脱兎
セルビアたちが夕食を終えて、テントからさほど離れていない草の上に並んで星を眺めていると、そこにハリィがやってきた。
いつもはのんびり歩いてるハリィが小さい足を一生懸命動かしているので、急いでいるがわかる。
ハリィはセルビアたちのところに来ると、体を持ち上げて何かを訴え始めた。
「ハリィ、どうしたの?」
体をかがめてセルビアが聞くと、ハリィは一鳴きする。
「ぴぃー」
「元気ない?」
少し落ち込んだような声なのでセルビアが具合でも悪いのかと聞くと、それを否定するように今度は元気な返事が返ってきた。
「ぴぴぃー」
その後もなんだかハリィはそわそわした様子だ。
そこでようやくセルビアはいつも一緒にいるはずのグレイがいないことに気が付いた。
「そういえばグレイは?」
「ぴー」
もしかしたらグレイに何かあったのかもしれない。
だから助けを求めてハリィがここに来たのかもしれない。
そんな不安に駆られたセルビアは、ニコルに申し訳ないと思いながら、ハリィについてテントに戻ることにした。
「とりあえずついていけばいいのかな。わかった、行くよ」
そう言うとハリィはテントの中に入っていく。
「ごめんニコルちゃん、私から誘ったのに……」
セルビアがそう声をかけるとニコルは首を横に振った。
「いいよ。夜は長いし、あとでくればいいじゃない。それより今はグレイだよ」
「ありがとう」
セルビアはお礼を言うとテントに入っていく。
当然心配したニコルも一緒だ。
そうして二人はテントの中のセルビアのスペースに戻ることになった。
セルビアとニコルがとりあえず仕切られた場所に行くと、そこにはいつも通りのグレイがいた。
違うのは、グレイの前に小さな生き物がいることだ。
「わうわっ」
グレイが小さな白い生き物に話しかけているけれどその子からの返事はない。
そこにハリィが戻ったと言わんばかりに一鳴きした。
「ぴー」
ハリィがグレイの前にいる生き物のところに寄っていったので、二人がそこを見ると、そこにいるのは白い毛玉のように丸くなっているウサギだった。
「えーっと、うさぎさん?」
セルビアが困惑してそう言うけれどウサギからの反応はない。
そこで思い出したようにニコルが言う。
「そっか、うさぎってあんまり鳴かないんだったっけ」
「ぴぴっ」
その声を聴いて頭を上げたウサギはハリィを見て安心したのか、ウサギは自分に向かってくるハリィのところに自らてくてくと寄っていき、ぴたっとくっついた。
「ハリィのお友達なの?」
セルビアが二匹に尋ねると、グレイが代わりに応えた。
「くぅーん」
「違うのか……」
「わぅわぅ!」
どうやら二匹は友達というわけではないらしい。
仲は良さそうだけど、ここまでウサギの姿は見ていないし、おそらくこの地に住んでいるウサギなのだろう。
「じゃあ、どうしたんだろう?」
セルビアがつぶやくと、ニコルがそれに答えた。
「うさぎかぁ、何かから逃げてきたのかもしれないね」
近くに森があるし、他の動物に追いかけられてここに迷い込んだのかもとニコルは言う。
けれどセルビアはそれだと疑問が残ると、ニコルに質問した。
「でもテントって強い動物が多いからあんまり弱い動物は近づかないんじゃなかったっけ?」
セルビアに寄ってきた動物たちは小動物が多かった。
これからもその懸念があると心配するセルビアに団長が言った言葉だ。
実際ハリィを除けば小動物など寄りつかなかったし、宿を離れてからそのような心配はすっかりしなくて済んでいた。
でもこうして訪ねてこられると、動物が増えてくる可能性があるのかと不安が再燃する。
不安そうにしているセルビアにニコルが言った。
「それでもここにきたってことは、やむにやまれぬ事情があったってことじゃないのかな?」
「どういうこと?」
「ここにいる動物の気配より、追いかけてきている動物の方が怖いとか」
ニコルの言葉にセルビアは思わず目を見開いた。
