18.デュークの変化 前編
煌びやかな装飾で彩られた会場。
ベリンダは相変わらず接触してきたけれど、これといった進展や決定的な確信を得ることができないままパーティー当日を迎えた。
動向を把握しておきたいベリンダとその取り巻きたちは隣国のパーシヴァル殿下と一緒にいるのを確認し、ふっと息をつく。
私は予定通りエスコートされ来場し、今も宣言通りぴったりとくっつくように横にいるデュークをそっと見た。
さきほど私とデュークを見て顔を引きつらせたジャクリーンに心底申し訳なさそうに謝罪され、あれはいったい何だったのだろうと考える。
ジャクリーンはきゅっと口を引き結ぶと大きな溜め息とともに言った。
「フェリシア。先に謝っておくわ」
「えっ。何を……」
「聞いていると思うけれど、ウォルフォード様と話をする機会があってね。その、えっとなんていうか良くも悪くも背中押しすぎてしまったみたいなのよ。その、頑張ってね。私はフェリシアの味方よ。応援しているから!」
デュークからもジャクリーンと話をしたと聞いていたけれど、その時に何の話をしたのか今後のことについてというだけで具体的には知らされていない。
それからジャクリーンは、私の手を繋いでいるデュークをきっと睨む。
「泣かせたらわかっていますよね?」
「ああ」
「任せましたからね」
それから二人はそんなやり取りをして、ジャクリーンは呼ばれて違う場所に行ってしまった。
そんなやり取りも含め、現在私はデュークと手を繋いでいる状態だ。周囲の視線もなんのその、いつもより密着した状態で私たちは会場にいた。
私より頭一つ分高い位置にある顔はきりりとして凜々しく、表情を動かさないと冷たく感じるほど整っている。
思慮深く落ち着きのある濃紺の瞳は周囲を観察していたが、私の視線に気づくとその美貌に笑みを深めた。
「何か飲みたいものは?」
「いえ。今は大丈夫です」
「そう。何かしたいときはいつでも言って」
そして、なぜかずっと握られたままの手をきゅっと握り直してきた。
デュークは剣の使い手だ。パーティーだけど何かあった時に動けるように剣を装備することを許されている。
ただし、パーティー参加側の学生なので殺傷能力はない剣先を潰したものなのだがあるのとないのとでは守りも違い、そんな彼のそばは現在の状況的にとても安心する。
――安心だけど、やっぱり落ち着かない……
じっと見つめるデュークに耐えきれず、そっと息をついた。
婚約者がおかしくなってしまった。そう思えるほど、屋敷に迎えに来た時からやけに距離が近くデュークは私にべったりとくっつくように行動する。
「デューク様……」
「なに? フェリシア」
「何があったのですか?」
少し顔を傾け私に向けられる眼差しは、いつも包み込むような温かさがあった。
だけど、その奥には燻る熱はじりじりと見え隠れしていて、炎がちりっと揺らめくたびに視線も意識も外せなくなる。
「ん? どうして?」
「手、繋いだままなので」
相変わらず口数は少ないけれど、積極的に話しかけようとしてくるまではいい。
デュークなりに頑張る姿勢に、微妙な間合いもそれはそれでほっこりしてつい笑ってしまって和やかな時間を過ごせている。
――だけど、これはいかがなものか?
デュークは紳士で、手を触れるなどエスコートの時くらいで常に節度を保った距離だった。
この間もだけど、絶対こんなラブラブカップルのような行動をするタイプでは決してなかった。
「嫌か? 少しでもフェリシアのそばにいたいんだ。それに周囲に誤解されたままなのは困るから、俺がフェリシアを大事に思っているのを見せておいたほうがいいと思って。特に隣国側には隙を見せたくない」
デュークが隣国を警戒している。
前回のベリンダとの食事以降、特にそのことについて話したわけではないけれど、自分と同じように警戒心を抱いてくれているのはかなり嬉しい。
――はっきり言って、物語のヒロインだからというのもあるかもしれないけれどベリンダは好きになれない。
裏表ありすぎる。嫌いな女性のタイプだし、あんなこと言われた後では余計にだ。
あの彼女側につかれたら、隣国が帰ってからなんて悠長なことは言わずすぐに婚約破棄を申し出ていた。
だけど、実際はずっと私の婚約者であり味方であるスタンスを崩すことのないデューク。
その彼が一緒にいることで、さらに私が一人になる時間は減り隙がなくなる。
デュークの言動や変化は私にとってありがたいことだ。
だけど、ありがたい以上にこの変化は想像もしなかったもので、私はどうしていいかわからず反応も後手に回っていた。
「そう、ですか」
「むしろ、フェリシアが俺に言いたいことはない?」
「……ない、ですよ」
今はまだ。
「そうか。言っておくが、俺はこの先ずっとフェリシアを手離す気はないから。フェリシアと一緒に過ごしたいと思っている」
にっこり笑顔とともに告げられ、その双眸は思ったよりも真剣で私は目を見張る。
ここ最近告げられる、『一緒』や『ずっと』という言葉に毎回どきりとする。
そして、そのたびに物語との違いは何なのだろうかと考える。
――よくわからなくなってきた……
せっかく期待しなくなったのに、言われるたびにその言葉は蓄積されていきこのままでいいのかと考えることも増えた。
そわそわして何となく一歩後ろに下がると、それ以上に詰められてさらに距離が近くなった。
「どうして近づいてくるのですか?」
「そばにいたいから」
ぐいっと顔を寄せられて、耳元でささやかれる。
無駄に距離が近いし、何よりじっと見つめてくるのは変わらないのにその双眸は常に熱がともっているように思えてどのように反応していいかわからなくなる。
意気込みは嬉しいし、予想もしなかったけれどこれだけデュークがべったりそばにいるならば乗り切れる確率は高まる。
だけど、ずっとはデュークの立場的に無理だろう。
「デューク様、殿下のほうはよろしいのですか?」
「ああ。時間を確保するために準備や交渉はしてきた」
確保できたのか。じゃあ、今までは?
つい、そんなことを考えてしまう。
きっと物語の私は愚直とも言える真面目なデュークに放って置かれ、一人寂しく死んでしまった。
それを思うと、今のデュークに文句を言っても仕方がないのに腹も立つし虚しくなる。
顔にそう書いてあったのだろう。
デュークが悲しげに眉を下げて、がばりと頭を下げる。
「今まで悪かった。これまでの自分の行動の足りなさに本当に申し訳ないと思っている。フェリシアがそばにいてくれたから集中できていたし、フェリシアの寛大な心に甘えていた。これからはフェリシアとの時間をもっと大事にしていきたい」
「デューク様が何事にも真剣に取り組む姿勢は尊敬しています」
そういうデュークだから好きだったのだ。
だから、応援していたし、尊敬していたし、放っておかれても寂しくはあっても詰る気持ちはなかった。
『死に役』『盛り上げ役』となる未来を知ることがなければ、それはずっと変わらなかったはずだ。




