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砂の船  作者: 杜若
9/12

第九話  賢者の贈り物


「佐々木さん、何を見ているんですか」

「いや、あの街路樹のクリスマスイルミネーション

あんな綺麗なものが始まったんだなと」

「これ、私が小学生のころからずっとやってますよ」

「そ、そうだったっけ」

佐々木が耳まで真っ赤になって、照れ隠しにコーヒーを啜り

木之口はそれを見てコロコロと笑う。

午後6時、駅前のドーナツチェーン店。

2階の一番奥まった窓際の席が、二人の平日のデートの定番の場所だ。

木之口がカットモデルを引き受けたあの日以来、

閊えたなにかが外れたかのように、二人は頻繁にデートをするようになった。

と、いっても平日はドーナツとコーヒーをお共に数時間おしゃべりを楽しみ、

休日も映画を見たり、景色の綺麗な場所を散歩するくらい。

しいて恋人同士らしいことと言えば、歩いてる時にずっと手を繋

いでいることくらいだ。

今日こんにち中学生でももう少し進んだ交際をしていると思うが、

佐々木は木之口の笑顔を見ているだけで満足だった。

「いやはや、恋の力はすごいものだね」

定期受診の日、羽場は感心しきったように言った。

「一か月前とは別人みたいだ」

「先生は大げさですよ」

苦笑した佐々木に、羽場は大真面目な表情で首を振る。

「私以外にも言われなかったかい?」

「そういえば、中半店長と久代小母さんに、明るくなったとは

言われましたけど」

「そうだろう。やっと瓶の底から出てこれたね、おめでとう」

その言葉に佐々木は顔が熱くなる。

確かに、昨日と同じ今日、今日の繰り返しの明日、の単調な日々に

たった一人、木之口繭と言う名の女の子が加わっただけで

今まで感じた事のない気持ちが胸の中の生まれた。

明日を待ちわびる、ワクワクとした期待感。

始めて繋いだあの日から、佐々木の右手はいつもほんわりと

暖かいままだ。

今まで地面ばかり見つめていた目線も少しづつ上を向くようになってきて

佐々木は初めてこの季節、夜の街の美しさに気付いた。

「木之口さんも随分きれいになっちゃって、ここだけの話

診察室に入ってきた時、誰だろうと真剣に考えた」

羽場に顔をぐっと近づけて囁かれ、佐々木は吹きだした。

「佐々木さん、佐々木さん」

「あ、ああ。ごめん」

呼びかけられてはっと我に返る、どうやらまた

窓の外のイルミネーションを見ていたらしい。

「もう、今日変ですよぼーっとして」

プッと頬を膨らませて、木之口はドーナツをかじる。

最近、彼女は良く食べるようになった。

何だか太っちゃってとしきりに気にするが、あった頃は

青白かった頬がいまはすっかり健康なピンク色になって

佐々木は会うたびに木之口が美人になっていくような気がする。

荒れ切っていた手の甲も、すっかりなめらかさを取り戻し、

赤黒いみみずばれだったリストカットの後も、白っぽい筋を

残すだけになっていた。

「いや、もうじきクリスマスだなあと思って」

「そうですね、何が欲しいですかプレゼント」

「それは俺が聞きたいよ、何が欲しい?」

「うーん」

木之口はしばらく上目づかいに宙を睨んでいたが

やがてぽん、と手を叩いた。

「賢者の贈り物ごっこしませんか」

「なんだい、それ」

「お互いが欲しいだろうと思うものを、プレゼントしあうんです。

当日交換して、沢山相手を喜ばせた方が勝ち」

「難しいなあ? 」

「だめですか? でもクリスマスが終わったら佐々木さん、受験だし

しばらく会えなくなるから」

しゅん、とうつむいた木之口に佐々木は慌てて頷く。

「いいよ、勝つ自信0だけど」

「そんなこといって、当日すごいものプレゼントされたら

どうしよう」

両手を口に当てて嬉しそうに笑う彼女に、佐々木も笑みを浮かべる。

余りにもたわいなく、それでいてこの上なく幸せな時間。

この時間が1分1秒でも長く続くことを、佐々木は願わずにいられなかった。


                ※


「じゃあ、私来週からテストなんで、しばらく勉強に集中します」

「そうだね、俺もいよいよ本気出さないとなあ、二浪はさすがにいやだ」

「頑張ってくださいね」

「ありがとう」

いつもと同じデートの締めくくり、

駅の改札口で最後のおしゃべりをしていると

「繭、繭じゃないか」

人ごみの中から、声がかけられた。

振り返った木之口の表情がさっとこわばる。

「パパ」

足早に近寄ってきた男性は、大企業のビジネスマンと言った感じで

高級そうなスーツを隙なく着こなしている。

細いレンズの眼鏡の奥から、切れ長の瞳がじろりと佐々木を睨みつけた

「いまかえりか、こちらの方は、たしか」

「前にもお会いしたことがあるでしょう、佐々木さん。

発作を起こした私を助けてくれた人です」

「そうか、その節はどうもありがとうございました」

「いえ、当然の事をしただけです」

丁寧だが、暖かさが微塵もない口調に、佐々木の身体が自然に固くなる。

「繭、余り遅くなってはいけないよ、さ、かえろうか

ほら、繭の好きなケーキを買ったんだ」

そう言って軽くかかげて箱をみた木之口の顔が、益々強張った

「あの」

「さ、いくよ繭」

佐々木が何かを言うより早く、木之口の父は彼女の肩に手をまわして

まるで恋人同士のように改札をくぐる。

「クリスマス、楽しみにしてますね」

「ああ、俺も」

まるですがるような木之口の言葉に、佐々木は大きくうなずいた。

「早くしなさい、繭」

それを厳しい口調で叱りつけて、木之口の父はまるで彼女を抱えるかのような

格好でホームへと消えた。


                   ※


次の日曜日、久々に一人で休日を過ごす事になった佐々木は、朝食を済ませて

ホームセンターに向かった。

クリスマスの飾りがきらびやかな店内は季節がらなのか

家族連れよりもカップルが目立ち、それを自然に目で追っている自分に気付き

苦笑が浮かんだ。

何も繋ぐものがない右手が無性に寂しい。

最後のデートの日以来、何度かメールはしたが返信はなく、

佐々木はじわじわと湧き上がってくる不安を、テストに集中しているからだと

言い聞かせて紛らわしていた。

そこで長さ三〇センチほどの太い木材と、スケッチブックと鉛筆を買うと、

次白鳥の飛来地としてしられている大きな池があると公園に向かう。

そして、餌を食べたり、泳いだりする白鳥を一時間ほど熱心に写生した。

アクセサリー、洋服、スウィーツ。女の子が喜びそうなものは星の数ほどあって

迷いに迷った挙句、佐々木は「手作り品」を贈ることに決めた。

高校時代、数学の次に好きだった美術の授業で作った木彫りの鳥が

県の美術コンクールで入賞したことがあったのだ。

今日は天気が良かったが、流石に吹きさらしの屋外では、

ダウンコートを着ていても身体が冷える。

「コーヒーでも買おうかな」

久しく出ていなかった独り言をつぶやいた時、

ポケットの中で携帯が震えた。

液晶に表示された名前は

「木之口繭」

「もしもし、久しぶりだね」

嬉しさをかみしめて喋り出したが、

「ごめん、佐々木君。落ち着いて聞いてくれるかな」

木之口ではない、しかしきき慣れた声が喋る内容を

理解した瞬間、目の前が真っ暗になった。



続く



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