17.違和感と取り巻き
「確かに家柄もですが、聞けば、ずっとフェリシアさんがデューク様を好きで追いかけていたとか。それで婚約なんて羨ましいです。幼い時から苦労もせず周囲が未来の環境も整えてくれているのなら恵まれてると言い切りますよね! そこで謙遜しないのはいいと思います。フェリシアさんは動かなくても微笑むだけで手に入れられるのはすごいことですよ~」
耳に飛び込んできたベリンダの、どこまでも悪気はないのとばかりのきゃぴっとした声とともに放たれる言葉に眉を寄せる。
こういうのは聞いている人次第で受け取り方が変わってくる。先ほどの眼差しを見たからだろうか。私には嫌味のように聞こえてしまった。
声音は優しくプラスの言葉もあるのに私を下げたいのだろうなと思える内容にどう対応すべきかと考えていると、そっとデュークに優しく触れるように手を握られた。
労るような触れ方にデュークへと顔を向けると、案ずるような眼差しを向けられていた。
デュークは私と視線が合うと心配するなと微笑を浮かべた。
ベリンダの言葉に煽られぴとんと黒いシミのようなものが落ちて心が黒く塗りつぶされそうになったけれど、デュークの曇りなく澄んだ濃紺の色に変わっていく。
私がそっと息をつくと、デュークはすぅっと表情を消してベリンダのほうへと目を向けた。
「マッケラン嬢。どこからお聞きになったのかは知りませんがそれは誤解です」
「誤解ですか? 皆さんがそう話していたのを聞いたのですが」
私がデュークを好きで毎日差し入れをしていたことは周知の事実だけれど、だからといって振られもしないのに進んでその話をするとは思えない。
つまり、その話題を周囲に振って情報収集をしていたということで、ベリンダに対して違和感が大きくなる。
――これって、つまりどういうこと?
物語と現実とどれほど違うのか。
物語ではずっとデュークを想い寄り添っていた優しくも逞しい人というイメージだったけれど、本当はこういう人物だったのだろうか。
私やデュークが変わりつつあるなか、ベリンダも物語通りの人物でないとしたら?
そもそも、私を殺した男は彼の独断だったのか?
疑いだしたらキリがない。
けれど、どうしてもベリンダのそれはデュークの婚約者である私にもの申したいように聞こえてしまう。
ぎゅっと手を握りしめると、遠慮がちに触れ合わせていたデュークの手にも力が入り毅然とした声で続けた。
「ええ。私の不徳とする行動がそう周囲に思わせていたみたいなのでそこは訂正しておきたい。私は今までもこれからも将来を考えるのはフェリシアだけですし、彼女と出会えてよかったと心から思っています。なので、恵まれているというのならフェリシアを婚約者にできた私のほうですね」
「そうですよ! 二人の流れる空気はいつも穏やかでしたからね。どちらか片方ならばあんな空気は出ませんよ。デューク様はこのように誤解を生むこともあるので、これからはもう少し伝える行動をすべきですね」
寡黙なデュークの饒舌で私を擁護する言葉に、今度はジャクリーンがぴしゃりと告げる。
それを受けたデュークが眉尻を下げた。
「申し訳ありません。これからはフェリシアがそのような誤解を受けないよう動いていきたいと思っています。モンティス嬢、いつもフェリシアに寄り添っていただきありがとうございます」
「それはウォルフォード様に礼を言われることではないわ。フェリシアは私にとって大事な友人ですもの」
「はい。素晴らしい友人関係を築いておられるのに私は関係ないですね。ただ、大事なフェリシアが笑顔でいられる場が増えるのは婚約者としても嬉しいので」
デュークの饒舌に慣れないのか、叱責したはずなのに礼を言われたジャクリーンは照れくさそうに頬を染めた。
「そ、そうね。フェリシアが笑っていられることが一番だわ。そういうことならウォルフォード様の礼も受け取ります」
「ありがとうございます」
ジャクリーンが私の保護者のように告げ、デュークも小さく苦笑とともに柔らかな笑みを浮かべた。それから、私のほうに穏やかな眼差しを向ける。
二人が話すことで、完全にベリンダ主導だった会話の流れが変わったのを感じる。
私はふぅっと息を吐いた。
物語ではベリンダの手を取ったけれど婚約者である私がいる間は少しも揺らがない姿勢と、二人に守られ気持ちが救われる。
「……すみません。言い方がまずかったようですね。ただ、幸せそうだなと言いたかっただけで。フェリシアさん。ごめんなさい」
「いえ」
へにょりと眉尻を下げてうるうると潤んだ眼差しで謝られては、謝罪を受け入れるしかない。
反論すればさらに煽りが返ってきそうな怖さもあってゆっくりと首を振ると、ベリンダはデュークに掴まれていないもう片方の手をきゅっと握ってきた。
「ずっと黙ったままだったので怒ったのかと。安心しました」
黙ったままって……
いちいち突っかかるような言い方に気のせいでは済ませられなくなってきた。
