両成敗
議長を含めここにいる人間は元は街を守るために雇われているだけの者たちだ。
都合上階級のようなものが存在しているが、その実、雇われであることに変わりはない。
普段から隔離された生活を送っているせいで忘れがちになるが、彼がこの件を上に報告し、判断を仰ぐことも可能で、そうなった場合、処罰を受けるのは自分たちに間違いない。
それならばこの集落の中で穏便に済ませる方がいいだろう。
セルビアの父親のいい分を一通り聞いた議長は、この状況を報告された際、気に入らない者たちによる集団での嫌がらせと判断されてしまうと考えた。
まず証拠がない。
動物の襲来が多くなったのは事実だが、今のところ大きな害はない。
さらにセルビアの父親の言う通り、特定できる証拠はない。
セルビアが確信的に呼びよせていたのならともかく、彼女自身は普通に生活を営んでいるだけなのだ。
それを彼女のせいだと決めつけて糾弾し、集落から放り出していい理由にはならない。
「そうだな。セルビアを集落から離すのは賛成だ。それで収まるか収まらないかは別だがな。ただ、確かにそれでは不平等だ。セルビアが原因であっても、それはセルビアのせいではないし、本人もその自覚はないだろう。あの子を動物から引き離して生活させていたのは我々なのだ」
議長の言葉にセルビアの父親は少し期待の視線を向けた。
「では……」
そうつぶやいた彼を無視するように議長は続ける。
「セルビアには集落の外に出てもらうが、セルビアを焚きつけた者たちにも責任を取らせよう。とりあえずセルビアには街の宿で生活してもらう。我々が罪なき一人の少女をそのような立場に追いやるのだから、その費用の一部を負担、いくら宿に宿泊させるとはいえ、少女一人での宿泊は、ましてや今まで外に出すことを認めなかった上、知らない所に追いやられたら不安だろう。だからセルビアを宿で生活させる間、様子を見に行くことを認めよう。その分の勤務をこちらで負担する。もちろん給与を減らすようなことはしない。それでどうだ」
セルビアが集落を出ることで落ち着いた暮らしを取り戻せると期待していたところに、突然自分たちへの負担を申し渡された周囲は困惑の色を隠せない。
「こっちが費用を負担するんですか?」
「マジかよ……」
彼らがそうつぶやいたり確認したりを始めると、議長はため息をついた。
「事情を知らなかったとはいえ、本人に言われのない言いがかりをつけていて、それを止めなかったという点は事実として認められるべきだ。セルビアの事情を口外すべきではないと当時判断したとはいえ、いずれは伝えるべきことだった。何より、いじめの黙認が集落にとって良いものだとは言い難い。セルビアの責任を父親に追及している以上、一方的にいじめをしてきた子どもの責任も追及されるべきだろう。それでなくとも肩身の狭い思いをさせてきたのだからな」
議長からセルビアに落ち度がないことが明言されたことに、セルビアの父親は感謝を伝える。
「こちらの事情をご理解いただけて何よりです」
その言葉を受けて周囲の者たちが目を泳がせる。
確かに事情を知りながら子供たちの言動を止めなかったことに対して責任がないとは言えない。
しかしこれを肯定すれば自分たちの非を全面的に認めることになるからだ。
この流れだと支払いは確定したも同然だが、それでもセルビアに非がないとされるのは不服だ。
そもそもセルビアが外に出ることがなければ、これまで通り平穏な暮らしができたはずという考えが変わらないため、納得いかないのだ。
そんな彼らの声を汲んでか、議長はセルビアの父親に言う。
「ただ、保障については生涯という訳にはいかないからな。自立を促すという意味で協力を願いたい。セルビアが独り立ちしてくれたら、我々の負担は軽くなるからな」
どうやらセルビアが独立したら、支給を一方的に打ち切るらしい。
ただし、その時セルビアがここに戻ってこられる保証がない。
それなのに保障は生涯ではないのだという。
その点に置いて不満は残るし、追い出しておきながら、こちらで自立を促し、自分たちを早く楽にしろというのは自己中心的としか言いようがないのだが、この辺りが折り合いのつけどころだろう。
「それなら他の子どもたちも同じようにするべきと思いますが、それまでの生活費の負担でいいでしょう。準備などの時間はいただきます。その間も当然仕事は交代していただけますよね?」
セルビアが自立するまでのサポートもこちらに要求するのなら、当然その際に発生する負担についても肩代わりしてもらいたい。
お金を払えば解決するという話ではない。
まだ子どもであるセルビアを一人で放り出すなど、本来ならばありえない。
彼らがセルビアと同じ年の子どもに対しても同じように外に放り出すのならともかく、彼らはこの先も家族で暮らしていけるし、大人になったタイミングで自立することを許されている。
それだけで贅沢だ。
こちらは家族として過ごせるはずの時間すら彼らに奪われることになるのだ。
セルビアの生活の安定と、奪われた時間を取り戻すための家族の時間を少しくらい融通されてしかるべきだ。
そんな彼の主張を議長は認める。
「ああ、そうしよう。すまないな」
一人の罪のない少女を集落から追放する。
しかもそれはすべて彼らの都合だ。
自分の子供が同じ立場でも放り出すのか。
セルビアの父親はそこにいる全員を鋭く睨みつける。
「謝罪は最初にいただきたかったですね。こうして糾弾されていますけど、セルビアは何も悪いことはしていないのですから。あなた達のせいで無能扱いされたセルビアの傷が晴れることはないでしょう。それだけは忘れないでいただきたい」
そう言うと憤慨した勢いのまま、セルビアの父親は席を立った。
残された者たちもさすがにバツが悪いのか、うつむき加減のまま目だけで周囲の様子を伺っていた。
しかし議長が意見をくつがえすことはなかった。
そうしてこの件に関しては両成敗という形で、静かに寄り合いは閉会したのだった。