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2.好きにしよう


 さて、やめることを決めたら今度は暇になった。

 改めて、私の日常はデュークに始まりデュークで終わっていたのだと痛感した。


 常にデュークのことを考えて動いていたので、スケジュールもデューク仕様。

 そこにデュークとの濃密な交流があるわけでもないのに、少し言葉を交わすだけでも、見られるだけでも幸せだと感じていた。

 報われないのに……、と思うと泣けてくる。


 学園での授業と淑女教育以外ですることがない。

 全く何もないのだ。


 何をするにもデューク。勉強も刺繍やマナーもすべてデュークに釣り合うために頑張ってきた。

 それらが決して無駄になったわけではない。貴族子女である限り身につけておいて損はないので、これからは自分のために頑張ればいい。

 けれど、それ以外がすべて空白になってしまった。


「うう~ん。暇ね」


 マナーの先生が帰った後、本来ならデュークに手紙を書くかデュークを想い刺繍していたがそれらはもうやめた。

 デュークの予定を気にして動いていた私は、かなり自由な時間ができた。


 空いた時間も暇だと感じるのは、前世は好きなものがたくさんあったようで、それらの時間を楽しんでいたためもあるのだろう。

 のんびりするのもいいけど、もっと有意義に過ごそうよと内側から急かしてくる。


 あとはデュークのことを考えようものなら、ほかの女性とくっつく相手に時間を割くなんてと(いきどお)っている。好きだからこそ、報われない想いに泣いている。

 今まで幸せに感じてきたことも、前世の記憶と性格がちょっと交ざって感じ方が変わってきた。


「私も何か好きなことをみつけなきゃ」


 そうすれば、デュークのことを考える時間は減るだろうか。

 この好きの気持ちもなくなっていくだろうか。


 デュークに振り回されず好きにしたい。

 自分のために好きな時間を使いたい。


 そう思って一週間。

 前世の記憶は私にとって衝撃的で大きな変化をもたらすものであったけれど、世間は変わらず過ぎていく。

 婚約者であるデュークも何も気づくことなくいつも通りだった。


 その事実を突きつけられるたびに悲しんでいたけれど、次第に心が疲弊してデュークを見るのも嫌になった。

 姿を見るとつらいだけなので、食堂にも行かず教室で食べるようになった。

 授業が始まるまで本を読んでいると、クラスメイトのジャクリーン・モンティス公爵令嬢に声をかけられる。


「ここ最近、オルブライト様はお一人で食事されていますが、ウォルフォード様と何かあったのでしょうか?」

「いえ。何もありません。そもそも学園で一緒に食事をしたことはありません。ただ、自分の行動を変えてみようと思いまして」


 びっくりするほど何もない。

 デュークにとって、私の行動はあってもなくても困らない認識だと突きつけられただけだった。


 自分の今までの行動は何だったのかと悲しくなったけれど、はっきり無駄だとわかったならばこれから変えていけばいいだけのこと。

 何度も何度もそう自分に言い聞かせてきたけれど、ちくちくする胸は痛くて私はそっと目を伏せた。


「えっ? 嘘ですよね? 常に一緒にいる印象なのですが……。確かに言われてみると一緒に食事をしている姿は見たことがないかも」

「はい。今まではデューク様に頑張っていただけるよう、少しでも栄養があるものやリラックスできるものを届けていただけでしたので。その後は食堂の片隅で一人で食べていました」


 少しでも役に立ちたくて、何より会いたくて、毎日会いに行っていた。

 ほんの少しの逢瀬であったけれど、私がデュークの後を追いかけていたのが目立ち常に一緒にいる印象が強いようだ。


「なんとまあ! そんな扱いを!? 私でしたら耐えられません」

「私が好きでしていたことですので。ですが、デューク様は殿下のことを含め非常に忙しい方で。今まではそのサポートができればと考えていたのですが、よく考えたら私がしてきたことは知れているのです。むしろ、邪魔になっていたかもしれなくて」


