ヒツジとふとん
団長たちが話をしている間に、牧草地の区画に到着したセルビアが、柵の中に入り奥に進むと、それに続いてヒツジたちはどんどん中に入ってきた。
そしてこの辺でと立ち止まったセルビアを再び取り囲む。
毛刈り直前のヒツジばかりのため、セルビアは羊毛の中に埋まった状態になった。
「それにしてもヒツジさん、みんなずいぶんもこもこだねぇ。お布団にいる気分だよ」
「メェェェェェ」
セルビアの言葉を喜んでいると思ったのか、ヒツジたちは覆いかぶさらん勢いでセルビアに体を寄せてくる。
さすがのセルビアも日向で分厚い布団にくるまれれば暑いし、顔が埋まれば息も苦しくなる。
最悪グレイが聞いてくれるだろうと、どうにか顔を足せているうちにセルビアが言う。
「ぎゅうぎゅうされても痛くないけど、ちょっと暑いかも」
「くぅん」
セルビアの言葉が聞こえたのかグレイが納得したように鳴くと、今度はヒツジに向かって吠えた。
「がぅがぅ!」
「メェェェェェ」
「メェー」
グレイが吠えると複数のヒツジからいろんな声がする。
すると次第にセルビアの周囲に空間が生まれた。
セルビアに迫ってぎゅうぎゅうと押し寄せていてヒツジたちが少しずつ解散していき、近くのヒツジもセルビアから距離を取ったためだ。
「暑いって言ったから隙間を作ってくれたのかな。ありがとう」
セルビアが言うと、代表と言わんばかりにグレイが返事をする。
「がぅがぅ」
とりあえず落ち着いたが、ヒツジたちはじっとセルビアを見て動かない。
しかしセルビアもどうしていいかわからず困惑する。
「お散歩って言われたけどどうしよう。ここでいいのかなぁ?」
思わずグレイに尋ねると、近くの一頭が鳴いた。
「メェーメェー」
グレイの返事と照らし合わせるとどうやら目的地はここでいいようだ。
もしかしたらグレイみたいに言葉が通じているのかもしれない。
そう感じたセルビアはとりあえず目の前のヒツジに話しかけた。
「勝手にご飯食べに行ってくれるのかな。おなかいっぱいになったら戻ってきてくれる?」
「メェー!」
一頭が元気な返事をすると、その子は群れの方に向かって声を出す。
それに答えるヒツジも元気に返事をしているように見える。
そんな様子を見ていると、皆が区画の中に散らばって草を食み始めた。
「じゃあ、ご飯はみんなにお任せしようかな。グレイはどうする。ここで一緒に休憩する?森に遊びに行く?」
「がぅがぅ」
セルビアが尋ねるとグレイはセルビアにすり寄った。
どうやら一緒にいたいらしい。
そう判断したセルビアは区画を仕切っている柵に背中を預けて、グレイを撫でた。
「ヒツジさんだけじゃなくてグレイもふわふわだよね」
「くぅ~ん」
そう言うとグレイはさらにセルビアにすり寄った。
ヒツジに負けたくないらしい。
「ヒツジさんたち、ご飯に夢中だねぇ」
「がぅがぅ」
「なんかのどかだねぇ」
「がぅがぅ」
時折吹く草原の風を受けながら、セルビアは目を細めてその光景を眺めていた。
そして時々足元の草の上でお昼寝でも始めそうなグレイに声をかける。
「本当にグレイは遊びに行かなくていいの?」
「くぅ~ん」
街に入ってしまったらまた窮屈なところに長時間いなければならない。
夜中に出かけているとはいえ、せっかく広い場所があるのだからここで走り回ってくればいいのではないかと気を利かせて尋ねたつもりだったが、そう言うとグレイは寂しそうに鳴いた。
「じゃあもう少し一緒に休憩ね」
どうやら今のグレイはセルビアと一緒にいる方が優先らしい。
そう判断したセルビアは、そう声をかけるとそれ以上は何も言わず、柵に寄りかかって自然を満喫したのだった。
そうしてのどかな光景に癒されていると、団長から声がかかった。
「セルビアちゃん、悪いんだが、ヒツジたちを小屋に戻してくれないか」
団長の遠くからの呼びかけに、セルビアは目を丸くする。
「え、どうやって……」
サーカスの動物たちの面倒は見たことあるが、大量のヒツジの面倒を見たことはない。
連れてってくれと言われたので、とりあえず歩いてみたら彼らはついてきてくれたけれど、それを戻せと言われてもどうしていいかわからない。
セルビアが困惑していると、グレイが吠えた。
「わぉ~ん」
するとその呼びかけに応じてか、ヒツジがセルビアの周りに集まってくる。
