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19.デュークの変化 後編


「ああ、フェリシア。そんなことは言わないでくれ。もちろん、職務は疎かにしないが、それ以外はフェリシアのために、何より俺が少しでも長く一緒にいたいんだ」

「私は……」


 今までのように放っておいてくれてもいい、とはさすがにここ最近のデュークの行動に助けられてきたので言えない。

 今までと違い、婚約者としてではなく私を思って言われているのだとわかる言葉に嬉しい気持ちと、毎度心を乱されて苦しかった日々を思うと今さらなのではという気持ちの両方がせめぎ合う。


 好きだからどうしても切り離せなくて、動かれるたびに揺れる。

 期待しないでおこうとそうできていたはずなのに、心の奥がとくんと音を立てる。


 やっぱりずるい。勝手な人だ。

 好きをやめさせてくれない相手に腹も立つ。


 ふんすっと自分でもよくわからない息が口から漏れた。

 思うこと感じることがぐちゃぐちゃしているけれどその息は今までのものより軽くて、気分もそう悪くない。

 それもまた腹が立つ。


「可愛い」


 むぅっと自然と頬が膨らんでいたらしく、頬を繋いでいないほうの手でつんつんと突かれてデュークの口から幻聴が聞こえた。

 押された頬に時間差で温もりを感じる。


「えっ?」

「俺の婚約者は可愛いな」


 デュークの口から出た言葉とは信じられずがばりと振り仰ぎ凝視すると、密に揃った睫毛が自分のすぐ目の前で瞬き彼の笑みが深くなる。

 それから、ゆったりと言い聞かせるように繰り返す。


「フェリシアは誰よりも可愛い。俺にとってはフェリシアが絶対だ」

「なっ!? 今までそんなことは一言も」

「口にしたことはないが、ずっと思っていた」


 ぼぼぼっと頬が熱くなる。

 火が噴いてしまったかのようで、熱の逃がし方がわからない。


 ――こんなの、どうしたらいいの?


 顔を扇ぎたいのに、両手を掴まれて膝をついたデュークに顔を覗き込まれた。

 周囲がざわりと色めき立つのを感じたがそれどころではない。


「そ……」


 言葉が続かない。

 はくはくと口を閉じたり開けたりしていると、なぜか口が滑らかになったデュークが続ける。


「言わないと伝わらないと周囲にも怒られた。だから、これからは伝えていきたい」

「……」

「それと、俺は絶対婚約解消に同意はしないから」

「……!? 知って……」


 絶対逃さないと意志のこもった眼差しで見つめられ言われたそれは、ジャクリーンか家族が伝えたのだろう。

 なんとなくそうかもしれないと感じていたが、断言されてどのように反応すればいいのかわからず唇を小さく噛む。

 私に向ける視線に労るような優しさを乗せデュークが頬に苦笑を浮かべると、一語一語噛み締めるように告げる。


「あと、今までの俺が頼りなかったせいもあるが、フェリシアはいろいろ我慢し一人で抱え込もうとしすぎだと思う」

「そうでしょうか?」


 我慢しているつもりはないけれどと首を傾げると、デュークが大きく頷いた。


「周囲に迷惑をかけないようにと常に考えるから行動は控えめだし、優しく誠実なところはとても好ましいし美点だとは思うけれど俺は甘えてほしい。婚約破棄以外のことなら何でも受け止めるから、俺には我が儘になってもいい」

「理解できないような我が儘を言っても?」

「ああ。フェリシアがどうしても言葉にできないことなのだろう? フェリシアは我が儘を言うくらいでちょうどいいし、どんなことでも俺はフェリシアを信じて動くよ」


 婚約破棄と言いながらも、デュークが自分以外の誰かとくっつくところなんて見たくないと思ってしまう勝手な心を吐露しても?

 『死に役』についてうまく説明できないけれど、怖い気持ちとベリンダとその周囲と戦うために力を貸してほしいと言ったら力を貸してくれる?

 言われた側は憶測で動くことになるけれど、それをデュークは受け止めてくれるのだろうか。


「ものすごく理不尽なことを要求されても知りませんよ」

「フェリシアのそばにいられるならなんだっていい」


 本当に、本当に気持ちのまま好きにしていいのだろうか?

 どうしても隠せない期待を持ったままじっと見つめると、デュークは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「さっきも言ったが、日頃の俺の態度が勘違いさせてしまっていたけどフェリシアを可愛いと思っているし、フェリシア以外の女性のことなんて考えたこともない。俺のことをひたむきに見つめてくる眼差しにひどく安心していて、その瞳に映るのが嬉しかった。まっすぐ見つめてくる姿やちょっと恥ずかしがりなところも愛おしい」

「いっ…………」


 ぼぼぼぼっと脳内から火が出だしたのか、思考が回らない。

 デュークが長文を話したかと思えば言葉にも甘さがプラスされ、なぜか溺愛モードにチェンジして包容力も見せられて、ぐだぐだ悩んでいた自分がバカらしく思えてきた。


「わかってもらえるまで尽くす。今までの分、フェリシアを愛させて。不安も一緒に背負わせて」

「……もう、わかりましたから」


 周囲に迷惑をかけることになっても、好きにしたい気持ちが強くなる。

 ここまで言葉で尽くされて、愛されているのだとわかる相手との未来も諦めたくなくなった。


「だから、フェリシアは絶対に誰にも渡さない」


 それでも次々に繰り出される言葉は破壊力があってふしゅうと身体の力が抜けると、すかさず腰に手が回される。

 自分で立て直すことができず力強い腕に体重を預けていたが、好奇な周囲の視線、そして睨むようなベリンダの視線にすぅっと芯が冷えていく。

 こちらを見ていたクリストファー殿下が、苦笑しぱんぱんと手を叩く。


「口下手な友人の熱烈さに私も驚いているが、彼らは婚約者であるし仲が良いことは私も嬉しい。これからも彼らを見守ってくれ。そして、今一度周囲の大事なものを見直し、できることならば国の垣根を越えて交流を深めていくことを願う。ぜひ、この時間を楽しんでくれ」


 殿下が周囲の視線を集めてくれなかったら針のむしろだったが、音楽が流れ場の空気が変わる。

 ようやく視線がなくなってほっと息をつくと、どこか清々しい顔で私を見つめてくるデュークをちらりと睨んだ。


「デューク様。言葉にするにも時や場所もそうですが限度があると思います」

「モンティス嬢が大勢の前で行動しろと。フェリシアはずっと献身的に動いてきたのだから男ならそれくらいの気概を見せてこそだと」


 ――じゃ、ジャクリーン!


 婚約破棄のことと私がデュークに想いを残していることを知っていて発破をかけて様子をと思ってくれたのだろうけれど、デュークの不器用さと真面目さを侮ってはいけない。

 ジャクリーンが最初に謝ってきたのはこういうことかとわかるとともに、まっすぐなところはどこまでもデュークだなと思うと肩の力が抜ける。


「急すぎです」

「すまない。注目を集めすぎた。今度からは人がいるときは抑えて二人の時に想いを伝えるようにする」


 想いを伝えることが前提になってしまっている。

 決めたら融通が利かないところもあるデュークの暴走に笑えてきた。


 我が儘を許されるなら私も周囲を気にせず好きに振る舞ってもいいかと、険しい表情でこちらを見てくるベリンダを見返す。

 誘われるままデュークとダンスを、睨まれるのならさらに笑顔でと踊り終えたところで、ローマン・メイヒューが私たちのもとに来ると話しかけてきた。




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