グレイの正体
「しかしお前、オオカミの群れのボスだったんだなぁ。よくやったぞ!」
「わぉ~ん」
団長の言葉に元気に答えたので、グレイはボスで間違いないらしいことがわかる。
「団長さん、グレイがオオカミだって気づいてたんですか?」
周囲がグレイを褒める中、セルビアが困惑して言うと、団員たちが顔を見合わせた。
団長からも先ほどまでの緊迫感が抜け落ちている。
「何だ、セルビアちゃんは気づいてなかったのか?」
「てっきり犬かと……」
そう答えながらセルビアはグレイを見た。
団長はいたたまれないといった様子でやはりグレイを見ると、その背中を撫でる。
「そっかあ、グレイ……、何ていうかなあ……」
「くぅ~ん……」
グレイも心なしか落ち込んだ様子だ。
「団長さんはどうしてわかったんですか?」
「そりゃあ、まあ、こうして動物と暮らす生活をしているしなぁ。知っての通り、その中には猛獣の類もいる。知識もあるし必然だ」
ここにいる動物たちだけのことではなく、動物全般に詳しくないとこの職に就くのは難しいだろうと団長は言う。
セルビアが来てから入れ替えなどはなかったが、ずっと同じ動物だけで回っているわけではないようだし、新しい動物を迎えるにしても、知識がなければ迎えられない。
何より動物同士の相性のようなものもある。
ここで生活する以上、動物たちを含め団員であり家族なのだから、そこまで考えるのは当然だという。
セルビアは団長の話を聞いて感心しながら思ったことを口にする。
「私は小さい時にこの子を拾っちゃったから、大きくなるんだなぁくらいにしか思ってなかったよ……。そういえばさっき、ニコルちゃんもオオカミって言ってた?」
セルビアがニコルの言葉を思い出して尋ねると、ニコルは大きくうなずいた。
「うん。オオカミだと思ってたから」
「そうなんだね……」
どうやら勘違いしていたのはセルビアだけらしい。
これまでずっと犬扱いだったけど問題なかったのだろうか。
だんだんセルビアの中でグレイに申し訳ないという感情が湧いてくる。
「まあでも、このまま犬ってことにしておいた方が何かと都合はいいだろうな。街で宿を使うにしても、犬なら部屋に入れられるけどオオカミだって言ったらちょっとってなるだろうし、使える宿も減るだろう。これまでも犬ってことにしてたから泊まれてたし、こっちはてっきり宿を使うための方便だと思ってたから特に突っ込まなかったんだ。まあ、これからもそうしておいた方が都合がいいとは思うがな」
もちろん団員が止まる宿にも犬ということにして許可を取っている。
グレイならおとなしくしているから文句を言われることはないだろうと判断してのことだ。
これからもテント以外でグレイと宿泊をしたいのならそのまま思っていた方がいいだろう。
「わかりました」
セルビアはそう言うと、さらにグレイを撫でまわしたのだった。
翌朝、といっても、グレイが帰って数時間もたたないうちに日が昇ってきた。
明るくなったこともあり、警戒しながら皆でテントから出て状況を確認に行くことになった。
外の環境が把握できていないし、敵がどこに潜んでいるかわからないため大人たちは昨晩から準備している武器を携帯している。
そこに勉強のためとセルビアとニコルもついていく。
もちろんグレイも一緒なのだが、今回グレイは先頭を悠々と歩いている。
見晴らしのいい牧草地を通って森に向かい、森を少し入ったところに大きなクマが倒れていた。
クマは血だらけで、多くの噛跡がいたるところに残っていて痛々しい姿だ。
凄惨な光景ではあるが、これがもしテントを襲っていたら、自分たちがひとたまりもなかったことがわかる。
でもこれをグレイと仲間たちがやったと考えると複雑だ。
実物を見たセルビアは複雑な感情を抱きながらも、倒れているクマをじっと見る。
一方、団長たちは冷静だ。
団長がクマを確認している間、大人たちが警戒を解くことはない。
彼らがいるからこそ、団長が安心してクマを観察できているのだ。
「このクマ、解体してオオカミたちに分けてやった方がいいだろうな、お礼として。皮は人間がもらってもいいだろう。これはグレイの功績だし、セルビアちゃんどうしたい?この大きさならそれなりの値がつくと思うぞ?」
このクマを倒したのはグレイたちだ。
肉は解体してグレイたちオオカミに戦利品として渡すとしても、その時に皮や爪が残る。
それらは素材として高く売れる可能性がある。
自分たちは様子を見に来ただけで、グレイの功績だから、飼い主であるセルビアが全部もらっても問題ないと団長は強気の発言をする。
「それはどちらでもいいんですけど、私、解体とかできないです。道具もないし」
クマの素材を次の街までもっていくのは構わない。
でも解体が自分でできないのでどうしようもないし、グレイの功績だけど自分の功績ではない。
それに素材が欲しいかと言われたら特にいらないし、そもそもこれをもらっていいものと認識していなかった。
けれど提案されて売れることがわかってしまうと、これがグレイやハリィの食費の足しにできないかとつい考えてしまう。
セルビアが遠慮がちに答えたせいか、団長は解体ができないから素材を持ち歩けないと捉えて、なるほどとうなずいた。
「そりゃそうだな。おい、羊飼い呼んで解体手伝わせるぞ。いったん引き上げだ」
「わかりました」
団長がそう声をかけたことで、警戒しながらクマから少し離れて警戒していた大人たちが戻ってくる。
そして念のため警戒を続けながら、森を離れる。
セルビアはそんな大人たちに囲まれながら、ただ黙って歩くだけだ。
そしてテントに戻ったセルビアは、張り詰めていた緊張を解く。
そして大人の数名は、この土地の持ち主である羊飼いのところに説明に行こうと立ち上がった。
すると外に出ようとしたタイミングで、羊飼いがテントの入口に姿を現した。
真夜中に森で動物の争う鳴き声が聞こえたこともあり、様子を見に来たのだという。
大人たちが団長に伝えに来ると、団長はそっちに行くと席を立った。
「昨晩の森は荒れてたみたいだな。何事もなくてよかった」
それを昨晩すぐに行わなかったのは、夜で暗かったため正確な状況判断が困難だったことと、鳴き声の近づく様子がなかったことから、下手に出て行き逆に彼らの興味を引き付けるようなことにならないようじっとしていたかららしい。
遠くに聞こえる話に耳を傾けながら、セルビアは同じような理由で団長からテントを飛び出さないよう止められたことを思い出す。
つまりそれがこういった場面での基本的対応ということだろう。
まだ話は続いていて、団長は被害はなかったがと前置きしてから言う。
「いや、何事もなくはなかったさ」
「どういうことだ?」
テントにけが人でもいるのかと、動揺した彼に、団長はそうではないと告げた。
何もなかったというわけではないがこちらに被害はない。
団長がそこに言葉を付け加える。
「とりあえず解体の道具を持ってついてきてくれるか」
「わかった」
それが動物を撃退したということを理解した羊飼いは、そう返事をすると団長を伴ってテントを離れたのだった。




