22.物語の強制力
パーティー会場を離れ、私はシオドア・クロンプトンと廊下を歩いていた。
ベリンダが生徒とぶつかり、その際に足をくじいたと言うので(もはや本当かどうかわからないが)騒ぎとなった。
ベリンダは懲りずに離れた場所にいるデュークに付き添ってほしがったが、その場にいたテレンスがなだめすかしなかば強引にベリンダの取り巻きとともに保健室に連れていった。
デュークは絶対にベリンダと行動はしないとクリストファー殿下たちに告げてあったそうで、彼らの見事な連携でしぶる彼女と周囲を言いくるめた。
ベリンダは思惑通りにはならず、内心かなり憤っていそうだ。
それからテレンスが席を外した代わりに、デュークがクリストファー殿下のそばについていることになった。
これは敢えて私に隙を作るためで、このタイミングしかないと私は頷く。
「フェリシア」
話し合って互いに納得して決めたのに、苦渋の表情で私を見下ろすデュークに笑いかける。
デュークが事前に動いてくれていたことで、ある程度相手の行動を制御できる。すでに寂しく一人という状態は脱していて、未来は変わってきている。
相手が動くならばこの機会を絶対逃さないし、確実に私たちの目の前から退場してもらうつもりで動く。
今までいつ仕掛けてくるか怖かったけれど、むしろここで仕掛けてきてという気持ちのほうが強い。
「大丈夫です。デューク様を信じています」
「わかった。また後で」
離れがたいときゅっと手を繋ぎ、いろいろ言いたいのを振り切るように殿下のもとへと向かったデュークを見送る。
それからしばらくクラスメイトと歓談していたのだけれど、一人になった隙に話しにきたのがシオドアだ。
そのまま静かなところで話がしたいと言われ、デュークの言葉を胸に彼についていくことにした。
夕刻から始まったパーティーは終盤を迎え、辺りはすっかり暗くなり会場を抜けた途端に静けさが押し寄せる。
「いつもと違って静かな校舎もいいものですね」
「そうですね。ところでどこで話を? あまり遠くに行くと心配されるのでこれ以上は困るのですが」
「ああ、ちゃんと目的地はありますよ。ここです」
そう言ってシオドアが指したのは音楽室であった。
この日のために演奏する劇団の楽器が数日前から収納されていたが、今は会場に運ばれていて何もない。本日楽器を出し入れするために鍵は開けられたままだ。
いよいよかとそっと息を吐き出す。
鍵が開けられていることを知っていたらしいシオドアが迷いなく扉を開けると、中にはすでに人が立っていた。
その人物を見て眉を寄せる。予想を裏切らないと言えば裏切らない相手。
そこで待っていたのは、ベリンダと共に会場を後にしたはずのコーディー・アドコックだった。
「これは、どういうことですか?」
第三者の登場にシオドアを見ると、彼は薄い青の瞳をすぅっと眇めた。
「騙すように連れてきてごめんね。彼があなたと誰にも邪魔されず話したいからと、俺はここまでの案内役だよ。日頃は人目もあるしオルブライト嬢には婚約者がべったり張り付いて話せないから、今日がチャンスだと思って」
「私によく話しかけてきたのも彼の指示で?」
「うん。俺は彼には逆らえないからね」
これは予想外だ。
ベリンダではなく、コーディー・アドコックのためにシオドアは動いていたらしい。
シオドアはあらゆる人に親しげに話しかけていて、最初の頃は人好きな、悪く言えば女性に気安いので軽々しい印象を持っていた。
それからベリンダが露骨に接触してくるようになって、てっきり私の情報などもベリンダに請われて収集しているのかと予測を立てていた。
孤児院に訪れた際の街での様子についての話題も、あまりにも打ち合わせされていたようなタイミングだった。
ローマンの話を聞いてさらにそれはあり得ると考えたけれど、それもコーディーの指示だったということだろうか。
「どういう関係なんですか?」
「俺からは言えないな。主導権は彼にあるから彼に聞いて。俺は言われたことを忠実に動くだけの駒だからね」
一人になった途端にシオドアが接触してきたから彼が物語の犯人かと思えば、彼はコーディーに従っているだけらしい。
ただ、コーディー・アドコックはベリンダに傾倒している。そうはっきりとローマンも断言していた。
ベリンダのために動いているのは間違いなく、シオドアが誰について情報を集め案内役をしていようが、それらはやはりベリンダに繋がるのは変わりない。
