16.ヒロインと死に役 後編
「直してもらったんですか。その方は多才な方なのですね。だけど、誤解されるような状況はよくないのではないでしょうか? デューク様は二人で会ったことや髪飾りのことは知っておられるのですよね?」
「それは……」
その話はしていない。
疚しいことはないのでわざわざ話すことでもないし、それこそ周囲にはしっかりと孤児院に行くと伝えてあるので問題ない。それに、あえて話さなかったわけでもない。
強調した言い方をされると、周囲に誤解されかねない。
どう答えたら場が収まるかと言葉を考えていると、ぽんと背後から肩に手を置かれた。
「もちろん知っていますよ。あの日は孤児院に寄付と子供たちが喜ぶものをヘンウッド殿と届けたのですよね?」
顔を上げると表情のない顔でベリンダたちを見ていたデュークは、私の視線に気づくと覗き込むように顔を近づけた。
まっすぐに私だけを見て、曇りなく信じ切った眼差しに後押しされる。
その力強い双眸に私は笑みを浮かべた。
婚約者であるデュークの言葉はこのタイミングではかなり影響力がある。
デュークが信じてくれている。この場で私の味方をしてくれている。それだけで百人力の助けを得たようだ。
「はい。私は女の子たちが喜ぶようなもの、ヘンウッド様は男の子が喜ぶようなものと担当を分けて持って行かせていただきました」
「まあ! 素晴らしい活動をされているのですね」
「私ができることで喜んでもらえたらと思っただけですので」
さっきとはまた違ったきらきらと輝くような表情を向けられ、先ほどよりは甘くなった声とともにぱちぱちと手を叩かれた。
ベリンダは終始笑みを浮かべているのだけれど、その笑顔の種類が微妙に変わるたびに引っかかりを覚える。
物語のこともあって素直に受け止められないだけなのかもしれないと、不審を顔に出さないように小さく笑みを浮かべた。
一時的なものでは、孤児院の子供たちの環境がよくなるわけではない。
寄付をすることでいくばくかのゆとりはできるしあるに越したことはないけれど、私がしたことはほんの少しだ。
それでもその時その時の喜びは多いに越したことはないので、これからも続けていきたい。
この話の流れで活動と言われると違和感を覚えるが、ここでそんなことを語ってもとそれ以上は口を噤む。
「フェリシアは手先が器用だし心を込めた物だ。子供たちはとても喜んでいたと聞いているよ」
すると、私の肩を掴んでいたデュークが私の席の横に座り愛おしげに目を細めた。まるで私が愛おしいとばかりの眼差しに頬が熱くなる。
婚約者がいる身でほかの男性と親しくしていたと歪められた噂が立たないようにだとしても、心臓に悪い。
合わせてくれているのか、どこからか情報を入手していたのか。
パフォーマンスだとしても、そのパフォーマンスが私を、周囲を守るものであって、対、ベリンダだとどうしても敏感になってしまっている心が潤っていく。
しかも、本来こういう行動をするのはほど遠い人だ。デュークが動くたびに周囲も驚いてここ最近露骨に注目が集まっていた。
――また、助けてくれた。
ベリンダが現れると同時に、デュークも姿を現すことが多く、そのたびにそっと私に寄り添うような発言をしてくれていた。
彼女と一緒にいても、必ず私のそばに来てくれる。
絶対に味方だと示されて、『ヒロイン』であるベリンダといても、そこまで物語の二人の恋に意識しないでいられた。
放課後、件の店で話すようになって、私からは行かないままなのだけれどむしろ行く暇もないくらい、今度はそれ以上にデュークが忙しい合間を縫って私のところに訪ねてくることや誘いが多くなった。
まるでこの二か月分の穴埋めをするかのように、むしろそれ以上に顔を合わせ話すことがとても増えていた。
「会話に交ざってもいいかな?」
「ええ。どうぞ。ウォルフォード様」
私が返事をする前にジャクリーンが応え、すでに交ざる気満々で座っているのにと視線をやると、じっと私を見ていたらしいデュークと目が合いにこっと微笑まれた。
「フェリシアが好きなデザートだったから、食べるかと思って持ってきたんだ」
「まあ!」
「……ありがとうございます」
前に座るジャクリーンが嬉しそうな声を出す。
私がジャクリーンに婚約破棄のことを話してからずいぶん私たちのことを気にかけさせているので、このように接触があるたびに嬉しそうだ。
それにしても、それだけのために私を探しに来たのだろうか。
実際助かったけれど、私はさっき食べたばかりでお腹がいっぱいだ。
「ありがたいのですが、私も違うものですが食べたばかりなので」
「なら、一口だけでもどうかな?」
「でしたら、一口だけ」
人目があるところであまり押し問答するものではないし、せっかくの好意を、しかも助けてくれた後ということもあり断るのは気が引けた。
それだけの理由だ。理由のはずなのに、私が頷くとデュークはほんわりと微笑む。
なんだか見ていられず、視線を逸らすとそこでローマン・メイヒューと視線が合った。
「二人は婚約しているのでしたね。何でも幼い時からの付き合いだとか」
「ええ。そうですね」
ローマンがゆっくりとデュークを視界にとめ、もう一度私に視線を戻すと目を眇めた。
「何か?」
今はデュークもジャクリーンもいるのだからと私は勇気を出して声をかけた。
「いえ。あまり余裕がある家の生まれではない私には、とても恵まれた環境だなと思っただけです」
割と直球な言葉をかけられる。
その真意を測ろうとじっと見ると、さらに観察し返すように目を眇められた。
過去の家のこともあるから、穿った見方もしてしまうし食事中も振られた内容に相槌を打つだけであまり自分を出すタイプではないので何を考えているのかわからない。
けれど、私は『死に役』だけど実際の環境はとても恵まれていることを人に言われるまでもなくわかっている。
「ええ。確かにそうですね」
「否定しないのですか?」
「なぜでしょうか? 私が恵まれていることは事実なので。ここで否定すればその恩恵も否定することになりますし、何より私を大事に思ってくれている周囲に失礼です。私はオルブライト侯爵家の娘に生まれて幸せですから」
そう告げると、ぴくりとテーブルの上に置いていたローマンの手が動いた。
「そうですね。確かに否定されるよりはそのほうがいい」
あえて家名を出してみたけれど、ローマンの返答を含め彼が私の家門に何かを思っているのか思っていないのかわからなかった。
物静かなだけで悪い人のようには見えないけれど、心の内に何を抱えているのかはわからない。
そして、それっきりローマンは何か語ることもこちらを見ることもなかった。
微妙な空気が流れそっと息をつくと、そこでベリンダがふっと笑った。
今度は何だろうかと視線をやると、悠々と笑みを浮かべたベリンダと目が合った。
青の瞳の奥は、一体何を考えているのか底の読めないちりっと私を刺すような鈍い光が放たれる。だが、すぐに瞬きをするとそれは消え、人好きのする笑みに変わった。
見間違いとするにはその光は強烈で、綺麗に上がった口角に悪い予感を覚え私は思わず身構えた。




