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砂の船  作者: 杜若
3/12

第三話 再び コンビニにて

「あのう」

バイト先のコンビニで雑誌を整理していた佐々木に、遠慮がちな声がかけられたのは

5日後のことである。

「ああ、君は」

顔にかかる長い前髪を払いながら、ぼそぼそと口の中で呟いた佐々木に

木之口は小さく頷いた。綺麗だがひどく重そうな黒髪がかすかに揺れる。

「先日はありがとう御座いました」

「……元気になったのならよかった」

もうちょっと気の効いた言葉はいえないのか、と自分でも思うのだが

唇から放たれる言葉は、そっけなく無愛想なものばかりだ。

「あ、あの。これ」

「すいませーん、レジお願いします」

背後から聞えた声に、佐々木は軽く木之口に目礼すると足早にレジの中に入った。

時刻は正午少し過ぎ。この辺りは会社が沢山ある割りには食事のできる店が少なく

夕方、学校帰りの中高生が押し寄せる時刻と並んでもっとも忙しい時間帯である。

おまけに今日はもう一人のバイトが風邪で欠勤していて、

佐々木は一人で客を捌かねばならず、ようやくレジ前から行列が消え

店に静けさが戻った頃には、時計の針が一時を回っていた。

さすがに疲れを覚えてため息と共にカウンターに寄りかかったとき、

「あのう」

もう一度声がかけられた。

「え、待っていたの? 今まで」

こくんと頷く木之口に、佐々木は悪いことをしたなあと、頭をかいた。

「佐々木君、昼いってくれてかまわんでえ」

バックヤードからかけられた半井なからい店長の声に押し出されるように

カウンターから出ると、

「お昼、食べた? 」

佐々木は木之口に訪ねる。首を振る彼女に、清水の舞台から飛び降りるような

気持ちで再度話しかけた。

「よかったら、外で話す?待たせたお詫びになんか奢るよ」

木之口が倍の激しさで首を振ったのを見て、やっぱりなと心の中で

深くため息をついた。

両ほほに目立つ傷のある、暗い顔をしたコンビニのバイト。こんな自分の

誘いにのってくれるわけがない。予想をしてはいたが、胸の奥にちりりと

うっかり熱いものに触ってしまったかのような鈍い痛みがはしった。

「ごめんね」

それだけをぼそりと呟いて、ダウンジャケットを羽織って店の外に出ると

なぜか木之口もついてきた。

最初は方向が同じかと思ったが、5分たってもまだぴったり後をついてくるので

「どうしたの? 」

と尋ねると、

「だって……外で話そうって貴方が……」

消え入りそうな声の答えが返ってきた。

「え、だって今嫌だって首をふったじゃないか」

「あの、だって、奢ってもらうわけにはいかないから、それで……」

深くうつ向いて地面を見つめながら言い続ける木之口。

どうやら彼女は奢ってもらうという部分に対してのみ首を振ったつもりらしい。

「じゃあ、ハンバーガーでいいかな」

「はい」

それきり会話は続かずに、佐々木の半歩後ろを木之口がついていく形で二人は

駅前の赤字に黄色でシンボルマークが描かれた看板の、

ありふれたファストフードの店に入った。

「あの、これありがとうございました、えっと、お名前が、まだ」

セットメニューの乗ったトレイ片手に店内の一番奥まったテーブルに向かい合って

腰を下ろしたとたん、木之口はテーブルにぶつかりそうな勢いで

何度も頭を下げながら、きちんとたたまれたハンドタオルを差し出した。

羽生医師に渡したままになっていたモノだ。

「佐々木……兵衛ひょうえ。ありがとう、わざわざ洗濯までしてくれたんだ

木之口さん、でよかったよね」

受け取ったタオルからは微かにいい香りがする。

「はい、木之口、まゆです。柔らかくてフワフワしたものを握っていると

落ち着くからいつもハンドタオルをもっているんですけど、この間は

濡らしてしまって……先生が佐々木さんの処置がよかったから

おおごとにならないで済んだって、あの……」

言葉を濁した木之口に佐々木は苦笑する。

やっと羽生医師がタオルをもぎ取って行った理由が分かった。

「うん、俺も過呼吸の発作持ちなんだ。大分良くなったけど、刃物を

包丁とかカッターとか、はさみでも見ると怖くて何度もパニックを起こした。

木之口さんはもしかしたら、マニキュアが駄目なの? 」

さっと表情を強張らせた彼女に、佐々木はしまったと心中で頭を抱えた。

