オオカミへのお礼
しばらくするとすべての運び込みが終わり、団長と羊飼いが道具を戻し、手を洗ってテントに戻ってきた。
解体が終わると、団長とこの土地を持っている羊飼いの男もテントの中に入ってくる。
テントの中で皆の集まる場所となっているところに積まれたものを分配するためだ。
普段ならこのテントは居住区だから団員以外を入れることはないのだが、興行中ではないので他のテントはないし、今回は団長が招待した形である。
たまにこういったことはあるようだが、セルビアが来てから、団員以外がこの空間にいることは初めてで、同じ空間に第三者がいることで非常に落ち着かなかった。
運び込みで大人たちが出入りしている時からセルビアが不安そうにしていることもあって、グレイはぴったりとくっついて、じっとセルビアを見上げている。
その横にいるニコルは、中に運ばれてくるものと、セルビアを交互に見ているだけで、マダムにいたっては、中に運ばれてきたものをじっと見て、必要に応じて選別までしていて手慣れた様子だ。
そのため団長たちが戻った段階で、普段食事の置かれる中央に、肉やらクマの皮やらがマダムによってきれいに仕訳けられていた。
法則はよくわからないけれど、仕訳けられたものを見て、マダムの見立てで間違いがないことを確認しあったようで、団長と羊飼いが無言で顔を見合わせ互いの意思を確認していた。
そして最初に口を開いたのは団長だった。
いくつかある塊の内、一番たくさん積まれた肉の塊を指して言う。
「この肉はグレイと仲間の分だ」
「え、はい……。わかりました」
とりあえずそこにある肉はグレイと一緒にクマと戦ったオオカミたちの分ということらしい。
返事をしてみたものの、そう言われてもセルビアはどうしていいかわからない。
セルビアが肉と団長を交互に見ていると、団長が言う。
「セルビアちゃんは、グレイと一緒に森の入口に届けに行ってくれるかな。とりあえずこの袋に全部入れるからそのまま運んでもらって、袋は洗ったりしないでそのまま持って帰ってきてくれればいいから」
「はい」
セルビアの返事を聞いた団長は、肉をどんどん袋の中に入れていく。
それにしても結構な量になっている。
袋の方が破れないか心配になるほどだ。
そうして入れ終わると、団長はそれを持ち上げた。
「重たいから気を付けて。とりあえずセルビアちゃんは肉を森に置いたら、すぐテントに戻ってくればいい。渡すのはグレイに任せた方が向こうも警戒しないだろう」
そう説明を済ませると、団長は袋を担げるようにセルビアに持たせた。
セルビアの肩にずっしりと重みがかかったが、運べないほどのものではない。
セルビアは少し猫背になりながらも顔を上げ、団長の方を見て言った。
「わかりました。グレイ、行こうか」
「わぉーん」
一番面倒なのは袋の底が抜けることだ。
そうなる前に森まで運んでしまいたい。
もちろんそんなに弱い袋に入れられているわけではないが、セルビアにそう思わせるくらい、渡された肉入りの袋は重たかった。
袋を担いだ状態でテントを出たセルビアは、牧草地を突き抜けて森の方に向かった。
森の入口と団長に言われたけれど、特に入口の目印になるようなものは見当たらない。
ただ、牧草地側を木々に沿って歩いていくと、獣道のようなものがいくつかあり、森の奥に続いていることがわかる。
どれもすべて森の中につながっているのは間違いない。
団長がどの道のことを言ったのかはわからないけれど、横に歩くグレイが何も反応を示さないので、おそらく素通りしている道ではないと思っていいだろう。
そうして見て歩くうちに、明らかに争った形跡のある道を見つけた。
木々だけを見れば変化はないが、その道の付近だけ、下の草が踏み荒らされたようになっており、よく見れば土が少しどす黒い。
きっとここでクマは倒れ、団長たちは解体を済ませたのだろう。
セルビアはそんなことを思いながら、引き寄せられるように土の色の変わったところまで進むと、グレイに聞いた。
「ここでグレイたちがクマさんを退治してくれたんだね。この辺に置いておけば食べに来てくれるかな。グレイ、仲間に教えてあげてくれる?」
「がぅがぅ!」
どうやらここでいいらしい。
土の上にそのまま置くのは何となく気が引けたので、近くに生えている大きめの葉をいくつか取ってきて地面に敷いた。
そしてその上に袋から肉を取り出して積み上げていく。
セルビアはすべての肉を出し終え、空になった袋を畳むと片腕に抱えた。
「グレイ、グレイもここで食べる?仲間と一緒がいいよね」
作業をしながらセルビアが聞くと、グレイ首を傾げた。
「くぅん?」
グレイはどういうことかと言いたげだが、セルビアが決めていいのだろうか。
グレイの分の肉が含まれているので、グレイがテントで食べたいのならその分だけを持ち帰ってもいいはずだ。
そんなことを思ったが、すぐにさっき団長に言われた言葉を思い出す。
ここにグレイを残して帰らないと仲間に肉が渡らないかもしれない。
最初から聞くまでもないことだったのだ。
「グレイ、もらったお肉はここに全部置くから、仲間と一緒に食べ終わったら、テントに戻っておいで。グレイからみんなにありがとうって言っていてくれたら嬉しいな」
セルビアがグレイにお願いするとグレイは嬉しそうに吠えた。
「わおーん」
オオカミだと知れたからなのか、グレイが成長したからなのかわからないが、ちょっと返事の種類が増えたり変わったりしたようだ。
わぅわぅとかわいらしく聞こえていた声も、わぅというよりがぅに近い音になったし、これまで返事に遠吠えは入っていなかった。
でも長く一緒にいたからか、セルビアにはグレイがどうしたいのか何となく察せられた。
とりあえずここにグレイの仲間が来る。
けれどセルビアがいると警戒されてしまうのは間違いない。
それでここに来られなかったら、せっかく彼らに用意された肉が他の動物に食べられてしまうかもしれない。
そう考えたセルビアは、グレイを残して森でることにした。
グレイが肉を守るように、置かれた肉の周りを旋回しているので、問題ないだろう。
セルビアは一度グレイに近づいて体を撫でると、グレイを置いてテントに向かった。
セルビアが少し離れた位置までくると、森の方から再び遠吠えが聞こえる。
きっとグレイが仲間を呼んだ声だろう。
セルビアはグレイの仲間を気にしながら、とりあえずテントに引き返したのだった。