 実際は渡すだけ渡して会話もあまりないので、一人の時間のほうがかなり長い。

 屋敷にいる間にデュークのためになるものを考えて、学園ではデュークの邪魔にならない時間帯を見計らって追いかけて、昼時だったら少ない残り時間でご飯を急いで食べる。


 少しでも会えて、支えになれたらとの行動だった。受け取ってもらい、少し話せるだけで幸せだった。

 本当、健気だったなと音沙汰のない日々を思い苦笑する。


「そんなことはありません。渡すだけで邪魔をしないようにそっと身を引くそのお姿。健気すぎて泣けてきます。それを邪魔になんて思っていたら私がぶっとばしますわ」


 ジャクリーン・モンティス公爵令嬢は王太子殿下の婚約者候補の一人。

 吊り上がり気味の目元がキツい印象を与えることと身分が高いこともあって、話しかけにくい印象を受けていたけれど、一緒に悲しんでくれるなんていい人だ。

 しかもぶっとばすまで言ってもらって、私の立場から見てくれた発言が嬉しかった。


「ありがとうございます。デューク様は優しいのでそんなことは思ってもいないでしょうがなければないで構わない方ですので、私も好きにしようかと最近になって考えるようになりました」


 現に会わなくなって一週間。

 記憶を思い出した時からぷつりと何かが切れてはいたけれど、恋心がどうしても完全にデュークから離れていってくれなくて、ことあるごとに期待する。

 気づけばデュークのことを考え、探してしまう。


 小さなことで期待しては打ちのめされて、この数日で私の心はかなり疲弊した。

 たった一週間のことかもしれないけれど、毎日何度か顔を出していた婚約者を見なくなっても不思議に思わず訪ねてもこない相手に期待するのはもうやめた。


 行ったり来たりの気持ちはしんどくて、あの日から一週間が経って、先ほど廊下で殿下のそばで楽しそうに話すデュークの姿を見て、私の心は更地になった。

 今までのつらい気持ちも悲しい気持ちも、さらさらと流れていった。


 ――ああ、終わったのだなと。


 期待するのをやめてしまった心。

 寂しくもあるけれど、きっとそれでいい。


 そして、次にすることは好きなことを見つけること。できればデューク以上にはまることを見つけて楽しみたい。

 死に役なんて嫌だし、死なずに楽しく生きていきたい。

 やっと本題に集中できるとほっとしてもいた。本当、恋心とは厄介だ。


「それで本を読んでいらっしゃるのですね」

「はい。その、本当に今までの私はデューク様を中心に動いていましたので、何からすればいいのかわからなくて。学園に本はたくさんありますし、いろいろ読んでみたら興味があるものが見つかるかもしれないと思って」


 読書自体にはまるでもいいし、読んでいくなかで興味を持つものがあればそれに目を向けてみてもいい。

 もともと読むのは嫌いではないので、この機会に様々なジャンルに手を広げていろいろ読んでみようと思ったのだ。


「まあ、それでしたら今度私の趣味に付き合ってみます?」

「モンティス様の趣味ですか?」


 まさか誘われると思わず目を見開くと、モンティス公爵令嬢は照れたように目を伏せて私の前の席に座った。


「えっとね、あまり人には話していないので知っている人は少ないの。内緒にしておいてくれる?」

「もちろんです!」


 こそこそと小声で話しかけられ、こくこくと頷く。

 内緒話にどきどきしたのと、その相手に自分を選んでもらえた喜びもあって、期待のこもった眼差しをしてしまったのだろう。

 モンティス令嬢は私の顔を見て目を細め、ふふっと笑った。


「私、最近、物作りにはまっていますの。オルブライト様は刺繍も得意ですし細かいことはお嫌いではないようですので、もしかしたらはまるかもしれませんわ」

「何でしょうか? 気になります」


 くすっと悪戯っぽく口の端を上げる彼女を前に、私は釣られるように笑う。

 互いに笑みを浮かべ、意外と波長が合うのではと視線で確認し合う。


「ふふっ。実際目で見て驚いてほしいので、よければ今週末に一緒にどうですか?」

「むしろ、私がご一緒していいのでしょうか?」

「ええ。もちろんです。あと、私のことはジャクリーンと呼んで」


 社交辞令ではなく具体的な提案に、相手が自分と距離を詰めたいと思ってくれていることに嬉しくなった。

 私は心温まるまま笑みを浮かべて、ジャクリーンを見つめる。新たな関係の始まりへの期待に胸が弾んだ。


「では、ジャクリーン様。私のことはフェリシアと」

「ふふ。フェリシア様。仲良くなれそうで嬉しいですわ」


 そうしてデュークに見切りをつけ、自分のための時間を、好きにしようと私はようやく第一歩を踏み出せた。




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