通いハリネズミ
翌朝、目を覚ましたセルビアは思わず足元を見た。
昨日グレイを庭に出してから眠ってしまったため、戻っていないか不安だったからだ。
思わず確認した結果、グレイは定位置となっているベッドの足元に体を丸めていて、セルビアの起きた音に反応して体を起こした。
幸い汚れもケガも見当たらない。
そして夜に尋ねてきたハリネズミは家に帰ったのかここにはおらず、いつも通りグレイだけがそこにいた。
「よかった。グレイ戻ってたんだね」
「わぅわぅ!」
セルビアが言うとグレイは当然だと言った様子で返事をする。
「じゃあ、着替えたらご飯に行こうか。お仕事があるからテントに戻らなきゃ」
そう言いながら、セルビアはすっきりとした様子で出かける準備を始めた。
そして朝食を済ませるとテントに戻るため宿を出発する。
グレイもいつも通りセルビアの横にくっついていて、いつも通りだ。
そのためセルビアは昨晩のことは偶然だろうと思うことにしたのだった。
そうして直接興行用のテントに向かったセルビアは、先に準備を始めてくれているニコルにお礼を言うと、さっそく準備に加わった。
準備を始めるとグレイは売店の片隅の邪魔にならない位置に移動して体を丸める。
こうなれば後はいつも通りだ。
自慢の許す限り、より多くの材料を運び込んで、客入れを待つ。
「ニコルちゃん、準備ありがとう」
準備が落ち着いたところでセルビアが改めてニコルにお礼を言うと、ニコルは手をひらひら振って笑った。
「お礼を言われるほど進められてなかったし、私が宿に泊まってるときはセルビアちゃんがやってくれてるんだからお互い様だよ。それよりせっかくの宿なのに、気を使って結構早く出てきちゃったんじゃない?」
セルビアの到着が早かったからか、ニコルが気にして尋ねると、セルビアは首を傾げた。
「そんなことはないと思う。いつも通りじゃないかな」
「いつも通りの時間にここに来たってことは早く出たってことじゃん。明日は準備も少ないしもう少しゆっくりでいいからね」
自分が宿を使っている時はもう少し遅く到着している。
もともとそれでもどうにかなっていたので、セルビアが気を使って早く戻ってくる必要はない。
せっかくの貴重な宿の利用日なのだから、くつろいでほしいとニコルが言うので、セルビアはとりあえずうなずいた。
そんな話をしているうちに客入れが始まった。
そうなったら雑談をしている余裕はない。
少なくともショーが始まるまでは大忙しだ。
二人は入口の方から聞こえてくる声と、入ってくるお客さんを確認すると顔を見合わせて、ここからが勝負だと確認しあった。
ショーが始まって落ち着いたところで、セルビアはグレイの方を見た。
するとグレイの前で何かが動いている。
驚いたセルビアが、そこに向かうと、おそらく昨晩部屋にやってきたと思われる子がそこにいた。
「ハリネズミさん、ここまで来たの?」
サーカスの売店の前にある小さな影に気が付いたセルビアが声をかけると、ハリネズミの方はすっかり慣れた様子で返事をした。
「ぴぴっ」
それが遊びに来てやったぜ、なのか、こんなところまで来られてすごいでしょうなのか、セルビアにはわからない。
けれど宿の部屋とは違ってここにいてもいいかどうか決める権限がセルビアにはない。
「ここには大きな動物さんとかいるから、帰った方がいいんじゃないかな?」
「ぴー」
とりあえずセルビアが変える方向で促してみると、ハリネズミは不満そうに鳴く。
その声に反応したのはグレイだ。
「くぅーん」
いつもなら動物を追い返すのに積極的なグレイはなぜかこのハリネズミに関しては追い払おうとしない。
むしろ、一緒になってセルビアに何かを訴えかけてくる。
「グレイどうしたの?」
「くぅーん、くぅーん」
しょんぼりとした鳴き声を繰り返すグレイに、セルビアはとりあえず思いついたことを聞いてみることにした。
「ハリネズミさんと遊びたい?」
体を丸めておとなしくしていたので違うような気もしたが、昨晩はハリネズミと外で遊んでいたのだし、仲良くなったのは間違いないだろう。
ただ、そうだとしてもここでというのは良くない。
せめて宿の庭か、宿の部屋の中にしてほしい。
もし遊びたいのならグレイを先に宿に返そうかと考えて尋ねると、グレイは首を傾けてじっとセルビアを見上げた。
「くぅーん」
「違うの?」
「わぅわぅ」
グレイはハリネズミと遊びたいとか出かけたいというわけではなさそうだ。
でも追い返したいわけでもないようなので、単に話し相手が欲しいくらいに思っているのかもしれない。
ただグレイはいつもこの時間転寝しているはずなので、起こされていいものなのかと思わなくもないが、他に思い当たることもないので、とりあえずグレイに聞いてみる。
「じゃあどうしたいのかな。もしかしてグレイが見ててくれるってこと?」
「わぅわぅ」
どうやら自分が見ているから、この子をここに置いておいてほしいということらしい。
どうしてグレイがそこまでこの子に肩入れするのかわからないが、この子にはきっと、セルビアにはわからない、何か事情があるのだろう。
「そっか。じゃあ、ハリネズミさんをグレイにお願いしようかな。私は仕事しないといけないんだ。でも、ハリネズミさんは満足したらちゃんと自分で帰るんだよ?」
「ぴぴっ」
とりあえず、グレイもハリネズミも双方が一緒にいたいと思っているらしい。
周囲の邪魔にならないのならそれでもいいだろう。
昨日もハリネズミはどこからかやってきて、朝にはいなかったのだし、帰るところはきっとあるはずだ。
きっと退屈だから遊びに来たとそんな感じだろう。
セルビアは仕方ないとため息をつくとニコルのもとに戻った。
そして休憩や入れ替えのたびに忙しく過ごすうち、ハリネズミのことはすっかり抜け落ちたのだった。
セルビアの宿泊している宿には来なくなったが、翌日以降、ハリネズミはテントに現れるようになった。
ハリネズミはテントに現れては、グレイのところに行って、丸まっているグレイに埋まって身を隠す。
移動するときは背中に乗っかっているけれど、小さくなってしがみついているからか、グレイの毛に同化して見えにくくなっている。
そしてハリネズミはあくまでグレイのそばにいるだけで、動き回ったりしないので、セルビアが声をかけなければ、特に誰も気にする様子はない。
それもあってハリネズミはグレイがいる間、興行用テントに居つくようになってしまったのだった。