するりと相手の懐に入るのが上手なベリンダのこのような行動を拒否するほうが悪く見られる。
この強引さを含めた態度に、どのような対応をすればいいのか難しい相手だ。
しかも、隣国の王子が可愛がっている従妹でこの国で事故に遭いトラウマ持ち。
彼女がこの国にやってきてからデュークの横にいすぎでないかと、デュークから事情を聞いた後でもなんだかすっきりしなかった。
そして、ベリンダとの会話が増えれば増えるほどにもやもやする。
彼女のことを話した際のデュークの口が微妙に重かった理由がよくわかる気がした。
しかも、相変わらずコーディー・アドコックは特に話すことはないが観察するように私を見ていて、私が少しでもベリンダに悪い態度を見せたら何かを言われそうな、もしくは憎悪を買いそうな勢いだ。
彼は静かにベリンダのそばにいて、まるでベリンダの絶対騎士のように横にいる。
パーティーが開催されるまで一週間を切った今、私がマークしていた男性と接触している現状。
この話題はどこまで偶然なのか。
もし、デュークが周囲にはっきりと言葉で私の味方であると示すことがなかった場合を考えると、ひやりと背中に汗が伝う。
ジャクリーンが助けてくれたとはいえ、かなり私はまずい立場に追い込まれていたのではないだろうか。
――もう一度、いろいろ考え直さないと。
今一度現状を踏まえて、しっかり考えと対策をまとめなくてはならない危機感が募る。
そっちがその気なら、とまでベリンダの思惑に確信を得ているわけではない。
けれど、意識的なのか無意識なのかはわからないが、主張するところはしておかないとこれからもこのように言われるのなら我慢ばかりすることになる。
せっかく二人が味方をしてくれるのだから、あれこれ考えすぎず言いたいことは言っておくべきだ。
「怒るなんて。私がデューク様をお慕いしているのは事実なので。デューク様とジャクリーン様にこのように言っていただけているので気にしていませんよ」
手を握られているのも不快でそっと引っ込めて、にこっと笑みを浮かべておく。
微笑むだけで手に入れられると思われているならそれでもいい。
ひたむきにデュークを見て追いかけていたことを本人に否定されないのなら、過去の私はそれだけで幸せだ。
何度も何度も諦めようと、物語を思い出し好きにすると決めても恋心はどうしても消えなくて、今も好きな人。
否定されないだけの絆はあるのだと思うと、じわりと心が温かくなった。
それにジャクリーンとの関係は、変わろうと行動したことできっかけを得てそこから築き上げてきた自負がある。
物語を思い出した時に好きにすると決めて今がある。
当初は物語でベリンダの手を取るデュークに対して思うことがあっての行動だったけれど、婚約解消することとは別として、現在のベリンダにデュークは渡せないと思った。
円満に婚約解消したとして、ベリンダのための解消になるのは絶対嫌だ。
普通に死ぬのは嫌だし回避は絶対だったけれど、さらに『死に役』にはならないと気持ちを強くする。
物語と変わってきているのか、刻々と死に近づいているのかわからない。
「いい身分よね。努力もしないで手に入れるなんて」
「……えっ?」
そこで、聞こえるか聞こえないかの声にがばりと顔を向ける。
話の流れ的にその言葉を向けられたのは自分。
「どうかしましたか?」
「……いえ、何も……」
どくん、と跳ねた鼓動とともにベリンダを凝視すると、ふわっと笑みを浮かべ首を傾げられた。
じっと見つめるけれど、さらに笑みを深める彼女からは何も見いだせない。
明らかな敵意のある言葉。
自分に向けられたもの。
――ヒロイン、やばすきない?
助けてくれたデュークに惚れたとして、初めましてなのに婚約者だからとここまで敵意を持つだろうか。
それほど私は邪魔ということ?
それともベリンダも私と同じように記憶があるとか? でも、あったところで結ばれるのに今から邪魔する?
真相がわからない。
わからないけれど、と私は視線を戻す。
『死に役』『盛り上げ役』にならないことはもちろんだけれど、このベリンダにはやっぱりデュークを渡せない。私の死に彼女が関係するのなら尚更だ。
三人の男性に加え、ベリンダは要注意人物だと知らずに力んでいた拳を、デュークがそれを解くように広げきゅっと指の間に指を入れてきた。
「初見ではフェリシアの思慮深さと優しさが伝わらないようだけど、俺を含め多くの人がフェリシアの誠実さを疑うことはしない。だから、これからもやりたいように動いたらいい。いつでも俺はフェリシアの味方だし、頼ってくれたら嬉しい」
「ありがとうございます」
周囲に、ベリンダに聞こえるようにデュークが言うと、ジャクリーンや私から見える学園の人たちが頷いてくれた。
どんな表情をしているのか横を見るのは恐ろしいけれど、私は一人ではないのだと信じてくれている人たちに笑みを浮かべた。




