慣れない宿
サーカスの一団はセルビアが初めて一人で宿を使うことになる街に到着した。
セルビアは朝からテントを出てグレイと一緒に宿に向かうことにした。
いつも通りニコルと街を見て回る予定だが、ニコルはテント内で自分の部屋を整えてから出るということなので、
残念なことに今回はニコルと一緒ではない。
最初から想定されていたことなので仕方がないと、セルビアは頭を切り替える。
一人である程度の場所と名前を教えてもらっていた指定の宿を探し、無事に手続きを済ませると部屋に入って鍵をかけた。
そしてそのままベッドに体を預ける。
「緊張したよ……。でも宿の人も感じがよくてよかった……」
最初は子供が一人でどうしたのかと宿側に心配されたが、サーカスの団員だと伝えると、すぐに理解して部屋に案内してくれた。
ニコルがいた時はそんなことを言われなかったので、おそらくセルビアが不慣れで挙動不審だったのが原因だろう。
サーカスの人を迎えるために用意してくれた宿だから、変なところにあたることはないと聞いていたけれど、それも本当のようだ。
でも次は、宿の人に心配されないよう、堂々としていなければとセルビアは思った。
一度はベッドに体を横たえたセルビアだが、そんな余裕はない。
宿に荷物を置いたら広場で落ち合おうとニコルと約束をしているのだ。
このままでは眠ってしまうと慌てて体を起こすと、お金の入ったカバンをもって、しっかりと戸締りを確認してから部屋を出る。
幸いにもこの習慣は最初にいた宿で身についていたので問題はない。
そして宿の人に出かけると伝えると、グレイとともに待ち合わせをしている広場に向かう。
少し休憩したとはいえさほど時間は経っていなかったはずだが、広場にはすでにニコルがいた。
「ごめんね、待たせちゃったみたいで」
自分が手間取ったから待たせたのではないかとセルビアが言うと、ニコルはそうではないと言った。
「ううん、全然。部屋を決めて荷物置くだけだからすぐに出られただけだよ。それより大丈夫だったでしょう?」
身軽になっているセルビアを見て、無事に荷物を置けたのだと理解したニコルが言うと、セルビアは宿に入る時のことを思い出して苦笑いした。
「うん。ちょっと緊張しすぎて宿の人に心配されちゃった」
宿に入って声をかける際、緊張していたのもあって、親とはぐれた子供かと思われてしまった。
すぐにそれを否定できたから無事だったけど、あそこで慌てて何も言えなかったら、街の役場のようなところに連れていかれていたかもしれない。
セルビアがそう言うと、ニコルはその程度かと笑った。
「でも部屋に荷物も置いてきてるみたいだし、無事に終わったんだから、もう気楽に考えていいんじゃないかな。私も自分から先に話しかけられないと、宿で間違われることあるからわかるよ」
「ニコルちゃんでも?」
ニコルもセルビアと年齢は近いし年恰好も近い。
一人前に働いているけれど、見た目はまだまだ子供だ。
セルビアと一緒に宿に入る時、あれだけ手際よくやって見せてくれたニコルが、今回のセルビアのように言われることがあるということを意外に思って聞き返すと、ニコルはうなずいた。
「うん。だから気にすることじゃないよ」
「そっか。そうだね」
ニコルでもそうなら初心者のセルビアでは仕方のないことだ。
それに、今のニコルの言葉にヒントもあった。
次があれば、その時は自分から先にサーカスの人間だと伝えればいい。
セルビアがそんなことを思っているとニコルはセルビアの手を引いた。
「とりあえずご飯食べようよ。私も今日の昼食はいらないってマダムに言っちゃってるから、食べていかないと夕食までおなかがもたないよ」
「そうだね。私も落ち着いたらおなかすいてきちゃった」
いつも通りのニコルとの会話に落ち着きを取り戻したセルビアは、ニコルとともに街の散策に乗り出した。
話し込んでいたためセルビアの足元で丸まっていたグレイもすぐさま立ち上がってくっついてくる。
そうしていつもの通りこの街も散策するのだった。
街を散策しつつ、少しお菓子を買い込んだセルビアがニコルと別れて宿に戻ると、ちょうど団員の女性の一人が到着して部屋に入るところだった。
「セルビアちゃん、お部屋そこなんだね。私ここだから、何かあったら遠慮なく来てね」
そう言って中に入ろうとした女性団員に、セルビアは珍しく自分から誘いをかけた。
「はい。ありがとうございます。あの、夕食はどうされますか?」
もしよかったら一緒にという言葉を伝える前に察してくれたのか、彼女はあっさりと答えた。
「他の人たちが来てからにするつもりだよ。まだ時間かかってる人もいるから、ちょっと待つことになっちゃうと思うけど、一緒に食べる?」
「はい。お願いします」
とりあえず夕食は団員と一緒に食べられそうだ。
セルビアがお辞儀をしてお礼を言うと、彼女が言った。
「わかった。じゃあ、皆が集まったら声をかけるよ。途中でおなかがすいて我慢できなくなったら先に食べちゃってていいからね」
「大丈夫です。さっきまでニコルちゃんと街で食べ歩きしてたので、むしろすぐじゃなくてよかったです」
ニコルと一緒に街を回りながら気になるものをたくさん食べてしまったセルビアは、夕食の話を切り出したものの、実はそんなにおなかがすいていなかった。
すぐ食べに行くと言われてもついていくつもりだったけど、あんまり食べられなくて心配をかけることになってしまったかもしれない。
セルビアが正直に実はおなかがすいていないと女性に伝えると、街を楽しめたみたいでよかったと、セルビアの抱えている袋を見て笑った。
「そっか。たしかにお菓子も持ってるみたいだし、大丈夫か。じゃあ、あとで」
「はい」
それぞれ荷物を置いたり休憩をしたりする必要があるため、とりあえず互いに部屋に戻ることになった。
セルビアは部屋で呼び出しが来るのを待つだけだ。
ちなみに抱えているお菓子はここで食べるものではなく、テントに戻って次の街に移動するまでのおやつなのだが、宿が町中にあるため、今日食べる分をたくさん買ったと思われたかもしれない。
そうだとしたらこれは一日で食べるものじゃないと訂正した方がいいかもしれないと、セルビアは思わず自分の持っているお菓子の袋を覗き込むのだった。