「だとしたらサーカスも危険なんじゃ……」
集落でもそういう時は大型の動物が襲撃してきたり、時にそれは動物を追いやった人間だったりした。
集落であればどちらにせよ警戒をしなければならない対象だ。
サーカスでの環境に慣れすぎて忘れていた感覚がセルビアの中に蘇り、目を泳がせる。
そんなセルビアの様子を見たニコルは、少し考えてから言った。
「どうだろう。とりあえず団長に相談してみようか。セルビアちゃんも何か引っかかるところがあるんでしょ」
「そうだね」
団長ならこの現象について何か思い当たることがあるかもしれない。
夜だから寝ていたら申し訳ないけれど、不安があるなら聞いてもらった方がいいだろう。
幸い、まだ大人たちの声は聞こえているし、気にするほど遅い時間ではない。
考えている間に行動してしまったほうがいい。
二人は顔を見合わせると、団長の部屋に向かうのだった。
二人が団長を訪ねていくと、その勢いに驚いた様子を見せたものの、部屋に入れてくれた。
そこで二人は、セルビアの部屋にウサギが来ていることを説明する。
「というわけで、部屋にうさぎさんがきてるんですけど、ハリィのそばにくっついて離れないんです」
いつ入り込んだかわからないウサギが、自分のところにいると伝えると、団長は少し目をそらし、周辺の状況を思い出しながら言った。
「ここから少し行った先に森があるから、そこから迷い込んだのかもしれないが、それならすぐに逃げるだろうし、長く居つくことはないだろうね」
ただ迷い込んだのなら、脱出しようとあちらこちらを歩き回るはずだ。
そうなれば他の団員の目にも触れるだろうし、外に出たい様子なら出してやることもできる。
けれどセルビアの部屋に留まっているのだから、迷ったのではないのだろう。
「じゃあ、森に何かいるってことですか?」
ウサギが森から来たのなら、森に逃げてこなければならない理由があったということになる。
そう推測する二人に、団長はその可能性が高いとその意見に同意を示した。
「うさぎは地中に穴を掘って住んでいるから、普通ならそこに逃げ込んでやり過ごすと思うんだが、その子は入れてもらえなかったか、逃げるのに必死で戻れなくなったか、どちらかなんだろう」
「じゃあ、このままうさぎさんを森に戻したら……」
団長の言葉を聞いたセルビアがさらに質問を重ねると、団長は首を小さく横に振る。
「その動物がまだ森にいたら餌食になってしまうね」
団長の答えを聞いたセルビアとニコルは顔を見合わせた。
「それはちょっと……」
「私もそれは……」
ただ迷っている子なら森に返すなり出口から出してあげればいいと思っていたが、ハリィやグレイの様子からもそうではなさそうだった。
それが団長の言葉で確信に変わる。
二人がどうにかならないかと団長に目を向けると、団長は笑いながら言った。
「ハリィとグレイのところが落ち着くならしばらくいさせてあげればいいさ。今晩はここを借りるし、朝になったら何か変わるかもしれないからね」
一時避難をしてきただけなら、起きたらいなくなっているかもしれない。
おとなしくしているのなら、夜に追い出す必要はない。
とりあえず今晩はテントにおいていいと団長が許可すると、二人は安堵の息をついた。
「じゃあ、私のところで一緒にいるようにします。ありがとうございます」
団長の言葉にセルビアが感謝していると、ニコルがセルビアに聞いた。
「狭くない?」
セルビアのところにはグレイとハリィがいる。
そこにウサギまで増えては狭いのではないかと聞くと、セルビアは問題ないと笑った。
「うん。うさぎさん小さいし大丈夫だよ」
「そっか。また様子を見に行っていい?」
「もちろんだよ」
とりあえず今晩のことは決まった。
明日のことは、ウサギが明日もここにいたら、その時考えればいい。
団長が話をまとめると、改めて二人はお礼を言って、グレイたちのところに戻るのだった。




