売店員のプライド
初めて宿を使ってグレイの見えていなかった側面を見たセルビアだったが、それからも関係に変化は見られなかった。
セルビアはグレイの行動を規制することもしないし、グレイが隠していることを直接尋ねることもない。
本当に心配ならば首輪をつけてリードで固定するとか、そういうことを考えたりする飼い主もいるだろうが、セルビアはそういったことをしなかった。
外出するのを見られたグレイはそもそも気付いているかわからないけれど、こちらもいつも通りに過ごしている。
この日の朝、セルビアとニコルにとっていつもと違ったのは、テントでは考えられないほど早い時間に朝食を終えて、宿から早く出なければならなかったことだ。
テントの設営のタイミングで出てきてしまったから、今日から始まる興行の売店の準備が終わっておらず、最低でも今日販売する分は、そちらに移動しておかなければならない。
それを開始までに済ませなければならないのだ。
テントに戻った二人は、マダムに声をかけると、休むことなく荷物のもとに向かった。
当然、荷物は荷台に積まれたままになっている。
これらを解いて、二人は必要なものを手あたりしだい売店に運び始めた。
「この感じ久々だよ」
ニコルは宿を使うたびに同じ事態を迎えていたが、最近はずっとテントにセルビアがいた。
そして仕事を覚えたセルビアが、先にわかるものを運んでくれるようになったので、少し遅くてもよかったのだ。
しかし今回はそのセルビアも一緒に宿に泊まっている。
ただ、セルビアはすでに戦力となるため、一人の時よりは余裕があるとニコルは笑った。
「これまではニコルちゃん一人でこれをやってたんだよね。早く追いつかなきゃって思って、いないときに何度か荷下ろしとかしてみたけど、一人でやるとわからないことも多くて手が止まっちゃうんだ」
いざたくさんの荷物を目の当たりにし、一つ一つ中身を確認しながら運んだりしていたが、初日に必要ないものまで運んでしまったり、足りないものがあったりということがあった。
多く運ばれている分はいいが、不足は良くない。
始まってから気が付いたら遅いから、ニコルが確認するのだが、まだ運び忘れがあって、ニコルがそれを持ってくるのだ。
今度は不足がないようにと慎重に考えながらやっていると、時間が遅くなり、最後まで終わらない。
結局、翌朝、ニコルに手伝ってもらうことになる。
だから自分が作業してしまうのは、ニコルからすれば二度手間なのではないかと思ってしまうのだが、ニコルはそんなことはないという。
「それでもかなり準備してくれてたから、セルビアちゃんのおかげでゆっくりできるようになったんだよ。もうセルビアちゃんは大事な家族だし、戦力になってるよ。選別の加減は難しいかもしれないけど、どうしてもわからなかったら全部運んだっていいんだもん。最終日までには使い切る予定だし、使わなければ戻すだけだから。こうやって何往復も運ぶだけで大変だからそこがないのは大きいと思う」
一度に運べる荷物の数は限られている。
テントの中に荷馬車を入れることはできないから、離れたところに止められた荷台から手で抱えてテントの中の売店まで何往復もしなければならない。
本当に間に合わなそうだと判断されたら大人たちも手伝ってくれるけど、ニコルとしては自分の城は自分で守りたいと思っている。
だから手を出されないように、自分で準備を終えられるようにしたのだ。
もちろんそれをセルビアに押し付けるつもりはない。
これはニコルのプライドの問題だからだ。
「役に立ててるならよかったよ。言われてみれば場所が狭くなるから分けて運んでるだけで、全部手元にあってもいいんだよね。その方が在庫もわかるし」
興行中に販売するものは食べ物が多い。
そして、次の街に行く時までにこれらを売り切って、空いた箱の中に市場でその街の名物品を詰め込んでから出発する。
不足は現地調達もできるし、特に食べ物は残っても困るため、早く売れたら売り切ってしまっていいことになっている。
ちなみに売り切れないと判断された場合は、団員の食事として出されるので無駄にすることはないけれど、これらがたくさん食卓に並ぶと、店員としては複雑な気持ちになる。
いくつかの街を回りながら、ニコルだけではなくセルビアも似たような感情を持つようになっていた。
「そうだね。でも狭くて動きにくくなっちゃうんだよね」
全部運んであれば楽だし在庫も管理しやすい。
けれど売店は狭いので保管に限度がある。
置けたとしても、自分たちが動きにくくなることで販売速度が落ちたら売り上げが下がる。
自分たちの勝負所は入場から興行開始までと、休憩中なのだ。
ここでいかに売るかが勝敗を分ける。
ショーの間、客は皆そちらに集中していて、よほどのことがない限り席を立って売店に来るものは少ない。
あえてそのタイミングを狙ってくる人もいるけれどそれはまれだ。
ちなみにショーが終わったらお客さんは入れ替えになるので、ほとんどの人が外に追いやられてしまうから、次の入場があるまでやはり売れないのだ。
「時間あるときに売り歩きとかしたら変わるかな」
セルビアが並んで歩くニコルにそう言うと、ニコルは首を傾げた。
「どうだろう。売店を固定する前って実は売り歩きしてたんだけど、行ったり来たり作ったりって感じで、手間の割には売上上がらなかった気がするんだよね。それより場所を固定して来てもらった方が手間もかからないし回転もいいからって今の形になったんだ」
売り歩きの場合、商品を抱えて歩かなければならないし、さらにそこでお会計などもしなければならない。
商品がなくなれば補充のために拠点に戻る必要もあるし、戻った拠点では作るところから始めなければならなかった。
それにショーの最中に売り歩くと、売り子が歩いたことで視界が遮られて見えなかったと言われることもあった。
「そっか」
今の形になるまで、いろいろ工夫をしたらしい。
その結果が今の形に落ち着いたのならこれが一番いいのだろう。
セルビアとニコルは荷物を抱えて何往復もしながら、そんな話をしていたが、グレイは準備を手伝うつもりも邪魔をするつもりもないらしく、売店に運ばれた荷物の見張り番といわんばかりに定位置でまるまっていたのだった。




