ハリネズミの訪問
皆でと夕食を済ませると、各々部屋に吸い込まれていった。
ここからは一人の時間だ。
食事はおなかいっぱい食べたものの、部屋で一人になって落ち着かないセルビアはお茶を入れた。
それでも何となく手持無沙汰になり、袋の中のお菓子のいくつかに手を伸ばす。
「久々に一人だよ」
「わぅわぅ!」
自分がいるよと言わんばかりにグレイが鳴くので、セルビアはグレイをわしゃわしゃと撫でまわした。
「一人じゃないね、久々に二人だ。今日は一緒にいてほしいな」
セルビアがそう言うと、グレイが元気よく返事をした。
「わぅわぅ!」
もしかしたら自分が寝てから外出してしまうかもしれないけれど、一度寝たら起きない体質らしいので、そのあとに出かけていてもグレイをとがめるつもりはない。
でもせめて、起きている時はそばにいてくれたら安心だなと、セルビアはそんなことを思いながら、必要以上にグレイを撫でる。
グレイはセルビアが落ち着かないことを理解しているのか、久々にたくさん撫でられて嬉しいのか、しっぽを振りながらされるがままになっている。
ひとしきりグレイを撫でまわして落ち着いたセルビアは、一人で食べていても仕方がないと途中で食べるのをやめて、手を付けたばかりのお菓子を片付けた。
そしてお茶を飲み干してベッドに入る。
するとほどなく寝つきのいいセルビアは、先ほどの不安などなかったかのように、さっさと眠りについたのだった。
しばらくした頃、セルビアが眠っていると、グレイがドアを、爪を立てずに引っかきだした。
セルビアはその程度の音では目を覚まさないため、グレイは考えた末、ベッドの足に何度も体当たりを繰り返す。
その結果、さすがにその揺れに驚いたセルビアが目を覚ました。
「開けてほしいの?でもそっちに出ていくんなら一緒に行かなきゃいけないからちょっと待って」
「くぅーん」
眠そうに眼をこすりながら体を起こすセルビアを見て、グレイは再びドアをひっかく。
それを眠そうに見ながら、自分を起こすなんて珍しいと思いながらセルビアはベッドから降りてグレイのもとに行った。
グレイが待つことを不満に思っているように鳴くので、食堂の方に出ていきたいのではないのかもしれないとセルビアは思い直してもう一度聞き直す。
「とりあえず開ければいい?」
「わうわう」
グレイはそう肯定するが、本当はあまりこちら側を開けたくない。
夜中に廊下のドアを開けて、酔っ払いが来たらグレイがいても対処が面倒だからだ。
宿の食堂はたいてい夜になると酒を提供する店になる。
実際まだ声が聞こえてくるので営業中だろう。
けれど珍しくグレイがしつこいので、セルビアはため息をついて了承した。
「わかったよ……」
とりあえず開けてほしいというのなら開けてすぐ閉めればいい。
きっとグレイは出ていかないだろう。
そう信じてセルビアがドアを開けると、そこには体丸めた一匹のハリネズミが丸まって落ちていたのだった。
「え、ハリネズミ?」
セルビアが見たままの状況を思わずつぶやくと、それに答えるようにハリネズミが丸まった体を元に戻して可愛らしい声で鳴いた。
「ぴぴっ」
その声に思わずセルビアは周囲を見回して思わず安堵の息をついた。
どうやらドアを開けた時にぶつかって怪我をさせたわけではないらしい。
ぶつかった感じはなかったけれど、身を守る姿勢をとっているように見えたこともあって、まずそれが心配になったのだ。
過去のことを思い出して不安になったセルビアは、思わずあたりを見回すが、ここにきているのはハリネズミー匹だけのようで、仲間と群れを成してということではないらしい。
「ハリネズミさん、一匹だけだね、どうしたの?」
セルビアの言葉を通訳するかのように、今度はグレイが鳴く。
「くぅーん」
「ぴー」
「わぅわぅ」
「ぴぴっ」
どうやらこのハリネズミには何か事情があるらしい。
キキの時と同じようにグレイとハリネズミが会話をしているが、酔っ払いの声が騒がしいとはいえ、近くの部屋には就寝している人がいるかもしれないし、ここで迷惑はかけられない。
何より早くこのドアを閉めたい。
セルビアはとりあえず彼らの会話に割って入ることにした。
「二人で盛り上がってるけど、グレイ、ハリネズミさん、乗せてあげたの?じゃあ、とりあえず中に入って。あんまり廊下で話してるのはよくないから」
「わぅわぅ」
セルビアが言うと、グレイは返事をして、ハリネズミを頭に乗せて部屋の中に戻ってきた。
その様子を見たセルビアは、前にサーカスのサル、キキを乗せてたこともあったなと、そんなことを思い出す。
そのため、グレイがまた何かトラブルに向かっていくのではないかと不安に思ったが、部屋に入ってからどこかに行く様子はない。
どうやらグレイはハリネズミを中に入れてあげたかったようだ。
とりあえずハリネズミはグレイに乗ったまま部屋の中に入ってきた。
ハリネズミは背中に移動したり乗り心地の良い場所を探して動いているけれど、グレイは我関せずといった様子で、いつものようにベッドの足元で体を丸めている。
「ぴぃー」
最初はグレイの上をうろうろしていたハリネズミが、相手にされなくて飽きてきたのかしょんぼりとした声を出した。
その声にグレイは頭を上げて背中にいるハリネズミの方を見る。
「ハリネズミさんはグレイとお出かけしたい?庭でいいかな?」
「わぅわぅ」
セルビアがベッドの上でゴロゴロしながら声をかけると、グレイが代わりにそれを肯定した。
どうやらハリネズミはすることがなくて退屈していたらしい。
グレイは夜行性だからかどちらでもいいらしい。
ただ、セルビアがそばにいてほしいと言ったからそれに従ってくれたようだ。
「じゃあ、そこから出て、仲良く庭で遊んでて。私はもう寝るから。ちゃんと帰ってきてね」
セルビアが言うと、今度はハリネズミが声を上げた。
「ぴぴっ」
セルビアは重たい体を起こして、庭につながる出入口を開けた。
場所がわかればいつも通り、グレイは勝手に出入りするだろうとそう考えてのことだ。
セルビアが許可をすると、ハリネズミを乗せたまま、グレイは慣れた様子で庭に出ていった。
庭の中で何かしているようだから、この様子なら遠くへ行く心配はなさそうだ。
とりあえずセルビアは二匹を庭で遊ばせて、ひと眠りすることにしたのだった。