二人の男性に挟まれるのはさすがに怖いと縫い付けたアクセサリーに手を伸ばしかけたところで、俺はこれでとシオドアはあっさりと去っていった。
「…………」
「…………」
取り残された私はコーディーと二人きりなる。
私はいつでも逃げられるようにドアを開けたままコーディーを見た。
顔立ちも周囲の人たちに比べたら平凡で、茶色の瞳に髪ということもあってベリンダの横にいるというだけでこれといって目立つタイプではない。
彼はいつものあの観察するような視線を私に向けていた。じりっと後退る。
「呼び出して、何の用でしょうか?」
「ずいぶん警戒していますね。危害を加えようとは考えていませんので安心してください」
「人気がないところに呼び出しておいてですか?」
信じられない。物語で私は殺されているのだ。
まだ犯人かどうか確定していないけれど、この状況で気を緩めるなんてできるはずがない。
「ええ。人がいて話せることではないので。ずっと疑問だったんですよね。前回と行動が変わっているあなたも前世の記憶があるのかどうか。音楽室にも普通に来れているし、だけど警戒はしている。その様子だとすべてを思い出せていない? 俺を見ての反応もよくわからないな」
「……」
またしても考えもしなかったことが起きている。
ローマンの話を聞いて、ベリンダの言動からもしかしたら前世の記憶がある可能性を疑っていた。だが、私を殺したかもしれない相手が前世の記憶持ちであるとまでは考えなかった。
真意を測ろうとじとりと絡みつくような双眸をきっと睨みつけ、しばらく無言の攻防を繰り返す。
怯む気はないと意思表示を見せ続ければ、コーディーはひょいっと肩を竦めた。
「うーん。これはやはりは完全に思い出しているわけではない、が正解かな。まあ、警戒するのはわかります。俺がここであなたを殺したのですから」
「あなたが私を殺した?」
急激に不安が募りこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、デュークを信じて踏みとどまる。あまり手の内を見せないように視線をコーディーに固定する。
わざわざ殺したことを明かしてまで彼は何がしたいのかと驚愕で目を見張っていると、コーディーはぽりぽりとこめかみをかいた。
「そうですよ。別に憎かったわけではなかったのですが、私の愛する彼女がそう望んでいたので仕方がなかったんです」
「望んでいたから殺したのですか?」
「ええ。あなたたち二人は想い合っているようにも見えないのに、婚約者というだけでウォルフォードの横に当たり前にいるのはおかしいと何度も言っていたので。なら、彼女の幸せのために動くのが俺の役目でしょう?」
そこでにっこりと笑みを浮かべるコーディーに、ぞわっと鳥肌が立った。
狂っている。
つまり、物語ではベリンダの気持ちを先回りしてこの男に私は殺されたということか。
――ここで物語の私は死んだ……
ぐるりと周囲を見回す。
月明かりだけが頼りの音楽室は防音効果もありさらに周囲の音は遮断され、こちらの音は外に漏れることなく私は虚しく息絶えたのだろう。
しかも、かなり勝手な理由で。そんな理由で殺されるなんて想像もしなかったに違いない。
その後に二人が手を取ると思えば、虚しさが増す。
たとえ、指示していなかったとしても原因はベリンダにある。この男もベリンダもやはり考え方がおかしすぎる。
「そんな勝手な理由で?」
こんなにもあっさりと真相を知らされるとは思わなかった。
そして、物語で死んだ場所に殺された相手と再び対峙している。
今回のことに私は警戒していて協力者もいて納得してここにいるけれど、どうしても避けられない恐るべき物語の強制力を感じた。
だけど、同じなのは場所と人物だけだ。だから大丈夫だと私は自分に言い聞かせる。
「勝手? 人は誰しも勝手ですよ。あの後、俺がどうなったか……。ただの使い捨てだ」
そうだった。コーディーは殺された記憶を持つ私として認識しているから、物語として彼が最終どうなったのかを知っているのを知らないのだろう。
なら、その結末を覚えていてまた同じように私を呼び出して彼は何がしたいのだろうか。
「俺はもう間違えない。だから、あなたは俺のためにここで一度死んでもらってもいいですか?」
訝しみ警戒しながら彼の次の動きを観察していると、私に対して何の感情も浮かばない静かな眼差しを向けたままコーディーが淡々と告げた。




