つめるデュークを眺めながら、私はそっと拳を握った。
◇ ◇ ◇
展覧会の帰り、こちらも王女の要望で私たちの店へと寄ることになっていたが、なかなか店にたどり着けないでいた。
王女の興味は尽きることなく展覧会からずっと興奮状態で、店に着くまでに寄り道として数軒店に入りと、フットワークが軽くかなりパワフルだ。
朝から出かけ、昼食以外でろくに休憩を挟まぬまま移動し、棒のように感覚がなくなりつつある足を動かし三軒目となる店を出る際に、イレイン王女が口を開く。
「この辺りは隠れた名店が多いですね。ほかにこの近くでおすすめはありませんか?」
小柄な体のどこにそれほどのエネルギーがあるのか。疲れてはいるが接待や情報収集の側面から見れば、イレイン王女の望むまま動いてもらうほうがいい。
周囲に合わせようと見守っていると、そこでセラフィーナが厳しい声を上げた。
「イレイン様、さすがに我が儘が過ぎますよ」
「でも、この一帯のお店だし」
「皆様には朝からずっと付き合っていただき、かなり歩きましたので疲れたかと思います。これ以上は遠慮すべきです」
ぷくっと頬を膨らませたイレイン王女に、セラフィーナが口調に真剣味を溶かし込んで諭す。
信頼のおける友人に言われ、膨らんでいた頬は見る見る萎み、イレイン王女はしゅんと肩を落とした。
「ごめんなさい。ジャクリーンさんたちに案内してもらえる機会はなかなかないので、欲張ってしまいました」
申し訳なさそうに眉尻を下げるイレイン王女は、放っておけない空気を漂わせる。
先ほどまでの高いテンションから一気に沈んだイレイン王女の様子に、セラフィーナは小さく息をつき言葉を和らげた。
「これから案内いただくお店には、イレイン様が国にいる時から楽しみにしていたドミニク氏の作品があるのですよ。今日はそれで十分だと思います」
ドミニクはケネスの師匠で、私も随分お世話になっている人物だ。
黙々とこなす職人タイプの人で多くは語らないけれど物から思いが伝わり、彼の作品が大好きである。
思いもよらぬ人物の名前が挙がったことに緊張が走ったが、王族の装飾品も手掛けたことがある人物なのでその腕はお墨付きだ。
他国にも名前が知られていてもおかしくないかと思い直す。
セラフィーナの言葉に、イレイン王女はぱっと顔を輝かせた。
ドミニクの作品を長く楽しみにしていたとは知らなかったと王女を見ていると、ばちっと視線が合う。
「確かにそうね。彼の手掛けた作品を直接見られるのですもの。楽しすぎて、いろいろ欲張ってしまったわ。ごめんなさい。お店のほうへ案内していただけますか?」
王女のその言葉で、私たちはやっと店へと向かうことになった。