募金箱を抱えた女性も、木之口の母親も爪を綺麗に塗っていたので

つい尋ねてしまったのだが、少し考えれば

過呼吸の原因なんて人に話したくないに決まっている。

「ごめん」

彼女の顔ではなく白いテーブルにつけられた傷を見つめて、佐々木は口の中で謝った。

どうして自分はいつも人の心にひっかき傷をつけるような事を言ってしまうんだろう。

「あの、タオルのキャラクターかわいいですよね」

「え?」

その言葉にやっと顔を上げると、重い黒髪の下のピンク色の唇が

精いっぱいの笑みを浮かべていた

気を使わせてしまったと申し訳ない気持ちと、

許してくれたんだと嬉しく思う気持ちが同時に湧き上がる。

「そ、そうかな」

佐々木の手の中で広げられたタオルには、あの「ミル君」が大きくプリントされている

牛乳の一リットルパックのおまけにつけるように、とハッピーストアの各店舗に親会社から

配られたものだが、コンビニでは余りでないサイズなので大量に余っていたのを

ハンカチがわりに一枚もらったのだ。

「よかったらあげるよ」

「え、で、でも」

「どうせもらった物だし。きにいったのならどうぞ」

「……ごめんなさい」

再びうつむいて謝る木之口に佐々木は戸惑う

「お礼を言いに来たのに、ずうずうしい事を言って

本当にごめんなさい」

また何度も頭を下げる木之口に佐々木の頭は真っ白になってしまった。

こんな時、何と言えばいいんだろう。

考えれば考えるほど思考は空回りするばかり。

「じゃあ、このタオルが君の物になるのは運命だったと考えればいいんじゃないか」

とっさに口をついたのは自分でも穴を掘って埋まりたくなるほど

くさいセリフだった。何処かで聞いたことがあると思ったらコンビニで毎日流れている

映画のCMの中の主人公の台詞だ。

暗記するほど聞いているからと言ってなんでこんな時にと思ったがCMの台詞は

さらに口から流れ続ける

「君の喜びと悲しみの涙をこのタオルは拭きたがっているんだよ」

ぷっと木之口が堪え切れないと言う風に吹きだした。

「それ、映画『君の為にあげられるもの』のCMの台詞ですよね」

「そうそう、こんな場面にぴったりだと思って」

「佐々木さんって面白い人ですね」

そのまま木之口は笑いだす。重かった空気が一気に消し飛んだ。

「そ、そうかな」

面白いなんて言われたことは初めてで、照れかくしに佐々木はトレーの上の

ポテトをめったやたらと口の中に詰め込んで、喉が詰まった。

「だ、大丈夫ですか」

「う、うん。本当に遠慮しないで。コンビニにまだ在庫が山になっているんだから」

コーラでようやくポテトを胃の中に流し込んで、そう言うと木之口は

本当にうれしそうにありがとうございます。とタオルをポケットにしまった。

その明るい表情に佐々木もほっとする。

と、壁に掛けられた時計が二回、チャイムを鳴らした。

「あ、そろそろ戻らないと」

次の混雑時間がやってくる。

冷えたハンバーガーを二口で平らげて、佐々木は席を立った

「木之口さんはゆっくりたべていってよ」

「私も、もうでます」

殆ど手がつけられていないセットの乗ったトレーを片手に

木之口も席を立つ。

そのまま無造作にそれをゴミ箱に捨てようとしたので、

佐々木はつい

「それ、もらっていいかな」

と言ってしまった。

「え?」

「あ……あの、まだ食べられるし、俺、ひ、一人暮らしだから

夕飯に、するよ。あの、意地汚いと思われるかもしれないけど

お、俺食べ物だけは、捨てられなくて、だから」

つっかえつっかえ説明する佐々木に、木之口は

「そう言うの、素敵です。私の方こそ食べ物を粗末にしてごめんなさい」

とハンバーガーとポテトを紙袋に入れて手渡してくれた。

「ありがとう」

笑われるか、気まずくなるのを半ば覚悟していた分彼女の素直な言葉は

佐々木の心に暖かく染みた。

「じゃあ、私はこれで」

「うん、じゃあね」

軽く手を上げた佐々木に応えるように、木之口も手をふる。

コートと制服が下がり、露わになった幾つもの手頸の深い切り傷。

それを見たとたん、佐々木の中の暖かい気持ちがすっと冷めていく

「あ、あの」

「さようなら」

何か言葉をかけようとした途端、木之口は身を翻して

雑踏の中に消えた



続く



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