恐怖の基準
「セルビアちゃん、無事でよかった」
一人がセルビアを見つけてそう発すると、その声を聞いて、マダムをはじめ、その日テントにいる団員皆がセルビアを囲んだ。
「マダム、みんなも、心配かけてごめんなさい」
こうして皆の様子を見れば、かなり大事になっていたことがわかる。
それが自分が行方不明になっていたことが原因だとしたら本当に申し訳ない。
セルビアが謝ると、皆が謝る必要はないのだと口々に言った。
「いや、何もなかったらいいんだよ。むしろグレイはお手柄だったねぇ」
「がぅがぅ!」
マダムに褒められたグレイは嬉しそうに頭を上げる。
皆も得意げなグレイを微笑ましく見下ろして、頭を撫でて労った。
「あの……、何があったんですか?」
セルビアの言葉に皆が顔を見合わせた。
確かに説明は必要だ。
そのためにセルビアにはここに来てもらっている。
けれどどう説明すべきか、言葉を選ぶ必要がある。
誰が話すかと探りを入れていると、マダムがおもむろに口を開いた。
「実はさっき不届き者がこのテントに忍び込んでね。捕り物劇があったのさ。そいつら、この街で臨時で雇った連中だったんだけどね。憲兵呼んで引き渡したからもう安心さ。だけどあれだけの騒ぎになってるってのに、セルビアちゃんが見当たらないだろう?だからこっちが気が付く前に、奴らにセルビアちゃんが危害を加えられたんじゃないかって皆心配してたのさ。声を出せない状態にされているとか、縛られたりして出てこられないんじゃないかってね。それで慌てて探していたんだよ」
まさか狙いがセルビアの可能性があるとは言えないが、皆が心配したことはしっかりと加味されていた。
その内容にさすがはマダムだと感心して皆がうなずいている。
自分が寝ている間にそんなことになっているとは思っていなかったセルビアが驚いて皆を見回すと、皆が首を縦に振っていたので、その内容に間違いはないのだろう。
それを聞かされてしまうと、トラさんはあったかいなぁなんて呑気に寄り添って寝てしまっていたことすら申し訳なくなる。
相手はこの街で臨時雇用された人だと言っていたし、それならばショーに出ている動物がいることは知っていたはずだ。
場所は知らなくとも、彼らは動物に慣れていないし、トラの檻が見えれば近づかなかっただろうから、結果セルビアはトラたちに守られたということになる。
皆が褒めているということは、グレイが侵入者に気が付いて真っ先に主人であるセルビアを守ったと考えていいということだろう。
「そうだったんですね。私はグレイに起こされて、トラさんの檻まで引っ張っていかれたので、てっきりまたトラさんが怪我をして苦しんでいるんじゃないかって思って様子を見てたんですけど、檻に入ったらグレイが出してくれなくて、トラさんもここにいろって感じだったし、何かあるのかなって思って、とりあえず側にいたんです」
グレイだけではなくトラも侵入者に気が付いていたのだろう。
もしかしたらグレイが何かしらの方法でトラに伝えたのかもしれないが、セルビアにはわからない。
でも次にあったら改めてトラにもお礼をしたいなぁとセルビアは考える。
「ああ。それで正解だよ。セルビアちゃんに男どもを取り押さえる力はないからね。危険な目に合わないところにいてくれてよかったのさ」
マダムの言葉にニコルも同意した。
「そうだよ。私もびっくりしたけど何もできなかったもん。でもね、そこにグレイが駆けつけて彼らを牽制して頑張ってくれてたんだよ。セルビアちゃんだけじゃなくて私も助けてもらったんだよ」
彼らとグレイが対峙してて、彼らが動けなくなってたから大人たちも取り押さえやすかったみたいだよとニコルが笑うと、セルビアはしゃがんでグレイの体をわしゃわしゃと撫でまわした。
「そっか。グレイはニコルちゃんも守ってくれたんだね。ありがとう」
「がぅがぅ!」
セルビアに褒められてグレイは体を摺り寄せる。
