25.狂った真実
「本当に意味が分からない」
「意味がわからないのは君のほうだろう? 言っていることとやっていることが全く理解できない」
デュークの言葉に私は内心大きく頷いた。
物語や転生のことを知っていても、ベリンダがどうしてそのような思考になるのかわからない。物語主義にしても、あまりにも周囲が見えていないし勝手すぎないだろうか。
私はまじまじとベリンダを見た。
物語上のヒロインは黙っていれば容姿は可憐で可愛らしいのだけど、その性格と本気で私の死を望んでいたことを知ってしまった今はちっとも可愛いと思えない。
内面を露呈してしまったにもかかわらず、今も媚びようとデュークたちをうるうるした目で見ている。
その図太さにも驚くとともに引いてしまう。
もしかしてまだ本気でどうにかなると思っているのか。
滲み出るものに気分が悪すぎて、よくこのような女性を持ち上げてきたなと思わず隣国の男性陣を見ると、コーディー以外は気まずそうに目を逸らした。
自覚があるのならマシだろう。いや、十分ひどいのだけれど、自覚したうえで愛していると豪語する人が一人いるのでそう思うしかない。
知らずに大きな溜め息が出た。
ずっと怖かった。
デュークを物語だからという抗えない理不尽によって奪われてしまうこと。好きだけではどうしようもなくて、デュークの気持ちが見えなくて諦めることが最善だと思っていた。
何より、死に役なんてごめんだった。
物語のメインヒーローとヒロインに関わらなければ生存率が上がると信じ、恋心を捨てても生きていくつもりだった。
だけど、実際のデュークは私のことを大事にしてくれている。
お互いに向き合っていると感じられる今、どんな選択をするにしても理不尽なことに負けたくない。
迷いながらも、私なりに必死に考えて頑張ってきたのだ。みんなそうだ。正解なんてわからなくて、迷いながらも選択して生きている。
ベリンダの行動は、自分たちが悩み選択したものも無意味だと言っているようだ。
物語がそうだからといってそれらをすべて無視してしまえる考えに、黙っていられず私は口を開いた。
「ベリンダさんは自分だけが大事なのであって、デューク様や周囲の人たちのことを少しも理解し寄り添おうとしていませんよね。それでどうして幸せになれるのでしょう?」
「なによ。いい子ぶって。誰だって幸せになりたいものでしょう?」
「もちろんです。私も幸せになりたいですし、そう思うことは当然だと思います。ですが、生活するうえで必ず他者と関わりは生じるので、独りよがりでは実現できません。自分も含め周囲が穏やかでないと、そう心がけていないと続かないものだと私は思っています。周囲との関係を蔑ろにしていては成り立ちません。そんなあなたと一緒にいてデューク様が幸せになれるとは思いませんし、デューク様を渡したくありません」
どうせ言葉は届かないだろうけれど、言わずにはいられなかった。
こうなるまでどうして隣国の王子たちは放置していたのだろうか。再度咎める視線を向けそうになったが、ぐっとこらえる。
主人公補正が利いていたのか、それともそれまではうまくベリンダがやっていたのか。先ほどのコーディーの発言を考えるとその両方なのかもしれない。
どちらにしろ、気分が悪い話だ。
「フェリシアの言う通りだ。あまりにも身勝手な押し付けで人を排除しようなど、実際に動いていないにしてもその動きを黙認していたことは同罪だ。何より、フェリシアを害そうとしたことは一生許さない!」
デュークが侮蔑と怒りのこもった声でベリンダを糾弾すると、彼女はわなわなと震え出した。
きっと睨みつけるその瞳に、そこにどんな愛があるのだとさらに心が冷える。
彼女が可愛いのは自分のみ。
対峙すれば対峙するほど浅い人間性に、なぜこんな人に怯えデュークを譲ろうとしていたのかと腹も立ってくる。
「前もフェリシア、フェリシアって。死んだ相手のことをいつまでも考えて、たくさん言葉をかけて復讐の手伝いだってして、やっと手を取ったと思えばちょっと笑うだけで健全なまま距離はそれ以上縮まない。しかも、これからという時に婚約者を忘れられないからすまないって国に帰されて最悪よ。そのせいで、でっぷりした頭のおかしな年上の男のもとに嫁がされるし姑は意地悪だわ碌でもなかったんだから!」
「前とは? いや、もういい。彼女を拘束してくれ」
デュークがそう伝えると、控えていた騎士たちが彼女を拘束した。
彼女は一度デューク攻略に失敗し、望まない結婚をしたようだ。
そしてデュークだが、たとえ今のデュークではないとわかっていても、ほかの女性と添い遂げていたと知れば私はもんもんとしていたはずだ。
だけど、実際は手を出していなかった。それはあまりにもデュークらしくて、そのことにもじわりと嬉しさが滲み出る。
あらゆる結果が彼女にとって不幸なことだったのかもしれないが、自業自得だろう。
直接手をくださないまでも私を死に追いやり、コーディーを狂わせ、デュークは深く後悔する人生を歩むことになった。
ベリンダも含め、誰も幸せになっていない。むしろ不幸ばかりだ。
転生というやり直す機会を得たならそこで悔い改めて行動を変えるべきだと思うし、もう一度狙うにしても彼女の行動はあまりにも勝手すぎる。
やっぱりそこにあるのは自己愛のみ。考えれば考えるほど、そんなことに振り回されていることが理不尽でならない。
コーディーも言っていたが、ベリンダのそれはデュークへの愛ではなく物語への執着だ。
騎士たちに身体を拘束されたベリンダを見る。
もう彼女に危害を加えられないこと、ベリンダの言葉は雑音ばかりだったけれど物語後の話を知り、やっと肩の荷が下り気持ちが軽くなった。




