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なぜか、ふわふわもふもふが、みんな私に使役する  作者: まくのゆうき


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ヒツジの歓迎

セルビアが見せてもらったヒツジは、羊飼いからクマ退治のお礼として受け取るはずだったヒツジより数が多い。

だからといって一頭の毛の質が悪いとかそういうことはなく、ここの経営者もとても大事に面倒を見てきたようだ。

とりあえずヒツジに関しては説明を受けたし、皆が移動しているからと、柵の側通って次の小屋に向かおうとセルビアが動き出すと、これまでとは打って変わって、ヒツジたちが顔を上げてじっと止まった。

セルビアが近づいてくると、ヒツジは待ってましたと言わんばかりに草を食むのを止め、そろそろとセルビアの方へ寄ってきた。

ヒツジたちは何を思ったのか一斉にセルビアの方に向かってくる。

その勢いは突進に近いが、危害を加えようとしているわけでも、何かから逃げようとしているわけでもなさそうで、セルビアの身体にぶつかる頃にはもこもこしたものが押し付けられる程度になっていた。

ここでもセルビアはヒツジに囲まれてぎゅうぎゅうと中心に押し込められる。


「ヒツジさんって集まるの好きなのかなぁ?」

「くぅーん」


ヒツジにもまれながらセルビアがつぶやくと、足元のグレイも困った様子で鳴く。

怖がられるよりは懐かれる方がいいだろうが、グレイに関してはオオカミとしての威厳もあるだろうから複雑だ。

ただグレイが本気を出してヒツジたちを蹴散らそうと動いたら、それはそれで大惨事になる。

クマと戦える子なのでヒツジなどひとたまりもないだろう。

グレイもそれを理解しているからこそ、吠えず暴れず大人しくしてくれているのだろうが、これが長く続くとさすがにきつい。

もこもこした毛に埋もれながら、どうにか周囲を見回したセルビアは、ヒツジの群れの中に少し違う姿の子が混ざっていることに気が付いた。


「グレイ、あの子ってヒツジさんかな?」

「くぅーん?」


似たような色をしているが、何となく毛並みと頭の形が違うのが見え隠れしている。

セルビアがそちらを指してグレイに尋ねたがどうやら違うらしい。


「違う?」

「がぅがぅ!」


どうやら見間違いではないらしい。

目の前にはヒツジたちがいるし、彼らの毛の中に埋もれた違う子も、セルビアから離れたところでヒツジの中に埋もれている。

かき分けていくわけにも押し返すわけにはいかないので、セルビアはヒツジにもまれながら近くにいるグレイに声をかける。


「やっぱり違うのか。ヒツジさんが集まってるからついてきちゃったのかなぁ。後で誰かに聞いてみようかな」


セルビアがグレイと離して彼らの突進から気をそらしていると、羊の異変を察知した団長が笑いながら戻ってきて、ヒツジをかき分けるようにセルビアのところに来た。


「ずいぶんと懐かれたもんだなあ。さすがセルビアちゃんだ」


団長はヒツジは飼っていないが、動物の扱いには長けているからか、彼らをうまくかわしている。

羊飼いと友人なくらいだからヒツジにも慣れているのかもしれない。

ただ、団長が来たことによって体の圧迫が減ったため、ようやくセルビアは一呼吸置くことができた。


「ヒツジさんかわいいし、最初はよかったんですけど、ほかほかでもこもこだから、暑くなってきちゃいました。どうにか抜けられそうでよかったです」

「そうか」


懐かれて嫌ではなかったのならよかったと団長が笑っていると、セルビアが先ほどのことを思い出して尋ねた。


「あの、それで、あのヒツジさんたちの中に違う動物が見えたんですけど、その子もここの子なんでしょうか?」

「違う動物?」


団長が聞き返すと、あの辺に埋まりましたと、羊の毛の山をセルビアは指さした。

さすがの団長も実物を見なければわからないと、羊の毛に隠れた動物を探してみるが、いかんせんヒツジが密集しているので埋まっているとなるとわからない。


「おーい、そこらへんになんか違うの混ざってるか?」


団長が羊飼いの方に向けて声を張ると、彼は目を凝らしてそちらを確認してくれた。

しかし実物を確認する前に別の理由から何が混ざっていたのか答えが出る。


「ああ、そこにはヒツジしか出してないはずだが……、あ、小屋にロープでつないでたのがいねぇ!」


どうやら小屋にいるはずの動物が脱走したらしい。


「つないでた子?」


何がいるのかわからないがこの牧場の子らしい。

セルビアはその正体が気になって思わず聞くと、老人は気まずそうに言う。


「ああ。でも危険はないから安心してくれ。おそらくそいつがヒツジに混ざったんだろう」

「えっと、何の動物ですか?」


セルビアが答えを急かすと彼はようやくその動物の名前を口に出した。


「ヤギだ」

「ヤギ?」


セルビアが先ほど最後に埋まったのを確認した方に目を凝らすと、団長が横でセルビアに説明した。


「なるほど。おそらくミルク用のヤギを飼っていたんだろう。卵だけじゃなくてミルクも自家製なんだな」


団長は感心しているが、セルビアはヒツジの中に埋まったというヤギのことが気になって、思わずグレイに確認する。


「私はヒツジにもまれててはっきり見えなかったんですけど……、グレイ、あの中にヤギさんいたかな?」

「がぅがぅ!」


グレイが間違いないと返事をすると、その意図は長く一緒に生活してきた団長にも伝わったらしい。


「どうやらヤギで間違いなさそうだ」


団長がセルビアの代わりにそう声を張ると、羊飼いが笑いながら言った。


「じゃあ決定だな。勝手に戻ってくるかねぇ」

「セルビアちゃんに寄っていくヒツジの中に紛れていたくらいだ。セルビアちゃんがいれば戻ってくるだろう。ここに紛れたくらいだから、小屋に向かえばついて来るんじゃないか?」


ヒツジに巻き込まれたのがセルビアに近づくためだったなら、きっとヤギは小屋に戻る。

戻らなかった場合、老夫婦は少し不便な思いをするかもしれないが、まだ世話を始めていないセルビアには何の影響もない。


「そうか。それならいいんですが……」


羊飼いと団長の軽口を聞きながら老人が困惑したように言う。

ヤギを逃がしたのも、女の子がヒツジに囲まれるのもあってはならないことだ。

もしあの子に何かあればすべて自分の責任となる。

だからきっと危険な目に合わせてと、誰か氏らに責められることを覚悟したのだが、彼らにその様子はない。

何より、このヒツジの行動で面倒を見ることになる本人が彼らに苦手意識を持つようなことにならなくてよかった。

もし住まいを飼ってくれたとしても動物は飼わない、すべて畑にすると言われてしまったら、買い手になってくれるのはありがたいが、ここに残るべき景色がなくなってしまう。

けれど彼らはできるだけここをこのまま使おうとしてくれているらしい。

老人の安堵はむしろそちらが強かった。

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