熊肉
遅くなりました。
いつもの時間に間に合いませんでした……。
クマの肉は鍋に入って提供された。
見た目は普通のスープだし、臭いがいつもと少し違ってスパイシーだけど、それは味付けの問題だろう。
大人たちはいつも通り配膳を受けているし、癖が強いとか食べにくいというけれど、それは食べなれないからだろうとセルビアは手元にある注がれたスープを見ながら考える。
そんなセルビアをニコルはじっと見ていたが、あまりにも真剣な表情をしているので思わず声をかけた。
「そんなに不安?」
皆の配膳が終わっていないのでまだ食べることはできない状態だが、すでにスープからは独特な香りがしている。
ただ慣れない香りであるため、これがおいしいかと聞かれると判断に困るし、おいしそうだなぁという気分にならない匂いであることも間違いない。
「うん。不安というか、気になるだけかな。マダムのご飯はおいしいけど、前情報があんまりよくないでしょう。でもグレイは食べてきたみたいだし」
森の入口に肉を置いて数時間後、グレイは何事もなかったかのように帰ってきた。
基本的にグレイたちは夜行性のようだけど、ご飯があると仲間を集めたようだし、グレイがセルビアとの約束を反故にすることはない。
手段はわからないけれど、結果的に、ちゃんとお礼ができているならそれでいいやと、その辺は気楽に考えている。
そして戻ってきたグレイだが、昼食をねだる様子がなかった。
だから仲間と一緒に食べてきたはずなのだ。
それと同じ肉が調理されて、今、目の前にある。
感慨深いのもあるけれど、グレイはこういうものも好きなのかなと思わず観察してしまったというのが本当のところだ。
「まあ、そうだよね。でももうすぐ食べるから、それですべて解決するんだし、そんなに見てなくてもスープは逃げないと思うよ」
「そうだね」
事前情報から判断すると、どうしてもおいしくないという結論に近くなるし、目の前にしたスープからも普段の素朴で食べやすいものからは想像できない香りが漂っている。
食べる前から複雑な気分になるのは仕方がないし、食べてみたら口に合うかもしれないとニコルは笑った。
全員の配膳が終わりいよいよ実食だ。
ちなみにグレイは、いつも通りセルビアの足元でサーカスの食事をしている。
熊肉のスープは想像していた通り癖のある味だった。
けれど味が調整されているか食べられないことはない。
ただ、結構マダムが頑張って食べやすくしてくれたのだろうことはわかる。
いつもより大きめに切って入れられている肉は、味わうつもりはないけれど、しっかりと咀嚼できるくらいの大きさで、意外にもその肉はスープほど癖がなかったので、普通に食べることができた。
それもあって割と早くお腹がいっぱいになる。
肉の癖のある部分がスープに溶け込んだことで、お肉の方は味が緩和されたのかもしれない。
そう考えると切妙なバランスだ。
むしろ味については、癖はあるけれど食べられないものではないし、好きな人はこの癖のある味にハマるのではないかというのがセルビアの感想だ。
「お肉、たくさんあるんだったらサーカスでも出せばいいんじゃないかな?お肉がなくなるまでだから特産品扱いで」
スープはともかく、肉だけなら比較的普通に食べられる人が多そうだ。
保存食が作れるほどたくさんあって、次の興行先まで日持ちするのなら、出してみるのもいいのではないかとセルビアが口にすると、団長が食いついた。
「あー、それは考えてなかったけど、いい案だね。なんたってたくさんあるんだから」
団員だけでも食べ切れるが、無理に全部食べる必要はない。
大きい塊だし、市場に卸すこともできるが、それは肉を分けた羊飼いが先に行っただろうし、そもそもこの辺りは人口の少ない地域だ。
肉屋も需要の低い肉をたくさん渡されても困るだろうから、低価格での引き取りになるか、買い取ってすらもらえない可能性がある。
それならば手間をかけず食料として消費してしまった方がいいと団長は考えたのだ。
「生で食べない分は乾燥させて保存食にする支度をしてあるし、乾燥させたものをつまみとして売ってもいいかもしれないねぇ。長持ちさせるために準備したものだから、売れなくても日持ちはするんだ。メニューに加えたらいいさ。珍しいって理由で手に取る人もいるかもしれないからね。それに肉屋に出さないで、ここで売るなら原価がかからないし収益もその分大きいんじゃないかね」
「マダムの言う通りだな」
加工するのにマダムの手がかかっているけれど、あとは干しておくだけという状態になっているし、ここから先、大きく手間はかからない。
けれど酒飲みのつまみに消えていくのを見守るだけになるだろうとマダムは考えていた。
ただその場合、グレイは先ほどお礼と称してたくさん肉をもらったかもしれないが、飼い主であるセルビアには何の恩恵もない。
それが気がかりだったこともあり、セルビアの案を利用してセルビアにも少し還元することを提案する。
「その一部をグレイに、というかセルビアちゃんの給与に反映してやるのはどうだい。うまくいけばグレイの餌代の足しになるだろう」
マダムがそう言うと急に自分のところに話の来たセルビアが困惑する。
「え、でも……」
そんなセルビアの反応を見つつ、団長はなるほどと言いながらマダムの意見に賛同した。
「もちろん、サーカスにも利益になるように金額は決めるし、利益が出たら、ここに出てくるご飯はちょっと豪勢にする。熊肉のつまみを期待していたのもいるかもしれないが、他の種類が追加できるようになる。皆にとっても悪い話じゃない」
団長はセルビアに向かってそう言うが、実際は皆に聞かせるつもりで言葉にした。
それを正しく拾った団員の一人がすぐさま賛同の声を上げる
「豪勢なご飯か。それは楽しみだ」
その言葉に大人の団員たちは笑いながらそうだなと口々に言う。
セルビアが気を使って遠慮する性格であることは、すでに長く一緒に生活していため理解している。
そして、団長があえて自分たちに聞こえるように言ったのは、その話に乗ってほしいからだということも、もちろんわかった。
だからセルビアを安心させるように話の流れに乗って、皆がセルビアに聞かせるように話し始めたのだ。
「熊肉の加工は任せておきな」
マダムもこれが売り物になるのならと、より気合の入った言葉を、こちらはセルビアに向かって述べた。
「ありがとうございます。頑張って売ります」
この話し合いの結果、熊肉はサーカス団員の酒のつまみになるだけにとどまらず、在庫のある間は売店でも販売されることが決まったのだった。




