相談
ゆっくり考えていいと言われた提案から数日。
考えすぎてよくわからなくなってきたため、一度団長と話をしてみようと決めたセルビアは、テントでの夕食後、一人で団長を訪ねた。
「セルビアちゃん、どうかしたかい?」
大半をニコルと一緒に行動しているセルビアが一人で来たため、団長が尋ねると、セルビアは用件を切り出した。
「先日の牧場の件なんですけど……」
「何か気になることがあったかな?」
おそらく決定打になるものがないから悩んでいるのだろう。
聞きたいことがあるのなら遠慮なく聞いてほしいと団長が付け加えると、セルビアは続けた。
「とりあえず見てから決めてもいいですか?もし急がないのなら、両親にも見てもらって、直接相談したいです。私より両親のほうが知っていることがあるかもしれないし……」
団長はセルビアと両親が一緒に住めれば理想的だし、それが叶わぬとも街で生活していた時のようにいつでも行き来できるような距離に娘を置いておきたいと思うのが親後ごろだと考えていた。
そして仲違いではなく、体質や環境によって両親と引き離されることになったセルビアも、それがなければ両親と共に生活したいのではないかと考えていた。
両親が真剣に探したという宿はとても良いところだった。
きっとセルビアの両親は本人が思っている以上にセルビアを大切に思っているだろうと、団長はその宿を見ただけで感じ取れた。
引き離されたということで少し感情に行き違いはあったかもしれないが、それも一旦、距離を置いて冷静になった今なら、双方の考えていることを共有するだけで和解できるはずだ。
そんなことを思っての提案だったので、セルビアが両親と相談したいと言ってきたことは大きな一歩だとそう考えた。
「確かに一緒に確認してもらったほうがいいかもしれないね。じゃあ、あの街で興行する時にこちらから連絡してみよう。動物がいるなら引き取り手が見つからない限り、すぐに手放せないだろうし、希望としては家畜ごと買い取りを希望しているらしい。その条件ではすぐに買い手はつかないだろうし、戻る前に買い手が見つかったなら、こちらが乗り気でもその時は諦めてもらうことになるが……」
セルビアのいた街に興行でたどり着くのはまだ先だ。
残念なことに近くを通ることもしばらくない。
サーカスとしては興行の日程が決まっているのでセルビアのためだけに行程を変えることができない。
だからと言ってここセルビアを放逐して一人で戻れというのも酷だし、そもそも距離があるから道中危険が伴う。
何よりそんなことをすれば、それこそご両親に申し訳が立たない。
せっかく前向きになっているところ申し訳ないが、まだまだ先の話になる。
団長がそう伝えると、セルビアは不安そうに聞き返した。
「もしダメだった場合は、まだここにいて良いんですよね……?」
ここで即決すればお金のことはともかく自分には帰る場所ができる。
団長はきっと両親と暮らすのがセルビアの幸せだと思っているのだろうが、セルビアは必ずしもそうとは思っていない。
彼らと一緒に旅ができたのは、街に行きたいと願った以上の経験になっているし、ここで働いたことで初めてニコルという友達もできた。
自分が出かけて戻ったら、皆がお帰りと迎えてくれる。
だからこのテントもすでに自分にとっては帰る場所となっている。
セルビアがからすればこのテントを捨てて、新しい生活に入るにはかなりの覚悟が必要だった。
そしてこの話がなくなっても街の近くで両親と再会したら、そこで環境が改善されていたら、自分は置いていかれてしまうのかと、その不安が大きかったのだ。
「もちろんだよ。そもそも安い買い物じゃないし、そちらを選択したら生活が大きく変わってしまうんだからな。両親と相談して決めたいならそうしてもいいし、見た後で気に入らないなら止めても問題ないから、そこは心配しなくていい。見たから買うのが強制というわけではなくて、選択肢が増えたというだけだからね。思い悩むことはないよ。小さな商店だって、店に入ったからって、欲しいものがないのにいらないものを買わせたりしないだろう?それは家だろうが牧場だろうが同じことだからね」
団長の説明はわかりやすい。
セルビア自身はもやっとしか感じていなかったが、おそらく不安に思うようになったのは、牧場を見たいと言った時点で、ここを出ることが決定事項になってしまうのではないかということだったようだ。
でも団長はそうではないと言ってくれた。
それだけで心のつかえがとれた。
「ありがとうございます。それなら見て考えてみます。両親もそうなんですけど、グレイたちが気に入るかもわからないから……」
先に両親のことを伝えたが、おそらく近所に牧場を購入し住むことになったとしても、両親が集落を離れることはない。
それをすれば父親が仕事を失ってしまうからだ。
それにここまでずっと自分の味方で、心細い時に寄り添ってくれたのはグレイだ。
そしてこれからもきっと、両親より長く一緒に暮らすのはグレイになるだろうとセルビアは思っている。
グレイならきっとどの環境でもついてきてくれるだろうが、長く住むことになるのならグレイが気に入らないところは選びたくない。
むしろグレイがダメだと警戒するなら、そこには警戒すべき何かがあるということだし、身の危険のある可能性もある。
いくら賢いグレイでも、街のこの辺にある家だよと口頭で説明されて、その良し悪しを判断することはできないはずだ。
セルビアにできないことをグレイに求めるのも変な話だろう。
直接見て、グレイが問題ないと判断ところに住む方がセルビアとしては安心できる。
そのくらいセルビアはグレイに信頼を寄せているのだ。
「それがいい。すぐに決める必要はないからゆっくり悩んでいいし、またこうやって質問があったら聞きにおいで。説明が足りなくて不安にさせて、悪いことをしてしまったね」
団長が申し訳なさそうに言うのでセルビアは首を横に振った。
「いえ、少なくともすごく悩んじゃうくらい、魅力的な提案だったんだと思います。決まってから伝えることもできたのに、私に選ばせてくれてありがとうございます」
自分だけで決められないなら相談すればいい。
団長はきちんと相談に乗ってくれた。
セルビアは団長にもう一度お礼を言うと、自分の部屋に戻っていくのだった。




