13.心のゆとり 前編
二人で馬車に乗り店へと移動する。
ぽつぽつ語られる近況に耳を傾け、ケーキが並べられたテーブル席に着きようやく現在のデュークが置かれている状況を理解した。
「そうだったんですね……」
「本当にすまない。誤解を招かないように二人きりには絶対ならないように行動してはいたが、テレンスには現状を話したら何をやっているのかと怒られた。直接会って話したいとばかり思って、手紙に少しでも触れておけば話が早かったのに」
「いえ、私が会うのを断っていたので」
ベリンダがそれほど馬車の事故のことを引きずっていたとは知らなかったし、隣国の王子に言われたらそれは断れないなとも思った。
だからあんなにデュークの横に一緒にいたのだとか、笑みを浮かべていたのかと、話を聞いてなんだか気が抜けた。
気にしないようにと何度も言い聞かせてきたもやもやしていたところが、爽やかな風が通った感じだ。
それでも横にいすぎではないだろうかとは思うけれど、目に見えない心のコントロールは本当に厄介なのだと身に染みてわかったばかりだ。
心の怪我への配慮だと思うと、誰も責められない。
じっと見つめてくる割によく呼び止められていて振り切らなかった理由もわかったし、真面目なデュークは手紙ではなく直接会って話すべきだと手紙で会おうと誘ってくれていたのだろうことも理解した。
二か月あまり話さない期間に、私の考えや感じ方が変わったようにデュークも変わったことがあるのだとわかる会話で、何より、ベリンダに直接周囲に目を向けてはどうかと伝えたということには驚いた。
私が知るデュークだったら、公務だからと隣国のパーシヴァル殿下に言われるまま交流期間をベリンダと一緒にいたと思う。
それだけでもちょっと報われる。
人として最低限の配慮をした上で、現段階ではヒロインより婚約者を優先する義理堅い人。それを示してもらえただけでも、虚しさが減ってこれから先に明るい未来があるのだと希望が見いだせる。頑張ろうと思える。
小さく口元を緩めると、デュークが目を細めた。
「 ? どうしたのですか?」
眼差しの種類が今までと違う。
じっと見つめてくるところは変わらないのに、表情が豊かというか、奥までさらってしまおうとでも言うような瞳はただ受け止めるだけにするには強すぎた。
無視するにはあまりに意味深な視線に黙っていられず訊ねると、さらに顔に穴があきそうなほど見られる。
「…………」
「デューク様?」
無言でそんなにじっと見ないでほしい。
考えもしなかった変化に戸惑いじっとしていられず髪を耳にかけると、デュークがふっと息を吐いた。
「いや、フェリシアがいるのが嬉しくて」
「……っ」
にこりと笑みを浮かべるとなぜか眩しそうに目を細められ、私は顔が熱くなるのがわかった。
デュークがデュークでなくなっている!?
頬に熱さを感じながらも、凝視しないではいられない。
デュークに何があったのだろうか?
何か違うようなというレベルではなく、明らかに以前のデュークとは違うとここでようやく気づく。
「今まで上手く話せなくてフェリシアに任せてばかりいたが、これからは俺も話していけたらと、フェリシアとたくさん話したい。フェリシアのことをたくさん知りたいと思ったんだ」
「……あっ」
「俺に挽回するチャンスをくれないか?」
一生懸命考えをまとめてきたのだろうなと話すそれはぎこちなさが残るが、誠意はとても伝わってくる。
それほど一か月の逢瀬を一度潰してしまったことを気にして、私が前回断ったからさらに悪かったと思うようになったのかもしれない。
真面目なデュークらしい。
「挽回だなんて。遅れたことは気にしていませんよ?」
あれこれ落ち込んで悩んだからこそ、あのつらかった日々は無駄でないと、こうしてデュークと話した今は心からもういいと思えている。
事情も理由もわかった。
いろいろ話そうと、悪かったと思って伝えようとしてくれるだけで、私はその姿を眺め聞いているだけで満足した。
「……ああ、そうじゃないんだ……」
困ったように眉を下げたデュークが瞼を伏せた。
いったい何を気にしているのだろうか?
本当に真面目な婚約者だなとくすりと笑う余裕さえ出て、気持ちと自分の心のゆとりに気分がよかった。
デュークはなぜか難問を前にしたようにきゅっと考え込むように唇を引き締めている。
けれど、私のほうは今日の姿勢や話の内容だけでものすごく気持ちは軽くなってすっきりしていた。
もやもやと気にかかっていることはデュークが話してくれたし、婚約者だからだとしてもデュークの中で優先順位は私にあるということだけで、見捨てられていない安堵が心を強くする。
あとはデュークから隣国の情報を聞ければ、これから残りの二か月最後まで頑張れる気がした。
「フェリ」
「デューク様」
話しかけるタイミングが被ってしまった。
互いに目を見張り視線が合うと、デュークが瞬きをしてゆっくりと口の端を上げた。
細かな表情に目を引いて、私の心臓はとくんと跳ねる。
今まではこうなるのは怖かった。けれど、話ができた今は気持ちが凪いでいて、婚約者だから向けられる優しさを享受して糧にしようという気持ちが強くてそれさえも楽しい。
「フェリシアから話してくれ」
「あの、交流のことなのですが、もしかして交流後に留学の話も出ていたりするのでしょうか?」
隣国のパーシヴァル殿下がこの国の文化を気に入ったようだと話もあったので聞いてみたら、すぐさま回答が得られた。
「ああ。クリストファー殿下が在学中に実現すべきことだろうと来年には正式に交換留学をと話が進んでいる。希望者を募って選定になるから実際どこまで集まるかはわからないが、受け入れ可能な人数とともに意見交換を行っているところだ」
「国としては交流が増えることは利点ですね」
いがみ合うより協力し合える関係がいいだろう。
国交が再開されても、警戒のために配置していた軍や予算を減らすことができるなら国としては大きな成果だ。
「ああ。反発の少ない若い世代から交流をさせるという上の思惑は正解だったのだろうな。今のところ順調……、余程のことがない限り実行されるだろう」
「そうですか……」
これで予想していたおおよその物語の流れの確証は得ることができた。
物語はどこか影を引きずったデュークが一定の距離をあけようとするのに対し、ヒロインが一生懸命に距離を縮めていく様子から始まる。
婚約者の死に苦しむデュークをずっと寄り添い励ましながら、犯人を見つけて復讐を成し遂げる。
不器用で頑ななデュークがずっと自分を思い付き添ってくれたヒロインの手をようやく取り、婚約者のことで後悔した分、一皮むけたデュークはふんわり甘さが足され愛を育む。
それから、ベリンダ側の問題にも直面しさらに絆を深めてハッピーエンドだ。
物語の起源は国際交流期間にデュークの婚約者である私が人気のないところで血を出して倒れて死んだことからで、回想として語られるだけで国際交流期間の様子は語られ(思い出せ)ていない。
ベリンダがやけに最初から熱心だったのはその時のデュークの様子を知っていたためで、自国に戻った後も命の恩人でもあるデュークがどうしても気になって留学してきたのだろう。
そして、私を殺した男はメインの舞台が学園であったこと、国交が絶たれていたこととこの年から学園の交流が始まったことを考えると、今回でやってきた隣国の生徒や関係者である可能性は高い。
それから、パーシヴァル殿下やほかの人たちの性格や行動など聞き終えふぅっと息をついた。




