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3.新たに


 しとしとと雨が降り、大地を濡らす。

 デュークを追いかけなくなってもうすぐ一か月が経とうとしていた。

 その間、私は友人と過ごす時間を増やしていった。


 ジャクリーンの内緒の趣味とはアクセサリー作りで、お忍びで工房に通っていることだった。

 ビーズを繋ぎ合わせる針と糸で作るものから工具を使うものまで幅広く、ジャクリーンは宝石のロウ付けまで行っていた。


 大っぴらにしなかったのは、ロウ付けまで行う本格的な作業のためだろう。

 本来、貴族子女、特に高位貴族はビーズや刺繍あたりでやめておくのが一般的だ。


 ジャクリーンがはまった切っ掛けは、自分好みのアクセサリーが見つからなかったことからだ。

 どれだけ探してもないのなら理想の物を作ってもらおうと工房を見学し、伝えるより一から自分で作ればより理想に近いものが出来るのではと考えに至った。

 もちろんすべての工程をジャクリーンが行うわけではない。巧みの技が必要な時には頼れる職人がいて、大事なところは自分でできる。始める動機と条件は整っていた。


 それからジャクリーンは一切妥協せず密かに通いつめ、今では下っ端職人くらいの工程は簡単にこなせるまでになっているようだ。

 ジャクリーンもここまではまるつもりはなかったようで、ちょっと照れながらもどこか誇らしげに語っていたのが印象に残っている。


 見たらわかると言っていたのも頷けた。

 自分の好きを突き詰め頑張るジャクリーンは格好よく、私の目にはとてもきらきらして見えた。

 実際作ったものを見せてもらったが、細部までこだわりぬいたであろう素材や配置、ここが納得いかないのと告げる時の尖った口に本気が見えてとても憧れた。


 公爵令嬢という立場で財産もあるから、素材も手に入りやすく挑戦しやすい。ジャクリーンが要求するレベルの物はしたいと思ってするにはお金のかかる趣味である。

 実家に財力がある点では私も同じで、だからこそ誘ってくれたのもあるのだろう。


 それから私もジャクリーンと同じように工房に通い詰め、ロウ付けの指導をしてもらえる段階まできた。

 構図を考え出すと素材一つとっても色味は違い選択肢がいくつもある。

 さらに大きさや形も様々で、一つの枠の中にはめ込む作業、自分の理想通りにいく時の快感は今までになく高揚した。


 考えるのも作るのももともと好きなので、それがデュークのためから自分が好きなこと、もしくは自分がしたいことに変わった。

 一緒に頑張る仲間、それだけでなく話せる友人を得たことが嬉しくて、私は満足していた。


 今週作るアクセサリーのデザインを何か閃かないかと外を眺めていたが、雨が降り続けるだけの景色は何も浮かばない。

 そう簡単ではないかと嘆息し、次の授業のために移動すべく席を立った拍子に髪留めがコトンと音を立てて落ちた。


「オルブライト嬢、落としましたよ」

「ありがとうございます。ヘンウッド様」


 席が近く相手も同じように立ったタイミングで拾い上げ差し出してくれたのは、ケネス・ヘンウッド伯爵令息。

 受け取り手のひらの上で確認すると、紺色のガラスに交ざった乳白色のガラスがぽろりと一つ欠け落ちてしまっていた。


「ああ、付け具合が甘かったようですね」

「そうですね。固定にもっと時間をかけるべきでした」


 この髪留めは初めて私が作ったものだ。素人なので、不具合があるのは仕方がないけれど、欠けてしまったのはちょっと落ち込む。

 そして、問題点を指摘したヘンウッド伯爵令息も同じ工房に通っているので顔なじみだ。


 ヘンウッドはロウ付けに関してはジャクリーンよりもかなり先輩だ。

 幼少期からこの分野に興味を持ち学業以外のすべての時間をかけるほど打ち込み、現在彼の作品はお金を取れるレベルで実際指名もあるのだとか。


「まだ始めたばかりでここまでの仕上がりはすごいですよ。これなら俺が直せますがやりましょうか?」

「いいのですか?」


 職人レベルの人に手を加えてもらえるなら安心だ。

 だけど、同級生のよしみとして甘えすぎではないかとうかがうと、ヘンウッドがははっと朗らかに笑った。


「ええ。大事にしておられるのでしょう? 俺は作業仲間が増えて嬉しいんですよ。今の気持ちを忘れずにこれからも一緒に頑張っていきたいので。このまま預かりましょうか?」

