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10.もどかしい sideデューク 前編


 デュークは濃紺の瞳を眇めいつになく険しい顔で、隣国の王子を含む代表たちとの茶会に出席していた。

 瞳と同系色の濃紺の髪がはらりと頬に落ち、普段から話すほうでもないがさらにとっつきにくい空気を醸しだす。整った顔のせいか冷たい印象を受ける。


「デュークもそれでいいな」

「はい。当日は人数も多いので出入り禁止にする場所を作って明確に区切るほうが警備もしやすく安全でしょう。本館とは離れた場所にある北館、それぞれの屋上はあらかじめ閉めておけばいいかと思います」


 頭に学園の地図を描きながらデュークは頷いた。

 それから、ふぅっと知らず知らずに息をつく。


 いつもなら乱れることのない心が乱れに乱れ、しっかり頭は働いているのにいつものように目の前のことだけに集中できないでいた。

 デュークと同じクリストファー殿下の側近であるテレンスの物言いたげな視線を感じてはいたが、何食わぬ顔で返す。


 もうすぐ国際交流の目玉であるパーティーが、学園で盛大に開かれる予定だ。

 パーシヴァル殿下率いる隣国の王侯貴族の子息令嬢たちを改めて歓迎と交流を目的とするものだ。

 当日騎士も配置されるが、基本の計画や準備は学生代表であるクリストファー殿下率いる自分たちがすることになっている。


 国と国の交流ということもあり、特産品にも気を配り品物一つ選ぶだけで時間を要し、人が多く集まるので警備は手を抜けない。何かあれば国際問題になりかねない。

 その上、このたびの成果次第でクリストファー殿下率いる自分たち側近は、次代としての資質も問われるイベントであり今後に大いに影響する。そのため、ずいぶん前から綿密に計画を立てていた。


 それでも実際に動き出すことでしか見えないこともあり、何度も調整を重ねていた。

 今回は敷地が広すぎて迷子になるとの隣国側からの申し出に、だったらとこの場で意見を交し範囲を狭めることで当日開催することが決定となった。


 両国代表が顔を合わせ一通り当日の必要事項の流れを確認し、パーシヴァル殿下は二歳下の婚約者がいる話からそれぞれの婚約者の話題になった。


「クリストファー殿下はまだ候補の段階だとお聞きしていますが、デューク殿は婚約者はおられるのですか?」

「はい。私にはもったいないくらいの可愛らしい方がおります」

「それは、知りませんでした」


 今までそういった話題にならず、メインは王子同士、そしてあくまで国としての交流が目的だったので話したことはない。

 その上、彼らが来る一か月前ほどからフェリシアと話す機会もほとんどなかったので、いないものと思われていたようだ。もしくは知っていての質問か。


 きっぱりと言い切ると、パーシヴァル殿下の顔が曇った。

 デュークは表情には出さずに嘆息する。


 ここ最近、隣国のパーシヴァル殿下とその従妹であるベリンダ・マッケラン令嬢に思うことがあった。

 特に令嬢のほうは思うことで済ますにあまりなそれは表面化していいのか判断がつかず、言ってもいいのなら言葉にしてしまいたいざらざらとしたものをずっと抱えていた。

 だけど、現状それを出すにはデュークの勘違いで終わる可能性もあり、違った場合は状況が悪化する可能性もあるので触れられない。


 だけど、いつまでも諾々と手をこまねいている場合ではない。

 せっかく振られた話題なのだからと、盛大に笑顔を浮かべ婚約者の存在をアピールする。


「でしたら、当日、ベリンダのエスコートをお願いするのは無理ですね」

「はい。婚約者をエスコートしますし、当日はできる限り彼女のそばにいたいと思っています」


 そう告げると、横にいたクリストファー殿下が目を見開いた。

 何度か、婚約者を放って置いていいのかと行っていいと言われていて、またすぐ戻ってこなければならないのなら、かえって気を遣わせてしまうからいいとその申し出を断っていた。

 フェリシアには事前に説明しているからわかってくれていると。

 だから、自分の発言に驚いたのだろう。


 今ではそれがどれほど罪深いことかわかっている。

 気を遣わせるでもなんでも、ずっと一緒にいられずとも自分が気にかけている事実があるだけよかっただろうことを。

 どれだけフェリシアに寂しい思いをさせてきたのかと考えると、過去の自分を殴りたい。


 ここ最近、頻繁にフェリシアのことばかり考えてしまう。話したい。彼女を近くに感じたい。

 あまり視線を合わせてくれなくなったフェリシアを思い胸が痛む。


 少しでも話したいとじっと見つめ、フェリシアの様子やタイミングをうかがい、今だと動こうとすると必ず引き止められずっとタイミングを逸していた。

 その止めてくる筆頭がベリンダで、目眩がと倒れそうになったり、直接話しかけてくるタイミングだったり、自分をも巻き込む話題だったりと、偶然に済ますにはと気になりだしてからその気持ち悪さは増していた。

