20.警告
「歓談中失礼します。先ほどの熱烈な告白、見た目に反してウォルフォード殿は熱い方で驚きました」
「……それでメイヒュー殿はどういった用で?」
「オルブライト嬢と話がしたいのですがいいでしょうか?」
そこでローマンはちらりと背後へと視線をやった。デュークも同じく視線をやり嘆息する。
「フェリシア次第だ」
「わかっております。オルブライト嬢、そんなに時間は取らせないのでいいでしょうか?」
ローマンの申し出に心許なさが先に立ち、不自然に視線が揺れてしまった。
これでは怪しまれるとゆっくりと息を吐き出し落ち着かせる。
――どうしよう……
人がいる場で話しかけてきたのなら悪いことを考えている可能性は低い。
ベリンダの居場所を確認すると遠くで楽しそうに男性たちと話しており、彼女がいない場で二人きりでなければ話はしてみたいと思った。
どうすべきかとデュークに見ると、ローマンに視線をやった彼は小さく息をつき私のほうへ向き直り訊ねてきた。
「フェリシアが話したいならば話せばいい。二人きりにはさせられないから一緒にいる。それは構わないだろう?」
「ええ。構いません」
「だそうだ。フェリシアはどうしたい?」
ローマンに問いかけ了承を得て、最後の判断は委ねると私へと視線を向けた理知的な光を含んだ深い海色の瞳と交錯する。
――ナイトですか!?
いつの間にかナイトに進化した婚約者。
変わりすぎというか、まっすぐな人なのでそれもそれでデュークらしいけれど、先ほどの告白といい心臓がぎゅっとした。
ローマンのこの接触はきっと意味がある。
内容はわからないけれど聞いておけばよかったと後で思うよりは、見守られているなかで話ができるならそれにこしたことはない。
とにもかくにもありがたい申し出にこくこくと頷きお願いして、私はローマンと話すことになった。
「受け入れていただきありがとうございます。さっそくですが、オルブライト侯爵家とメイヒュー侯爵家で十年前に共同事業の話があったのは知っておられるでしょうか?」
「はい。石材についてですよね」
メイヒュー領は建築や家財の材料となる石が多く取れ中には珍しい石材もあり、建築業に優れた我が家に話がもちかけられた。
「そうです」
「当時の話は聞いております。運送の面でも不安材料や負担が多く採算が取れないと判断したと」
こちらも守るべき領地と領民がいて先行きが不安なものを抱え込むわけにはいかない。慈善事業ではないので当然だ。
メイヒュー家は再建をかけて話を持ってきたのだろうが、今まで縁がなかった国と相手である。
大変なのはわかるが、信頼も恩義もない。
わざわざ山越えしてまでメイヒュー家の石材を利用する理由もなかった。メイヒュー家は自国に救済を求め立て直し見通しができてからでないと、一緒に事業は無理だったと聞いた。
「はい。今は断られた理由もわかっていますし納得しています。実際にこの国に来るにあたり山越えは大変だったので、そこを乗り越えるよりもまず国内で助けを求めるべきだと言われたことも聞きました。当時はなぜ助けてくれないのかと恨みもしましたが」
前もそうだったが、直球にものを言う人だ。
手を取ってくれていたら変わっていたのにと、苦しいと思うたびに誰かのせいにしてしまう思考はわからないでもない。そうしないと押しつぶされそうだったのだろう。
「そうですか。そこまで考えがまとまっているならなぜ話を?」
「食堂でご一緒した後にウォルフォード殿が私のもとに話があると来られました」
「デューク様がですか?」
ローマンは私の横にいるデュークに視線をやり、私もつられるように見るとデュークが目を細めた。
先ほどの言葉をすでに有言実行で動いてくれるデュークを前にじわりと胸を熱くさせていると、ローマンが話し出したので視線を戻す。
「はい。さっきはもっと過去のことのように話したのですが、少し前までは家のこともあってあなたのことを憎む気持ちが少なからずあった。この国の豊かさや長閑さを肌で感じ、何不自由なく平穏に過ごしていたのかと、あの時に断られていなかったらこんな苦しい生活をせずにすんでいたのではという思いはなかなか消えなかった」
「……だけど、話をして考えが変わったと?」
あの日のことはずっと気になっていたし、ベリンダやその取り巻きたちと話すときはかなり警戒していた。
デュークに気遣う言葉をかけられても具体的な説明が出来ず言葉を濁していたが、裏で動いてくれていてすでに変わってきているものを示されてじわりと涙が滲む。
「私の言葉を覚えていますか?」
「はい。恵まれた環境だというものですね」
あれでベリンダがやばい人であるとわかったのだ。忘れるわけがない。
「どうしてもあなたの家門のせいで苦労したのだと言いたくなったが、オルブライト嬢の考えを聞き、それからウォルフォード殿と話してなぜこんなにもあなたの家門に囚われていたのかとやっと疑問を抱くことができた」
「疑問ですか?」
いったいデュークは彼に何を話したのか。
ジャクリーンのことといい、私は今一度真剣にデュークに向き合う必要があると感じた。
物語と現実の違い。
何より、デュークのこの変化は想像しなかったもので、ベリンダの不気味さも含めて危険を前にした今はものすごく気持ち的にも助けられている。
まったくベリンダに目をくれず、私の違和感を同じように感じ取って行動してくれていること、自分を見てくれているというだけで背筋が伸び強くあれる。
すべて自分でなんとかしなければと思っていた。
けれど、私の些細な動きから憂いを取り除こうと動いてくれる婚約者に、思いを全部ぶつけてもいいのではないかと、助けを求めてしまいたい気持ちが強くなる。
「ええ。ずっとある人に我が領が苦しいのは十年前のオルブライト侯爵家が悪いと、事業がうまくいかないのはそれ以前からだったのに言われ続けていつしか憎む対象になっていました」
ローマンの話にどくりと心臓が嫌な音を立て、訊ねる声が若干上擦った。
「……ある人とは?」
「ベリンダ・マッケラン。オルブライト嬢も思うことがあると見受けられるのですが」
ローマンと視線が交差する。
その瞳は私を貶めようといった濁りを感じられない真剣そのものだ。
――この国にくる前から私を目の敵にしていたということ?