「ぜひお願いします。ありがとうございます」

「いえいえ。オルブライト嬢も素質があるので自信を持ってください」

「はい。頑張ります。重ね重ねありがとうございます!」


 そんな彼に励まされ、私はアクセサリーをきゅっと握りしめた。

 したいことがあること、それに同志がいることはとても楽しくて心が温かくて笑みがこぼれる。


 アクセサリーをハンカチで包み、よろしくお願いしますと頭を下げてヘンウッドに渡す。彼は鞄の奥にしまい込んだ。

 そのまま並んで次の教室に移動しながら、今週末作る物の話をする。

 ヘンウッドは指名の仕事が入っておりそちらに取りかかるとのことで、すごいと感嘆していると逆に訊ねられた。


「今週は何を作るつもりですか?」

「私もヘンウッド様やジャクリーン様のように凝ったものを作れたらいいのですけど、今日みたいに取れてしまうと思うとまだ早そうです。ただ、先週から少し考えていたんですが、小さな子でも気軽にできるアクセサリーはどう思いますか?」

「子供用ですか?」

「ええ。凝ったものを作るのも楽しいですが、気軽につけやすい物を作るのも楽しそうで。まだ初心者だし少しずつ修練を重ねてしっかりした物を作っていくのもいいのではないかと」


 先週、工房が終わってからジャクリーンとヘンウッドと一緒に出かけた市場の露天巡りが楽しかった。

 公爵令嬢であるジャクリーンもだけど、私も世界は狭く箱入り娘なので何もかもが新しく見え刺激がいっぱいだった。


 案内をしてくれたヘンウッドは来慣れているようであったが、私たちは彼が呆れるくらい興奮した。

 あっちも行きたいこっちも行きたいと店を覗いては、ジャクリーンとああだこうだと話してものすごく興奮した。


 普段見ることのない食べ物も多く並び興味深かったけれど、やっぱり小物やアクセサリーが売られている露店が一番目を引いた。

 自分たち貴族と平民では扱うものは違うけれど、きらきらしたものや色合いが綺麗なものを好まれるのは一緒だ。


 小さな子が小銭を握りしめて、店に並んだ髪飾りを長い時間をかけて選んでいた姿が印象的で、屋敷に帰っても思い返すのはその少女のことだった。

 少女は悩みに悩んで購入した髪飾りを大切に握りしめると、さっそくつけてと母親にねだりつけてもらった髪飾りを何度も撫でていた。


 あんなに喜んでもらえるものを作れたらと、徐々に胸が高鳴ってその晩興奮してなかなか寝られなかった。

 やりたい気持ちは強いがまだ始めたばかりだしと不安もあって相談すると、ヘンウッドの声が弾んだ。


「いいと思います。それって露店の影響ですよね? だったら、材料も安価なものにして気軽に手に取りやすいものを作ってもいいんじゃないでしょうか? できたものは孤児院に寄付するという手もあるし」

「それはいい考えですね」


 侯爵家の娘が安価なものを売るのは立場上よくないが、寄付となれば問題ない。

 子供たちに喜んでもらえるよう、精一杯可愛い物、綺麗な物を作りたい。私は意気込んだ。


「でしたら、市場調査も兼ねてまた露店を回るのはよさそうですね」

「確かにそうですね。ですが、私だけだと上手く見つけられるか」


 人通りも多く、怪しい店もあると聞くので、どの店がいいのか私では簡単にわからなそうだ。

 行ってみたい気持ちは大いにあるけれど、まだ一度しか行ったことのない、しかもその一度も興奮して全体をあまり見ていなかったので不安だ。


「もちろん、オルブライト嬢がいいなら俺が付き合いますよ。モンティス嬢にもこの話をしてみましょう」

「そうですね。ジャクリーン様の予定も大丈夫でしたらもう一度まわってみたいです。ヘンウッド様、素敵な案をありがとうございます」

「お役に立ててよかった。いい物を作れるといいですね」

「はい!」


 婚約破棄をいずれはと思ってはいても、まだ婚約者がいる身。なので、二人きりにならないよう配慮してくれた提案に感謝する。

 婚約者以外の男性と外出していたら、何を言われるかわかったものではない。

 デュークは私がどこで誰と何をしようが気にしないだろうけれど、自分と自分の周囲の立場が悪くなるような行動は避けるべきだ。


 それに、ジャクリーンも一緒ならさらに楽しそうだ。

 考えるだけで頬が緩む。私はにこにこと笑みを浮かべ、あれをしたいこれをしたいとヘンウッドに話を聞いてもらった。

 ヘンウッドは市場に詳しくだったらと欲しい情報が返ってくるので、何を話そうかと考えることもなく次から次へと話したいことが出てくる。


 したいことができた私は、少しずつ意識しないでもデュークのことをあまり考えなくなった。

 好きはまだくすぶっているけれど、更地になってしまった心は全く期待しなくなったので、挨拶をする時やふと姿を見かけても何も響かない。

 そうしてデューク一色で健気だった私は、徐々に新しいことへと目を向けて日々を楽しむようになった。




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