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14.心のゆとり 後編


 私の質問にぽつぽつと端的な答えだったけれど、人物像がより見えてきた。

 ベリンダの話は口が重いように感じたが、周囲から大事にされているご令嬢だということはわかった。


 少し疲れて、目の前の生クリームケーキにフォークを刺した。

 すっと生クリームをフォークが割って入ると、ふわふわとしたスポンジが押されながら切られていく。


 フォークが入っていくこの瞬間を見るのも好きで、ふよっと頬が緩んでしまう。

 そのまま口に入れると、上品な甘さが果物の甘味をより引き立たせ絶妙なハーモニーにたまらないときゅっと目をつぶった。


「美味しい?」

「はい」


 訊ねられ、こくりと頷く。気を張っていたし疲れた脳に甘さが染み渡る。

 もう一切れ口に入れると、デュークが皿を差し出してきた。


「これも食べる?」

「いいのですか?」

「ああ。せっかくならいろいろ食べてみたらいい」


 そういうのなら遠慮なくと、私はそっと突き刺した。

 今までの私ならはしたないからと遠慮していたけれど、もう好きなことをするのだし食い意地が張っていると思われても構わない。


 ぱくりと口に入れ味わっていると、ふと視線が気になってデュークを見た。

 デュークはものすごく優しい眼差しでこちらを見ていて、それはあまりにも甘く感じられ私は衝撃で目を見開き固まった。それから、気を取り直して話しかける。


「……デューク様のケーキは酸味が効いてあっさりしていますね」

「見た目はそう変わらないのに違うのだな」

「はい。こちらのほうは甘みが強いです。でもくどくないのでいくつでも食べられそうです」

「なら、たくさん食べるといい」


 食べられるなら食べたいけれど、さすがに好きだからといってたくさんは無理だし太ってしまうのも困る。

 ずいっとあれもこれもと皿を差し出され、私はふるふると首を振った。


「さすがに一気には無理です」

「そうか。では、また一緒に来よう」


 当然のように言われ、ひゅっと胸が縮み上がった。

 残り二か月。もうこのように一緒に来ることはないのだろうと思うと寂しい気持ちが一気に増す。


「……そう、ですね。予約が取れたらいいですけど。それよりも二週間後に行われる交流パーティーの準備はどうですか?」


 私は言葉を濁し、できるだけ学園の情報をと話しかけた。

 同じ学園内に婚約者や恋人がいる者は一緒に入場するのが一般的なので、私たちは一緒に参加することになっている。


 ベリンダが現れた時から、この日もベリンダをエスコートする可能性を考えていたけれど、デュークは婚約者の私をエスコートするつもりでいるようだ。

 その後はきっと忙しいと放って置かれるのだろうけれど、婚約解消を考えていてもまだ婚約者がいる身で最初から放置は精神的につらいだろうと思っていたのでそれだけでもありがたい。


「ああ。当日は入れる場所を限定することになった。北館と屋上も出入り禁止だ」

「そうなんですね……」


 だとしたら、普段より人気が少ないところが増える。

 パーティー自体、パートナーがいない人もいるし、皆が皆ずっとホールにいるわけではないので本館は出入りがあるだろうが、完全に北館と屋上は人がいないことになる。


 ――もしかして、何かあるとしたらこの時?


 ふとそんな考えが浮かんだ。

 今日出会って感じた今までのデュークとの違い。


 きっと物語ではベリンダに気を配って、私は一人だったのではないだろうか。

 警護がつくとはいえ、いつもより人気が少ない場所が増える。

 生徒はパーティーに夢中で、私はきっと壁の花。


 最初から殺意があるのかもわからないけれど恰好の的だし、絶好のタイミングではないだろうか。

 心臓はそうじゃないかとどきどきしているがこうして冷静に考えられるのは、現実では私は警戒しているし、少しデュークもいつもと違うからだろう。


 その時になったらきっと怖いだろうけれど、怯えてばかりじゃない今の自分の状態は悪くない。

 ぐっと内心拳を握り、あれこれ思考を巡らせる。


「どうかした?」

「いえ。立ち入り禁止と言っても完全に鍵を閉めるわけではないですよね?」

「ああ。閉められる場所は閉めておくが……。何か心配ごとでも?」

「いえ。当日はメインホールと本館の出入りが主になって、ほかは静かそうだなと思いまして」


 絶対、北館や屋上には行かないぞと肝に銘じる。

 すでに人通りを禁止しているところなんて、まさにという感じだ。そんな単純ではないのだろうけれど、誰に何を頼まれたり言われたりしてもそこは絶対その日は避ける。


「静かなところに行きたいのか?」

「いえ。その逆で賑やかな場所を眺めていたいと思います」


 ジャクリーンやヘンウッドと少しは話せるだろうけれど、ずっと一緒というわけにはいかない。

 だけど、壁の花でもなんでも常に人がいるところにいれば問題ないだろう。


「眺めっ……」

「どうされましたか?」

「…………当日だが」


 どうせまた忙しいのでエスコート後はすまないという話だろう。

 定番のセリフは簡単に予想できて逆に楽だ。ベリンダと一緒にいると言われないだけいい。


「わかっています。忙しいのですよね? デューク様がいなくても私は大丈夫ですよ!」


 以前より話す人も増えているので、ずっと一人になるわけではない。

 もうそんなことでは傷つかないのでわかっていると笑みを浮かべると、デュークの顔が明らかに強ばった。

 その反応にぱちぱちと瞬きしていると、口を開けかけたが一度噛み締めるように閉じたデュークが再度開いた。


「その、一緒にいたいのだが、いい、だろうか?」


 見たことのない表情を視界にとめながら、んん? と首を傾げ、互いに見つめ合うことになった。

 うかがうような眼差しを前に耳を通り過ぎた言葉を拾い集めて、えっ? と目を見張る。

 驚いていると、デュークが不安そうに弱々しく微笑を浮かべた。


「ダメ、だろうか?」


 想像もしなかったセリフに固まってしまってただ呆然と見つめていると、眉尻が下がり悲しげな表情が作られていき私は慌てた。


「いえ。ダメではないです。ですが、デューク様は当日忙しいのでは?」

「確かに終始つきっきりというわけにはいかないが、なるべく一緒にいたいと思っている」

「そう、ですか……」


 デュークがやっぱりいつもと違う。

 違うけれど、これは私には朗報ではないだろうか?

 実際は当日壁の花の可能性もあるけれど、現時点では一緒にいるつもりであること。つまり、私の動向を気にかける人の目が増えるというのはありがたい。


「フェリシア。今まですまなかった。一緒にいさせてくれないか?」

「ぜひお願いします」


 本当に当日一緒にいてくれるというのなら私からお願いしたいくらいだ。

 少しでも信用できる人と一緒にいる時間が長ければ、犯人もそれだけ私に接触することを諦めるだろう。


 もしかしたらその日を乗り切ったらもう無事に過ごせる? そんな希望さえ持ってしまうくらい風向きは良い方向に変わっているように思えた。

 実際はわからないけれど、そう思えているということが今の私には大事だ。


「…………」


 そんなことをつらつらと考え視線を感じデュークを見ると、顔に苦渋の色を浮かべていた。

 何かを堪えるように眉間にしわを刻んだその表情に、何か問題があっただろうかと首を傾げる。


「どうされたのですか?」

「いや。できる限りフェリシアと一緒にいるから」


 デュークは吹っ切るように首を振ると、なぜかもう一度そう宣言した。




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