今までは彼女と対峙していてもぼんやりと『物語のヒロイン像』が重なっていたがそれは完全に崩れ、ベリンダ・マッケランという存在がどんと目の前に立ちはだかる。
ぞわりと、総毛立った。
「そうですね……。表情や場の雰囲気で誤魔化されていますが個人的に違和感を覚えています」
肯定するとデュークの長い指がぴくっと動いた。
そんな些細な行動でさえも、自分に向けられているというだけで嬉しくも頼もしい。
私がベリンダのことを言及したのはこれが初めてだ。
デュークがここまで動いてくれていて、ベリンダ側にいたローマンから証言となるような言葉を得た。
ベリンダのことを言及するとまた何かが進みそうな恐怖もあったけれど、ここで濁して耐えている必要はもうない。
決着をつけたい。戦いたい。私のための未来を掴んで好きにするために。
繋いだ手に力を込めると、ぎゅっとデュークも握り返してくれた。
ローマンが続ける。
「彼女は非常に男性の承認欲求を満たす立ち回りがうまい。あなたは悪くないよ。このままで大丈夫。すべてはほかに原因があるのだからと、甘い言葉で理解していることを示してくる。私は距離を保っていたのでそこまで親しいわけではないのですが事あるごとにそう言われれば、いつしかそうかと自分の甘さもあって自然と思考は停止し楽なほうに逃げてしまっていた」
「それは、なんというか自分の思考が奪われるようで怖いですね」
ある種、洗脳のようなものではないだろうか。
自分に心地よい言葉を浴びるのは気分がよく、心が弱っていると縋りたくなる。
常に気を張って頑張れとは言わないし、たまにはそういう時間もあっていいだろうけれど、それではいつまで経っても改善しないし成長しない。
その後も何かあってもすべて責任転嫁していき悪くなっても気づこうとしないし、ベリンダは責任を取ることなく甘い言葉をささやくだけ。ドツボだなと思う。
だから、あんなに取り巻きも多く、パーシヴァル殿下もベリンダに甘い態度なのだと思うと、隣国のやばさに背筋が凍る。
「はい。違和感を覚えていたのですが、ウォルフォード殿と話してそれがいかに危ないかを理解しました」
デュークが動いてくれなかったら、彼も私を狙う男性の一人になっていたのかもしれない。
ベリンダが蒔いた種が誰に向かってどこまで育っているのかと考えると恐ろしい。
ぶるりと身体を震わすと、デュークが口を開いた。
「話を聞く際にこちら視点の話をしただけだ。俺としてはフェリシアに関わることだから、何か食い違いがあってその後問題になるのは避けたかった」
「デューク様……」
「マッケランの行動はフェリシアに対して許せないことが多い。だが、会話が通じないし強く言えばどう返ってくるかわからない怖さがあった。その対象がフェリシアに向けられているようで、それでフェリシアが悲しむようなことは避けたくてずっと情報を収集していた。そろそろはっきりさせてもいい頃だと思っている」
デュークはそう力強く言い切ると、安心させるように表情を和らげた。
私は一人ではない。わかってくれている、守ろうとしてくれる人がいる。
怖いと同時に、湧き上がる気持ちが胸を熱くさせる。
「今は気持ちの整理はできていますが、前回あの場で私が問いかけたことで微妙な空気になってしまったのも気になっていました。すみません」
「いえ。こうして話していただけたので気にしていません」
真面目で不器用なタイプだから、ベリンダの言葉に惑わされながらも染まりきれなかった。
タイプ的にデュークと似ているところもあり、悪い人だとは思えない。
「注意してください。ベリンダ・マッケランは巧妙に相手の懐に入り蹴落とすのもうまい。シオドアは何を思って彼女に協力しているのかはわからないが、コーディー・アドコックは確実にベリンダにのめり込んでいる。ベリンダのためなら何をするかわからない」
「なるほど。ほかに彼女に感化されている人物は?」
ベリンダに甘い言葉をささやかれてきたからこそ思うことがあっての警告について考えこんでいると、デュークが変わって必要な疑問を投げかけてくれた。
「誰がどこまでかはわかりませんが、すべての者がベリンダの言葉に誘惑されているわけではないでしょう。思惑があり付き合っていると感じる人物もいますが、実際のところは私にはわかりません」
侯爵令息だからといっても、金銭的に苦労し立場もそう強くなくわからないこともあるだろう。
その中で伝えてくれようとしただけでもありがたいと思うべきだ。
そして、物語と一緒なのか違ってきているのかはわからないが、物語では私は男に殺された。ローマンが外れた今、残りの二人はやはり怪しい。
いつどこで誰の地雷を踏むかと表だって反撃するようなことは控えていたけれど、手口が分かった以上このまま相手の出方を待つばかりはもう嫌だ。
「私たちに話すのは勇気がいったかと。ご忠告ありがとうございます。気をつけます」
「今まで勝手に恨んでいたので罪滅ぼしのようなものです。それに取り返しのつかない国際問題になるのは望まないので私もできることはと思いますが、力不足で申し訳ない。では、気をつけてください」
ぺこりと頭を下げたローマンを見送り、私は再びデュークと二人になった。