さっき暑いと言ったからなのか、移動することをわかってのことなのかわからないが、ヒツジはセルビアの後ろに行くことはせず、前に整列した状態で集まった。
「グレイが集めてくれたの?」
「がぅがぅ」
「このまま歩けばいいってことかな」
「がぅがぅ」
グレイがそうだと言いたげなので、とりあえずセルビアはその通りにすることにした。
まずはヒツジたちに一応声をかけてみる。
「ヒツジさんたち行くよ~」
「メェ~」
セルビアの言葉に答えるようにヒツジたちが鳴いたので、とりあえず背を向けて歩き出すと、ヒツジたちはセルビアの後に列を成してついてきた。
そして歩きながら、先ほど指定された小屋を指してセルビアが離れたところにいる団長に確認する。
「団長、あの小屋でいいんですよね?」
「ああ。ちょっと受け入れの準備をするから先に行くよ」
「お願いします」
セルビアが移動を開始したため、ヒツジの方は問題なさそうだと判断した団長は、走って小屋に向かって行った。
準備があるのなら早くついても困るだろう。
そう考えたセルビアはヒツジたちを率いて、ゆっくりと小屋に向かうのだった。
小屋に着くと団長と羊飼いがすでに受け入れの準備を整えていた。
どうやら一頭ずつ柵の中に入れていくらしく、小屋の中に入ると、二人が一頭ずつ器用に仕分けして、ものを片付けるように収めていく。
小屋の中に入ったセルビアが途中で振り返ると、ついてきているはずのヒツジの一部はすでに柵の中にいた。
外からどんどん入ってくるヒツジたちも、次々と小屋の区画に収まっていく。
何より二人の息がぴったりで、団長もヒツジの扱いに慣れているのだなということがわかる。
そうして全部収まったところで、セルビアと団長が先に小屋から出る。
そして柵がはまっていることを確認し、さらに外からしっかりと施錠をした上で、ようやく羊飼いが二人の元に戻ってきた。
そして羊飼いはセルビアを見て頭を下げる。
「お嬢さんには悪いことを言っちまったな。ヒツジはオオカミに餌として狙われやすいんで、そいつもダメだって言っちまったが、お嬢さんもそこのオオカミも悪いことはしてない。今回はあんなことがあったが、気にせずまた来てくれ。ヒツジのこともその時に」
ヒツジのことというのはよくわからないが、先ほど団長と話していたことだろう。
それは後で聞けばいい。
とりあえず大人に頭を下げさせたままというのは落ち着かないので、頭を上げてほしいとセルビア言った。
「頭を上げてください。私もグレイのことを知らなかったので驚きましたけど、飼い主からしたら大事なヒツジさんの命がかかってるんですから、警戒されても仕方がなかったんです。また来てもいいって言ってもらえただけで嬉しいです」
あの一夜はそれだけの大事件だったのだ。
クマが襲ってきて、そこにオオカミの群れが来た。
両方ともヒツジからすれば敵でしかない。
味方であったとはいえグレイがその中に混ざってしまったのだから、一緒に怖がられても仕方がない。
グレイを否定されたショックはあったけれど、羊飼いを責めるつもりはない。
セルビアが大丈夫だと答えると、羊飼いは団長に言う。
「本当にいい子なんだな」
「ああ」
団長は羊飼いの言葉に返事をすると、コントはセルビアに言った。
「だが今日の出発に変更はないよ。前にも話したけどオオカミの話だけじゃなくてクマのこともある。安全第一だ」
団長の言葉に羊飼いも同意する。
「ああ、こっちに来るって話が出た時、クマが出没するようならそれも伝えるし、そんときは寄らずに行ってくれ。今はまだ調査もできてないし、別の個体が出ないとも限らない。こっちも外の責任は負えないからな」
「ああ。落ち着いたらまた世話になりに来るさ」
一頭出てしまった以上しばらく警戒が必要だ。
羊飼いも自分だけなら身を守れるが、外にいるサーカス団全員を守るのは難しい。
森の近くにいるのは危険なので避難をしてほしいというのは羊飼いも同じ意見だという。
羊飼いと団長は長い付き合いだ。
気心が知れているので二人はいつも通りだがセルビアはそうはいかない。
だから改めて、羊飼いは彼らに向き直った。
「お嬢ちゃんとそこのオオカミもな」
「はい。ありがとうございます」
話を聞けば団長の説明通り、今回の早出はグレイのことだけが原因ではないと理解できた。
こうして無事、セルビアと羊飼いとのわだかまりも解けていったのだった。




