27.執着の行方
「ベリンダ。もう黙ろう」
パーシヴァル殿下が悲しみと悔しさと怒りのこもった複雑な表情で首を振り、ベリンダに話しかけた。
「なんで? パーシィもその女の味方なの? 私のこと妹みたいで可愛いって言ってくれていたじゃない」
「ああ。だから、ベリンダが好きな相手がいるのなら応援しようと思っていた。だけど、こんな歪なものは許容できない。君のその行動は周囲を惑わし、最悪我が国を窮地に陥れるものだ。これ以上、国を代表する者として他国に迷惑をかけることを許すわけにはいかない。理由なら後でしっかりと話してもらう。だから、ここではもう本当に黙ってくれ」
可愛がっていた従妹の正体を知り、パーシヴァル殿下は終始苦い顔だ。まだベリンダの言動の処理に追い付いていないのか、受け入れたくないのか。
それを冷ややかに見たクリストファー殿下が、淡々と声を発した。
「殺意ある者をこの国に入れることはできない。彼女の家にはオルブライト家とウォルフォード家からはもちろん抗議が入るだろう。それに加え、彼女を野放しにしていたパーシヴァル殿下の不手際についてもしっかり報告させていただく。我々は何度か彼女の行動を訴えていたと思うが、こうなるまで行動しなかった責任は取っていただきます」
クリストファー殿下はパーシヴァル殿下にはっきりと突きつけた。
ここに来る前に聞いたデュークの話では、私に絡むようになりだしてからベリンダの行動について諫めるように進言していたのだそうだ。
だが、従妹が可愛いのかあまり真剣に聞き入れてくれず、そのためこの機会にしっかり証拠として見せつけて交流の優位性を取ることにした。
クリストファー殿下もここまで彼女たちがおかしいとは考えていなかったようで、自国の、自分の側近の婚約者である私が本当に命を狙われていた事実に怒っているようだった。
厳しい表情は普段穏やかな殿下とはかけ離れ、反論することを許さない為政者の顔が前面に出る。
さすがのパーシヴァル殿下も現場に居合わせ、事の重要さを理解したようなので肩を落とした。
自分の従妹とこの国の高位貴族の令息がくっつけばいいという思惑もあって、彼女の行動を黙認している節があるとデュークが言っていた。
ベリンダが上手に甘えていたとしても、王族として彼の周囲も含め考えが足りなすぎる。
「本当に申し訳ないことをしました。お叱りを真摯に受け止め二度とこのようなことがないようにします」
「これからのことは関わった家を含め話し合いを。彼女の処遇だが、即刻この国から出て行き二度と彼らに近づくことは許さない。入国禁止は絶対条件だ。それ相応の対応を期待する」
「生涯国から出すことなく監視いたします」
まだベリンダがわめいているのを見て、パーシヴァル殿下は肩を落とす。
実際手を下したわけではないが、王族のそばにいて可愛がっていた者の思想がおかしいのだと、しかも他国の王族がいる前で披露しては国のメンツのためにそうするしかないだろう。
可愛い従妹だとしても、こうなってしまえばかばうだけ今度は自分の身が危ない。
そこでうっとりとベリンダを見つめていたコーディーが口を開いた。
「それについては責任を持って見張らせていただければと思います。我が家なら彼女を一生監視するための金銭についても問題なく、下手なところに預けてまたバカなことをするよりは安全です。俺は彼女のことを一番理解しているので、自国と言わず伯爵領から二度と出すようなことはしません」
私たちがベリンダの本性を白日の下に晒して証拠を掴みたかったのと同じように、コーディーはこうなることを望んでいたようだ。
恐ろしい執念である。
「嫌よ! やっと私はあのくそごみだめの家族から解放されてこの世界にきたのよ。ここで幸せになってあいつらを見返してやるんだから。デュークは私のヒーローなのよ。ずっと好きだったんだから。そしてあいつも好きだった。だからデュークではないと意味がないのよ。だって、物語の主人公なんですもの。お互い想い合って誰にも立ち入ることのできない関係を見せつけてやるのよ」
「でも、ベリンダ。はっきり言って君は彼に嫌われているし望みはない。そのうえ、もう国にとって特大のお荷物だ。これ以上おかしなことをすればきっとマッケラン伯爵も王家も厄介者となった君を持て余し、今までの言動から修道院行きだってあり得るよ。だったら、俺のところで幸せになるほうがいいよね?」
こうなってもまだ足掻こうとするベリンダに、コーディーは嬉しそうに笑った。
彼の言葉にパーシヴァル殿下は一つの選択として考えておくと言っていたが、国も早く厄介者を処分したいはずだから彼の希望通りになる可能性は高い。
「違うわ。こんなのおかしいのよ。私はヒロインなの。私の相手はあなたじゃないわ」
「ひどいなぁ。俺ほど君を愛している者はいないのに。修道院に行ったら好きなオシャレもできないし、美味しいものもろくに食べられないよ。君の好きなもので埋めてあげる。よかったね? これで俺たちは永遠に一緒だ。ずっとベリンダの話をそばで聞いていてあげるからね」
コーディーの言葉にいやいやと意味不明な言葉を連ねるベリンダに、周囲はずいぶん冷ややかだ。
ちらりと前世のことを語り見返すと言っていたが、境遇がひどいものだったとしてもその心根だとどっちもどっちだったのではないかと思う。
結局は自分のため、自分が満足するためにデュークを選んだだけで、彼女の好きはやはり自分のための好きで執着なのだ。
してもらうことばかりを考えて、そこに好きなデュークを幸せにしようという気持ちが微塵も感じられない。
「不愉快だ。連れて行け」
クリストファー殿下が心底嫌そうに命令すると泣き叫ぶベリンダは連れて行かれた。
当然のようにコーディーもそれについていく。
私を殺したことのある彼に対して嫌悪はあるが、今世は私に危害を加えたわけではないし協力した側もあるので大した罪には問えない。
王家はこちらの国の関係を考えて彼女を切る可能性は高いし、罰として預けられても預けられた先も騒動を起こすような人格を厭うだろうし、ベリンダを封じ込めるのに彼ほど適した人はいないのではないだろうか。
あの狂気染みたベリンダ愛から彼女は逃げられない。何せ愛している人の望みで前回私を殺すくらいの熱烈さだ。
今世はベリンダ捕獲に向いてくれているのだから、そのまま一生見張っていてほしい。
それからベリンダたちは強制送還され、改めてパーシヴァル殿下たちから謝罪を受けた。
後ほど家同士、国同士で話し合うことになったので大人たちに任せる段階に入り、ようやくベリンダの存在が自分の中で薄れた。
これで日常に戻れると、むしろデュークと今までより良い関係を築いていける。
明るいと思える未来に少し浮足立っていたが、想像の斜め上の日常が始まるのをこの時の私は考えもしなかった。




