番外編 ベリンダの誤算 前編
本日から先行配信でコミックシーモア様にてコミカライズ連載開始!
島藤ゆかり先生が描いてくださっています。とても素敵ですよ~
こちらも番外編、そして第二部スタートいたします。
「フェリシアの敵……」
「ひっ」
デュークは剣先をコーディーの首に当てた。
ベリンダは、唇を噛み締め昏い瞳でコーディーを見据えるデュークを見つめた。
怒りを露わにしても美しくも凛々しい顔立ちにうっとりしそうになって、まだ気を抜いては駄目だと慌てて表情を引き締める。
物語の進行のために役に立ってくれたコーディーがずるずると崩れ落ちていくのを、デューク越しに視界に捉えた。
彼はベリンダのためならなんでもする。
何も言わずとも動いてくれる便利な男だったけれど、ここでお別れだ。高価な貢物の数々を思うと惜しい気もするが、彼の容姿と爵位は自分には似合わない。
コーディーがこちらを見たので、誰にも気づかれないように目を細めそっと微笑を浮かべた。とても好いてくれていたので最後のご褒美だ。
目を見開きがくりと項垂れたコーディーを騎士たちが取り立て引っ張っていくのを見送り、ようやくだと肩を落とすデュークの腕に触れた。
――やっと私の物語ね! あなたが見るべき、大事にすべき女性はここにいるわ。
一途キャラのデュークは浮ついた気持ちで次に行けるタイプではない。しっかりと区切りをつけてからではないと見てくれない。
逆に言えば、一度彼の心を射止めたら自分だけを見てくれる。自分だけを愛し守ってくれる上質な男がもうすぐ手に入るとベリンダは口の端を上げた。
次期公爵と身分も高く、王太子の側近で覚えもよく将来安泰だ。クリストファー王太子を狙ってもよかったが、妃は覚えることや外交などが面倒そうなのでやめた。
クリストファーは溺愛というよりは一緒に成長していける相手を望むタイプなので、求められることが多い。
あと、他国の伯爵令嬢の地位で、すでにいる婚約者候補に加わり参戦するのは、完璧で気の強いモンティス公爵令嬢が筆頭にいるので不利だ。
せっかく物語のヒロインであるベリンダに転生したのだから、結ばれるとわかっている確実な男を狙うほうがいい。
ベリンダはちやほやされるのが好きだった。
自国では周囲に可愛がられそれはそれで悪くはなかったけれど、顔がタイプではないしどこか閉鎖的な空気があって国を出たかった。
何より、結ばれる相手がいるのだから自国の男に拘る必要はなく、可愛がってもらっていたらそれでよかった。
デュークは好きな女性を守りに入るタイプなので、彼がベリンダの理想だ。自分は守られて愛されるべき人物だとベリンダは疑っていなかった。
―――デュークは私のものなのだから誰にもあげないわ。
何より、あの女が好きだったキャラが自分のものになる優越感にベリンダは舞い上がった。
「ああ、これで少しはフェリシアに報えただろうか」
やっときたこのセリフ。
転生したとわかってから、ここに来るまでとても長かった。
どれだけこの日を待ちわびていたことか。
ベリンダは殊勝な顔を作り、しゅんとした声でそれに答えた。
「ええ。フェリシアさんもきっと喜んでくれていると思います」
「ベリンダ……。ここまで付き合ってくれてありがとう。やっと少し前を向けるような気がする」
デュークはベリンダの肩を抱きしめて…………
――――――
――――
――………いつまで待ってもこない温もり。
ベリンダは次に来るのを予想してわずかに視線を下げて待っていたが、なかなか動きがないのでゆっくりとデュークを見た。
――えっ? なんで?
