15.ヒロインと死に役 前編
授業が終わりジャクリーンと話しながら食堂の席に座っていたら、食事を載せたトレーを私の横に置いたベリンダが声をかけてきた。
「ジャクリーンさん、フェリシアさん、一緒に食べましょう」
「ええ」
「はい」
こちらが返事をする前に横に座られてはそう返すしかない。
私とジャクリーンはそっと目配せして視線を戻した。
ここ最近、物語上のヒロインであるベリンダが話しかけてくるようになった。
デュークをはじめとした男性陣に周囲に目を向けるべきだと言われたとのことで、ではそうしてみましょうと動いたのはいいがその対象をなぜか私たちにしたベリンダ。
周囲と言われて最初に浮かぶのは知り合いやクラスメイトではないだろうか? 少なくともデュークの説明では知人を指していたように思えたし、周囲もそのつもりで話したはずだ。
最初の声かけは、デュークの婚約者とクリストファー殿下の婚約者候補の方!? というもので、なんでもこの国の高位貴族男性のお相手というのが気になったそうだ。
――それもどう捉えていいのか正直今もわからないままなのよね。
クラスも離れているのにそうやって声をかけられた私たちは微妙であったが、貴族の一員として彼女たちをもてなさないといけない。
馬車の事故でトラウマを抱えていると聞いているし、好意的かつ積極的な接触にこちらもその辺りを指摘できないまま強引に話題に入られることが増えていた。
人となりや様子は知りたいと思っていた。
けれど、人柄や行動をあまり知りすぎると、余計にあれこれ考えて落ち込むことも出てしまいそうだったので直接は関わりたくなかった人。
国柄の違いなのか彼女がそうなのか、今みたいに了承されることを前提の強引な動きも多く、在籍しているクラスが違うのに休み時間に数人引きつれてやってくることもしばしば。
ヒロインだからというだけでなく、もやっとしたものを何となく感じたまま交流していた。
「よかった~。彼らも一緒になりますが構いませんよね?」
「どうぞ。席は空いておりますので」
「どうも」
「ジャクリーン様、横、座らせてもらいますね」
「……失礼します」
そう言って座ったのは、私がマークしていた隣国の男性たち。
いつもベリンダと一緒にいるコーディー・アドコックに加えて、個人的にもよく話しかけてくるシオドア・クロンプトンと接点のなかったローマン・メイヒューまでがいた。
ベリンダは愛されキャラでパーシヴァル殿下の従妹ということもあってか、周囲の男性にとても大事にされていて常に彼女の周囲には人がいる。
そのため必然的に隣国の人たちと話すことも増えていたけれど、それぞれ個性も違うこの組み合わせはどうやったらできるのか。恐るべきコミュニケーション能力だ。
食事をしながら文化の違いや学業の話をし、最後のデザートを食べているとベリンダが話しかけてくる。
「学食のデザートもですが、この国のデザートはとても美味しいですね。帰国するまでにもっと食べたいです」
「お口に合ったようでよかったです。ベリンダさんのお時間が許すのであれば、街の東通りにあるパティスリーロメオはとてもお勧めですよ。あそこならば予約もお取り寄せも比較的にしやすいので」
「情報をありがとうございます。ここにいる間に行ってみたいと思います」
トラウマがどこまでのものかわからないのでお取り寄せしやすい店を伝えると、ベリンダは邪気のない笑顔で嬉しそうにした。
行ってみたいとあったので、街に出る気持ちはあるのだとほっとする。
いろいろ彼女に対して思うことはあるけれど、明るい人で私にはないものを持っている。
距離感が近すぎる気もするけれど、それがあるから多くの人と親しく接することができているのだろう。
――それにしても、この状況は複雑すぎる……
隣国関係、ベリンダ周辺、特にこの男性陣の情報を知りたいと思ってはいたけれど、真っ向から話すことになるとは思ってもいなかった。
こうなったからには情報収集をとは思うけれど、無難な話の持っていき方がわからない。そもそも殺意があったとしても隠しているだろうし、どうしたら確かめられるのだろうか。
だけど、ローマン・メイヒューはこんな時ではないと話す機会はないので、どんな人物なのか少しでも話し情報を得たい。
さすがに一対一は怖いので、今がチャンスだ。
過去の我が家とのことは因縁となっているのか、特に何も思っていないのか。警戒対象なのかそうでないのか。
考え方やその性格を知ればわかることもあるはずだ。
どのように話題を振るのが自然なのかと考えていると、以前から積極的に話しかけてきたシオドア・クロンプトンがやけに楽しげに声を上げた。
「街で思い出しました。オルブライト嬢はヘンウッド殿とも仲が良いのですか?」
視線を向けると薄い青の瞳が声同様に楽しげに揺れていた。ばっちりと視線が合うとシオドアの口の両端がにっと上がる。
彼はいつもひょうひょうとしていて、私に限らず女性に親しげに話しかけてくる。
シオドアにとっては話しかけているうちの一人なのだろうけれど、私が隣国の男性を警戒していることもあって、瞳の色素が薄いためか余計に捉えどころがなく見えてほかの人より一歩引いてしまう。
正直、私は彼の視線が少し苦手だ。しかも、なぜこんなに楽しそうなのかもわからなくて、私は気を引き締めて答えた。
「ええ。親しくさせていただいていますが」
「やっぱり! 偶然ですが、街でお二人が歩いているのを見かけたことがありまして」
「そうなのですね」
「はい! 髪飾りを受け取ってその場でつけておられたので仲が良いのだと、学園では話しているのは見ても二人で出かけるほどだとは思わなかったのでその時は驚きました」
歩いていたというのは孤児院の帰りだろう。
ジャクリーンとともにヘンウッドは尊敬の念を持って仲良くしている友人だ。それを伝えようと口を開く前に、ベリンダが大きな声を上げた。
「まあ! デューク様という婚約者がいて仲の良い男性もいるなんて、フェリシアさんも隅におけないのですね」
「そ、……」
それはどういう意味だろうか。
しかも周囲に聞こえるほどの声の大きさにびっくりしすぎて声に詰まる。
口を開けたまま固まってしまった私の代わりに、ジャクリーンがすかさず答えてくれた。
「お言葉ですが、勘違いを増長させるようなことを大きな声では控えてくださいな。ケネス・ヘンウッド様とは私も友人として親しくさせていただいているのですよ。その日は孤児院に赴く予定で、私も参加したかったのですが用事があり行けなかったのです」
「ですが、二人きりで仲良く出向いたのでしょう? しかも、髪飾りを受け取る関係とは相当仲が良いですよね?」
なぜそこを追及してくるのだろうか。
そう言われると悪いことをしているみたいに聞こえ、悪気はないのかもしれないけれどさすがに気分が悪い。
「二人といっても侍女や護衛もいましたし、ヘンウッド様には欠けた髪飾りを直してもらっておりその日に渡していただいただけです。彼の腕は確かなので」
そこはヘンウッドや自分のためにも誤解なきように断言すると、ちらりと私の背後を見て目を細めたベリンダが私に視線を戻すとにっこりと笑った。