 それは自分のまずさとはまた別だとわかっているし、本当にすべてが偶然ならただの八つ当たりなので、今はこの件は置いておく。


 フェリシアには手紙を出してはいるが、以前のことを思うと反応は芳しくなかった。

 自分自身で呆れるくらいなのだから、そんな自分にフェリシアは愛想を尽かしたのかもしれない。


 フェリシアはとても優しいから挨拶はしてくれる。先月の失態も許してくれた。

 だけど、明らかに避けられていると感じるなか、今度こそ挽回をと思っていたのにとうとう一か月に一度の逢瀬まで断られてしまった。


 ここまでフェリシア任せにしてきた結果に、自分自身が情けなくなった。

 母親にせっかく顔も能力もいい感じで生んだのに面白みが足りなくて残念だと何かあるごとに言われていたが、こういうところなのだろう。

 今までは特に問題なかったからわかっていると聞き流していたが、やっと身に染みてわかった。


 手紙には逢瀬の日に予定があるとは書いていたけれど、どうしても気になってどきどきしながらフェリシアの行き先を侯爵家に訊ねたら、あっさりと教えてもらえ安堵した。

 孤児院に作ったアクセサリーを持っていくと聞いて、フェリシアがそういったことにはまっているのを初めて知った。


 それはいつからなのか。ここ最近なのか。ずっと前からなのか。

 そんなことさえわからない。


 会話の主導を頼りきっていた自分は、フェリシアのことを可愛らしいと感じていてもそれを伝えたことはなかった。

 積極的に相手を知ろうと動いたこともなく、相手からもたらされる情報と、今ではどうしてそこまで甘えることができたのかと好意を当たり前のように受け止めていた。


 そして、気づけばフェリシアとの距離があいていて、もっと早くに気づき、動いていればと後悔することが多くて、でもそればかりではいかない現状で。

 ずっと胸が詰まった状態のまま、これはいつ抜けるのだろうかと思うくらい日に日に重くなっていく。


 それに、フェリシアがいつもより元気がないようで。

 日によっては思い悩んでいるような、周囲を気にしているような、それが気になって、今のこの状態を本当に何とかしなければと焦っていた。


 フェリシアの笑顔が見たい。

 できるならば、自分のそばで笑ってほしい。

 今になってフェリシアのいろんなことが知りたくて仕方がなかった。


 ――ああ、ほんと自分はどうしようもないな……


 空いたからとその日に予定を入れる気になれなくて、居ても立っても居られず少し様子を見るだけでもと彼女が向かった場所へと出向いた。

 可能ならばその後に少しでも話ができないかと思いながら様子をうかがっていたら、ヘンウッド伯爵令息と楽しそうに話し、髪留めを受け取っていた。


 目的が目的だしフェリシアが浮気などとは考えない。彼女ほど誠実な人はいない。

 だけど、ほかの男から貰った物を嬉しそうに受け取ったことに、あんな表情を引き出せる相手に嫉妬した。


 それと同時に、今までの自分を振り返りへこんだ。

 どの面下げてと思うと、二人の間に入っていけなかった。


 遠ざかっていく距離に、フェリシアのことを考えるだけでぎゅっと胸が苦しくなる。

 できることならこの腕に抱きしめたくて、大事にする権利を誰にも渡したくないと偉そうに主張する気持ちが痛くて仕方がない。


 すぐにでも顔を見たい。会いたいと、ことあるごとにフェリシアのことを考える。

 このまま忙しいことを言い訳に何もしないでいたら、本当にフェリシアが去っていってしまいそうで……


 最近の諦めたような寂しそうな微笑や少なくなった言葉や手紙はより現実感が増し、危機感が募る。

 つっと眉を寄せると、横にいるテレンスがとんと腕に肘を当ててきた。


「おい、大丈夫か?」


 ゴッドリッチ侯爵家の次男。

 クリストファー殿下とデュークと同じ年の側近。なので、割と素で話しやすい。


「何が?」

「あれだけはっきり言って。ベリンダ嬢はデュークを頼りにしているのだろう?」

「だが、一か月、少しでも気が休まるように気は配ってきた。彼女が怖い思いをしたのはわかるが、これからずっと俺がそれを支えるわけにはいかない。それに俺は大事にしたい婚約者がいてその彼女と上手く時間を作れていないのに、これ以上ほかの女性に時間を割くのはもう無理だ」


 事故以来、ベリンダは精神が不安定になり、助けたデュークのそばだと落ち着くようだからと、隣国のパーシヴァル殿下からしばらくそばにいて気にかけてやってほしいと頼まれていた。

 実際、ふとした瞬間に思い出すのかわずかに身体を震わせて縮こまることもしばしばで、今では少しマシになったようだが最初の頃は目眩を頻繁に起こしていた。


 その度に動きが止まり人手を要したので、助けた自分がいることで気持ちが少しでも落ち着くならそばにいるのは別に構わない。

 もともとデュークはクリストファー殿下の側近なので、ベリンダがパーシヴァル殿下と行動をともにするのなら、必然的に同じ空間にいることになる。


 話下手で気にはかけても気の利くような声かけは不得意であることは告げている。

 事故現場を見ているしそのような状態なのは人として心配ではあるので気を配るが、特別に彼女のための行動はできないと、クリストファー殿下からも話をつけてもらっていた。


 二人きり、つきっきりならば断っていたが、それでいいと言われたからデュークも了承した。

 なのに、先ほどの発言。

 だったらと、デュークが切り出しはっきりと線引きしても文句はないだろう。




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