なぜか一歩後ろに下がったデュークは、探るような目でベリンダを見ていた。
「デューク様?」
小首を傾げて声をかける。
蔑むまでのものではないけれど、こちらに非があるかのようなその瞳にベリンダはずくりと腹を熱くさせた。
転生前の人生で大勢に向けられていた視線を思い出し睨みそうになって、恋人同士になるはずのデュークが自分をそんな目で見るはずがないと思い直す。
だけど、これまで見せていた笑みや苦悩の表情といったデューク自身の感情が見えなくて、物語と違う展開に不安になった。
ベリンダに転生してからは、やっと本来の自分の人生がやってきたと思った。
ベリンダがちょっと表情を作るだけで大抵の男は優しくなった。中には惚れただろう反応する男もいて、ベリンダは自分が魅力的なのを知っていた。
だから、デュークとの未来も微塵も疑っていなかった。これからは、デュークも自分に骨抜きになるのは当然の結末だった。
可愛くて愛されるべきヒロイン。少なくともそうベリンダは信じていた。
前世ではくそごみ家族のせいで苦労し、隣に越してきたアイツのせいですべてが台無しになった。この転生は、私を不憫に思った神に与えられた得るべき特権だ。
だから、愛されヒロインであるベリンダに転生した。
――なのに、どうして?
少しはデュークと打ち解けたと思っていた。
婚約者以外に優しく話しかけられるのは、さらに言えば、その婚約者より優先されるのは自分しかいなかった。
なのに、デュークは何の反応も示さない。
どこか嫌な予感に首を振る。
これは私の物語なのだと、これからだと言い聞かせてベリンダは口を開いた。
デュークは不器用だからこそ一途なのだ。面倒だけれど、後に返ってくるものを思うとここで焦ってはいけない。
今はデュークにとって憎むべき犯人が捕まったばかりだ。もう少し時間をかける必要があるのだと、優しい声と可愛い仕草を心がける。
「あの、どうされたのですか?」
この先の展開を知っていても、語られない部分や視点もあってすべてを知っているわけではない。
そのため、寄り添っていたと書かれていたし死んだフェリシアはそういうタイプだったので、ここに至るまではベリンダは控えめにデュークのすることに寄り添ってきた。
小説にもそう書いてあったから、これでいいはずだ。
「彼は……、コーディー・アドコックは、君の友人では?」
「はい。こんなことになって残念です。フェリシアさんがかわいそうで……」
戸惑いながらちらりとデュークを見ると、彼は苦悶に眉根を寄せていた。
この場面は省かれていたのだろう。
ベリンダはそうなのだろうと涙を滲ませ、先ほどコーディーがいた場所を見つめる。
慈悲深い女性に見えるように、手を差し伸べたくなるように、涙をぽろりと頬を伝わせ顔を下に向けた。
悲しくもないから涙はたくさん出ない。なので、誤魔化すように目元に手をあてデュークの反応を待った。
――早く、早く、私を求めて。幸せにして!
ベリンダは抱きしめられるのをじっと待った。
上からデュークの視線を感じる。
しんと静まり返り、流れる雲が影を落とす。何も言ってこないことに耐えられなくなって、ベリンダは顔を上げた。
濃紺の瞳は何も映さず、全く感情が見えない冷たい表情にひゅっと息を呑んだ。
「デューク様? どうされたのですか?」
――なんで、ヒロインである私にこんな顔をするのだろうか。
――私は愛すべきヒロインなのに、なぜヒーローにこんな視線で見られなければいけないのか。
――ここまで待ったのに。
――愛されるべきなのに。
その考えに支配され、ベリンダはわずかに顔を歪めた。
それを見たデュークがすっと目を逸らした。それから、ベリンダから手の届かないほど距離をあける。
「……今、混乱している。確かめたいことがあるから先に失礼する。気をつけて帰ってくれ」
そう言うと、ベリンダの反応を確かめもせずデュークはすたすたと足早にその場を後にした。
残されたベリンダは、その足音が聞こえなくなって顔を上げた。
「えっ、どういうこと?」
ぽつりとつぶやいた声が、虚しく消えていく。
呆然と立ち尽くし、何がどうなっているのかとベリンダは思考した。
「私たちの物語は?」
ベリンダはたまらず叫んだ。
魂の叫びは誰にも聞いてもらえず、虚しく消えていく。
――私のための世界なのに。
ベリンダは置いてきぼりにされ、しばらく呆然とその場で立ち尽くした。




