8.小さな違和感
「デューク様。ヨネバミア国との交流時、少し様子がおかしかったですが、どうされたのでしょうか?」
「マッケランのことがあって気になっているだけだ。フェリシアも気にしていたし、何かあればすぐに動けるように見過ぎていたのかもしれない」
「そうですか」
それもあるのだろうけど、それだけではないはずだ。
話してくれないのかと、自身も話せていないことがあるので複雑な気持ちにそっと息をつくと、デュークが顔を覗き込んできた。
「どうした?」
濃紺の瞳は、地平線の下にある太陽が昇りきる前の、空全体が明るく染まる前の静かな美しさがあった。
一点の曇りもないその双眸は、私への愛情は絶えず浮かんでいる。
どこまでもまっすぐなその瞳は、私に何かを隠そうだとかやましい気持ちがあってのことではなく、そもそも私に話す選択肢がないゆえなのではないかと思えてくる。
私は再度息をつき、デュークの双眸をじっと見返した。
「いえ。何かあるならお話しいただけたらと思っただけです」
「フェリシアが気にするようなことではない。それに大事なのは俺たちが一緒にいることだ。マッケランの具体的な心情はどうであれ、これまでもこれからも俺にはフェリシアだけだ。何があっても守る」
デュークの想像以上に力強い口調に、私は眉尻を下げそうになり笑顔で取り繕う。
私の安全が最優先の姿勢は変わらずで、むしろ前より強固になっているような雰囲気に、これ以上掘り下げても変わらないだろうと話を戻すことにした。
「ありがとうございます。私もデューク様といるために頑張りたいと思います。マッケラン嬢が実際にどの宝石のことを指していたのかは憶測ですが、イレイン王女がピンクローザに興味があるのはわかりました。それらはいずれ売買や下賜も視野にいれられる予定なのでしょうか?」
物語ではピンクローザは展示され、盗まれ、それに関係してかヒロインとイレイン王女が誘拐される。その後、デュークに無事救出された。
ここからは推測だが、その時にピンクローザも取り戻され、デュークと国王の間でやり取りがありデュークの手に渡り、そこからヒロインに贈られたはずだ。
「どうして?」
「イレイン殿下は売られるとなったら名乗り出そうな勢いでしたので、展示された後はどうなるのか気になって」
ユリシーズの最後の一言を含め、今日の話ではイレイン王女は機会があればピンクローザを狙っていくだろうと感じた。
「その後、か。確かに気になるな……」
そこで考えるように腕を組んだデュークが目を伏せた。
私はその様子を眺めていたが、夕日に染まりかけた外へと視線を向け思考を整理する。
物語の舞台は整った。ピンクローザが盗まれてしまう可能性は、非常に高まってきた。
誰が? いつ? どのように?
そして、盗んだ後はどうするつもりだったのか。
そこにヨネバミア国、イレイン王女は絡んでくるのか。物語のベリンダはどのような事情で巻き込まれたのか。
あと、逸話はどこまで真実味があるものなのだろうか。
疑問は尽きることなく、何かしなければ、できる限り情報を得なければと焦りが出てくる。
私は流れる雲を眺めていたが視線を戻し、デュークをそっと見た。
まだ思考していたようだが、柔らかに思慮深く落ち着きのある色味の双眸が私と目が合うと細められる。
夕日がデュークを照らし、軽く首を傾げた濃紺の髪がさらさらと整った顔にかかり、少し影のある姿にどきっと心臓が跳ねた。
その双眸の奥には暗い熱が見え隠れして見え、私の死に役への不安を知らないはずなのに、目を離せば私が消えてしまうのではと、ほの暗い焦りのようなものが浮いている。
デュークはぎゅっと自身の指先を掴むと、口を開いた。
机に置かれたカップに注がれた紅茶に視線を投じあれこれ考えていると、すっと伸びてきたデュークの手が頬に触れた。
「フェリシア」
促されるまま顔を上げると、するすると親指で頬を撫でられる。
じっと考えるように私を見ていたデュークだが、何を思ったのかそこで私の瞼をなぞるようにゆっくり動かした。
少しこそばゆくて瞬きを繰り返していると、そのたびに睫毛がデュークの指に触れる。
その感触さえ愛おしいとばかりに微笑むデュークの指は止まらず、私はじっとされるがままデュークを見つめた。
「デューク様?」
話しかけると、その指が唇のほうへと降りてくる。
指の腹が触れるか触れないかの際どい動きにどぎまぎし息を詰めていると、そこでデュークがずいっと私との距離を詰め、覗き込むように顔を寄せてきた。
深く清らかなのに熱っぽさを感じさせる濃紺の瞳に捉われ、私は息を詰める。
「フェリシアがいないと俺は俺でいられない。だから、危険なことはしないでくれ。何かあれば必ず俺を頼ってほしい」
肩を掴まれ、切に伝えられる想い。
いつもの熱。だけど、いつもより強い力とわずかに伝わる震えに、私は頼もしさとともにどこか不安を覚えた。
頷くようにゆっくりと瞼を伏せると、髪と絡めるように長い指が頬を滑る。一度、瞼を開けると心配と愛おしさに揺れる瞳と目が合い、そっと微笑まれた。
するりと促すように撫でられ、違和感を残したまま私は、吐息とともに近づいてきた唇を受け入れた。




