羊飼いからの提案
団長に牧場の件を相談したセルビアは、見学するまで結論を出す必要はないということで、それについて考えることを一旦やめることにした。
最終的には見て判断することになるし、そこで紹介先を気に入ったら改めてサーカスと比較すればいいだけで、わからないことだらけの牧場のことで思い悩んでも仕方がないと分かったからだ。
そうしてサーカスでの旅回りを続けていたところ、見慣れた街に立ち寄ることになった。
前にテントを張る場所を借りた牧場から最初に移動し立ち寄った街である。
「前にもここに来たけど、なんか落ち着かなかったから今回はゆっくり見ていこうよ」
ニコルの言葉にセルビアがうなずいた。
「前は気持ちに余裕がなかったけど、今なら楽しめると思う」
クマに襲われかけたこと、グレイがオオカミだったこと、その影響で旅程に変更が出てしまったこと、追い出されることになったけれどなぜかヒツジをもらうらしい話が出たことなど、今のセルビアなら落ち着いて受け止められるが、それらを一度に受け止められなかったセルビアはしばらく上の空だった。
なので街を楽しむ余裕がなかったのだ。
おそらく前もニコルと一緒に出掛けているが、その時の記憶がないので、感情の処理が追い付いていなかったのだろう。
ニコルもそれに気が付いていながら何も言わないでいてくれたようで、セルビアは少し申し訳ない気分になった。
「前に来た時はテントに大量の熊肉があったから食べなかったけど、結構屋台で出されてたんだよね。匂いだけでしばらくいいやってなるかもしれないけど、そういうのを見てもいいし、お菓子も買い足さないと足りなくなっちゃう」
ニコルは今度こそセルビアと楽しむのだと意気込んでいる。
セルビアが足元にいるグレイを見ると、グレイは顔を上げて足元に体を摺り寄せてくる。
一緒に行くつもりらしい。
「じゃあ、早速行こうか」
「うん!」
そうして大人たちが準備をしているのを横目に、セルビアとニコルはいつも通り街歩きに出かけたのだった。
いつも通り夕方に戻ってくると、やはりいつも通りテントは完成した状態だった。
二人は買い物をしたものを生活用のテントに置くと、明日から始まる興行の販売物の運び込みをして明日に備える。
暗くなる前にそれらを終えた二人がテントの中で休んでいると、団長がセルビアを呼んだ。
「セルビアちゃん、ちょっといいかな」
「はい。今行きます!」
呼ばれたのはセルビアだけだ。
心当たりはないものの、とりあえず行く必要があるだろう。
セルビアはニコルに行ってくると伝えると団長のところに向かった。
「呼び出して悪いね。セルビアちゃんにも関係することだから、話を聞いてもらいたくてね」
団長とテントの外に出ると、そこに見覚えのある顔があった。
彼はセルビアを見て一言言って頭を下げる。
「どうも」
「あ……」
セルビアは彼を見て困惑した。
そこにいたのは、牧場を貸してくれた羊飼いだったのだ。
別にグレイのことについては謝罪をされているのでさほど気にならない。
けれど彼がここにいて、セルビアを呼んだということは、例の話があるということだろう。
「えっと、牧場の件でしょうか」
考えることを止めていたセルビアだが、忘れていたわけではない。
彼が訪ねてきたということはその話を進めようとしてだろう。
セルビアがそう察して言うと、彼はうなずいた。
「ああ。まあ、でかい買い物だし。こいつも牧場の場所が家の近くじゃないかって飛びついたが、どんなところかまではわからんっていうからな。参考までに説明に来たんだ」
団長が彼に詳細を求めなかったのは、先入観なく見て決めた方がいいというだけではなく、おそらくそれを催促すると話が勝手に進んでしまうので、セルビアの意思に反する可能性があるという配慮からだ。
けれどそれをセルビアに負わせるのは違う。
なので団長は、まあ、牧場のことはお前の方が詳しいからなとその場を濁した。
とりあえず入り口では邪魔になるので少し離れたところに木箱を置いて、三人はそこに腰を掛けた。
そこで最初に口を開いたのは羊飼いで、それは団長に向けての言葉だった。
「話が進んでしまうからって気を使ったのかもしれないがなぁ。判断基準が少ない中で考えるのもまた後悔を呼ぶもんだと俺は思うぞ?」
「そうか?」
先ほどごまかしたばかりなので、どう答えていいかわからないのか団長は彼の言葉に相槌で返す。
「少なくともそこのお嬢さんはここで戦力となって働けてるんだ。そこまで過保護にする必要はないだろう。おそらく見た目ほど幼稚じゃないだろう」
「それはそうだが」
グレイの話をした時の対応はむしろ誰よりも大人だった。
年齢的には子供だが、きっと大人のように判断する力は有している。
それにここで長く働いているのだ。
ニコルもそうだがこの子も早く大人にならなければならない事情があったのだろう。
そう追及されたら団長もその通りだと答えるしかない。
最初に話を聞いた時は驚いたが、セルビアには特殊な事情がある。
それは事実で、それらを受け入れざるを得なかったから、本来の年齢より大人びているのだ。
けれどそれとこれは少し話が違う。
大人の事情で勝手に話を進める方向に流すのはいただけない。
だから団長はあえてセルビアがどうしたいのか考える時間を作った。
しかし彼はそれを壊しに来たのではないかと思ったのだ。
団長は思わず目を細めたが、彼はセルビアに声をかける。
「そこでだ。話だけでもどうかなと思ったんだが、どうだ?どちらにせよサーカスが牧場の近くを通る時、見学には行くつもりなんだろう?最終的に見て決めるんだったら、ここで話を聞いても何も変わらない。最後に決めるのはお嬢さんだ」
ここでどんなに説明されても、セルビアはここで決めるつもりはない。
すでに連れている動物がいるので、彼らが気に入らなければセルビアが気に入っても話を受けないつもりでいる。
団長たちは気にするなと言っていたけれど、本当はお金のことだってある。
どう考えてもセルビアの持っているお金で買えるものではないし、両親と相談する必要があると団長も言っていた。
でも彼の言う通り、もう少し牧場についての情報はもらってもいいと思う。
混乱しているところに渡されても抜け落ちてしまったかもしれないが、今ならそういう話を聞いて考える余裕がある。
「団長、とりあえず聞いてみたいです。そしたら場所とかもわかるかもしれないし」
とりあえず聞くだけならとセルビアが言うと、団長は小さくため息をついた。
「そうかい。セルビアちゃんがそういうならそうしよう」
そうしてセルビアと団長は彼から売り出しの牧場の説明を受けることになった。




