30.掴んだもの
友人に見守られるこの状況をどう思っているのかうかがうと、至近距離にある濃紺の瞳はただ慈しむような優しさがあった。
「フェリシアはいい友人を持ったね」
声も穏やかでとても嬉しそうだ。
友人を褒められたこと、そして先ほどデュークが言った『私の笑顔が増える場所』を本当に喜んでくれているのだと思うと頬が緩む心地だ。
「デューク様……」
感じ入った声を上げると、デュークは見惚れるような笑みを浮かべ私の頬をまた撫でた。
「話を戻すけど、ヘンウッド殿が言うようにあんなことがあったから心配なんだ。また知らないところで怖い思いをしているのではないかと、少しでも一緒にいて顔を見られるほうがわかることもあるし安心できる」
国際交流で起こった事件はデュークに大きな不安を植え付けてしまった。
私だってあんなおかしいのはもう二度とごめんだ。
前世だとかそういったことがわからないデュークからすればさらに恐ろしく狂気染みた事件で、その対象が私だったことでものすごくショックを受けたようだ。
事前に動いてくれていたことに心も救われたと感謝を告げても、もっとできることがあったのではと後悔の念が絶えないようだった。
少しでも離れると気になってより一層私を探して顔を確認しないと落ち着かなくなったと、へにょりと眉尻を下げて訴えられ続け一か月が経とうとしていた。
最初の頃は休み時間のたびにやってきて、私の安否を確認してきたのでありがたさと申し訳なさとでさすがに多いと苦言を呈してようやく回数が減ってきたところだ。
「気にかけていただけてとても嬉しいです。今笑っていられるのはデューク様、ジャクリーンやヘンウッド様の存在は大きいですから私は幸せ者です」
好きな人を諦めなくてもよくて、想われていることを伝えられ満たされる今。
あの時、心を偽って捨ててしまわなくてよかった。
生きて掴んだこの時間がとても愛おしい。
そして親身になってくれる熱意を持って好きなことに取り組んでいるジャクリーンや、同じ年でも夢へと向かってひたむきに努力してきたヘンウッドと出会えたことは幸運だった。
自分に足りなかったもの、見えていなかったことを知ることもでき、共有する楽しさや熱を教わり日々充実している。
「オルブライト嬢は素直で可愛いですね。そんなあなただからウォルフォード様は気が気ではないのでしょう。ウォルフォード様はこの際、今溜めているものを吐き出してみては? こちらとしても今後事業のことで話の場を設けることも多くなるので、こうしてお話しできる時にお聞かせいただきわだかまりをなくせればいいと思っているのですが」
穏やかな声でヘンウッドが口を開いた。
工房に入ると人が変わったように鬼気迫る表情で作業する人物と同じとは思えないくらい、普段はおっとりしている。
そして観察眼がある。普段この手の話に口を挟まないヘンウッドが言うということは、何かあるのだろうか。
デュークに視線を投じると、じっと私の髪を見ながら口を開いた。
「その髪飾りのことだが」
「これですか?」
私のつけている髪飾りは初めて私が作った物で、気に入っているので結構な頻度で使用している。
指で触れると、デュークは目を眇めそっと息をついた。
「ああ。それはヘンウッド殿が修理したと聞いているが、実際のところはどうなのか。もしかしてプレゼントされた物なのかと気になっている。フェリシアはとても気に入って大切にしているようだし」
ベリンダに絡まれ当然のように助けてくれていたけれど、そんなことを気にしているとは考えもしなかった。
確かに言われてみれば、逆の立場なら気になるかもしれない。
いつも淡々としているので嫉妬とは無縁な人だと思っていたけれど、信じていても気になったりするのは自分と同じなのだと思うと嬉しくて私は口元を緩めた。
「聞いてくださればよかったのに」
「フェリシアに寂しい時間を過ごさせておいて、今さら聞けなかったがどうしても気になっていた」
さすがに長い期間気にしていたことをバラして恥ずかしいのか、ぷいっと顔を背けた姿に私はくすりと笑う。
今だけでなく、ずっと前から気にしてくれていた事実に心の奥がむずむずした。
「これは私が初めて作った物です。ですから、思い入れもありますし、ヘンウッド様の腕はたしかですので欠けた部分を直していただきました」
「フェリシアが作ったのか」
こくりと頷くと、デュークの口端が少しだけ上がった。
工房に通っていることは知っていたのに、気が気でなかったようだ。もしかしたらヘンウッドが作ったものなのかと気になっていたのかもしれない。
あっ、嬉しかったんだなとこんなことで喜んでくれるのだと見つめていると、ヘンウッドがははっと笑い声を上げた。
「そうですよ。俺に嫉妬するまでもなくその色はウォルフォード様の色でしょう? 一時期距離を取っておられたようでしたが、オルブライト嬢は素直な方ですからね。自分で身に着けるためのアクセサリーでさえあなたの色を選んでいるのですよ。そういう姿は可愛らしいとは思いますが、それだけです。俺に嫉妬する必要はないです。これで安心していただけましたか?」
ヘンウッドは距離感が抜群で聡いと思っていたがそんなところまで見透かされていたようだ。
少し引いたと思った熱がまた上がっていく。
「ああ、すまない。すっきりした」
そこでデュークは何を思ったのか、私の髪飾りに口づけを落とした。
「でゅ、デューク様!?」
慌てる私の頬を撫でにこりと笑うと、デュークは二人に向き直る。
「フェリシアは俺にとって何よりも大切にすべき愛する女性だ。そして、フェリシアが大事に思うあなたたちとの関係も尊重したい。これからもよろしく頼む」
さらにぐいっと私の腰を引き、真顔でジャクリーンたちにそう告げるデュークはいたって真剣だ。
真面目に告げているからこそ際立つ甘さに私は嬉しいやら恥ずかしいやらと限界を迎え、そのままデュークの肩に顔を埋めた。