「そういうことだから、皆も安心して寝たらいい。あいつらが来ない分、明日からやることが増えるんだからね。全員の無事を確認できたし深夜だから解散だよ」
マダムがそう音頭を取ると、大人たちはそれぞれ割り当てられた部屋に戻っていった。
「ニコルちゃんも心配かけてごめんね」
改めてキチンとお礼を伝えるとニコルは首を横に振った。
「ううん。無事ならよかったよ。長くやってるとああいうのたまにいるんだよ。目的は色々で、まあ、盗み目的が多いんだけどさ、そもそも忍び込んでいる時点で相手も悪いことしてるってわかってるから、偶然居合わせたら迷わず声を上げるなりして周囲に知らせないと、こっちが何をされるかわからないんだよね。男の集団だと私たちじゃ勝ち目がないから、これからでも、もし何かあったらすぐに大きな声とか出すようにしてね。まあ、セルビアちゃんにはグレイがいるから大丈夫だと思うけど、一応」
「わかった」
ここにはたくさんの大人がいて、自分が声を上げたら皆が助けてくれるし、見当たらなければ心配までしてもらえる。
集落とはえらい違いだ。
でもそれがセルビアの心を温かくし、そして落ち着けた。
「それにしてもさっきラビィはなんであんなに暴れたんだろう?」
不届き者が来たことはわかったが、それが片付いた後にニコルが迎えに来たのなら、ラビィの脅威はすでに去っていたはずだ。
びっくりしたにしてもひどい暴れようだった。
セルビアが首を傾げていると団長が言った。
「それはセルビアちゃんの抱え方じゃないかな」
「団長、どういうことですか?」
「ウサギは結構繊細で臆病な生き物だからな。いきなりわからんものに持ち上げられた上、足がつかなくて怖かったんだろう」
確かに得体の知れないものに急に体を持ち上げられたら何をされるかわからなくて怖いかもしれない。
持った自分はわかっているけれど、ラビィからこちらが見えていなかったのだから当然だ。
それに加えて足が付かないから逃げることもできなかった。
まずは逃げられる体制を取れるよう、暴れて身の自由を確保しようとしたのだろうと団長は説明した。
ラビィはウサギで臆病なはずなのに強者のオオカミの背中によじ登ったり、トラのおなかの下にもぐる勇気はあるらしい。
普段の自由でマイペースな様子を見ていると、繊細どころか図太くすら思えるのだが、恐怖の基準はそれぞれということだろう。
「抱っこする時は気を付けた方がいいですね」
とりあえずまたあの叫び声を上げさせるのは忍びない。
聞いた側もびっくりするし、セルビアもラビィを怖がらせたいわけではないので、やらない方がいいことなら、それを避ければいいだけだ。
「ああ。膝に乗せるんでも、胸につけるんでもいいから、足が踏ん張れるような体勢にしてやれば大人しくなる」
「そうなんですね。ありがとうございます」
暗いところに埋まっていることが安心なのではとニコルは言っていたが、それだけではだめらしい。
ラビィにとってトラのおなかの下は、頭が覆われ暗いし、地面も硬く、自力で逃げることもできそうだという、落ち着くのに最適な環境だったということだろう。
「二人とも、遅いから休みなさい。追い出した連中の分、頑張ってもらわなきゃならないからな」
このままだと話し込んでしまって寝ないで朝を迎えることになってしまう。
団長に言われて二人はうなずいた。
「そうだね。セルビアちゃん、とりあえず戻って休もう」
「うん。団長、おやすみなさい」
話そうと思えばいくらでも話ができる。
ただ自分たちが眠くないとはいえ今は夜中だ。
ここで話していると他の団員の睡眠の妨げになってしまうかもしれない。
そして明日は普通に興行がある。
とにかく休む方がいい。
「ああ。興奮して寝付きにくいかもしれないが、体を横にしているだけでも多少は疲れが取れる。二人ともゆっくり休むんだぞ」
そうして団長に見送られ、セルビアとニコルは部屋に戻っていくのだった。




