夜更かしとグレイの外出
夕食から戻る時、グレイのご飯を別に受け取ったセルビアは、それを持って部屋に戻った。
グレイの近くにそれを置いたが、グレイは少しご飯を見たものの、再び体を丸める。
ここではとられる心配がないから、あとで食べればいいという感覚なのだろう。
「グレイが一番疲れたのかもね」
「うん」
丸まってるグレイを見下ろしてから、二人はそれぞれのベッドに腰を下ろした。
「今日はずっと遊んでばっかりだった気がするよ。明日から仕事なんだよね」
「そうだよ。でもこういう日があってもいいと思うんだ。お休みっていうからには、体を休めないといけないかもしれないけど、遊びに行って気分転換したり楽しんだしてもいいんだよ。自由に使っていい日なんだから」
宿を使うのは、テント生活で取れない疲れを取るため、というのが名目だ。
実際には取引先が紹介してくれた宿が大半なので、彼らの顔を立てるためなど大人の事情もあるのだが、それは使う側には関係ないことであるため、表立って説明されていない。
ただ、宿を使っている時はテントにいる時とは違う開放感があるし、寝ているだけで疲れがとれるのかといわれるとそれも違う。
心身ともに整えるためにはやりたいことをする時間も必要ということなのではないかとニコルは自分の解釈をセルビアに伝えた。
「そうだよね。でも今日が今までの中で一番楽しかったなって思ったんだ」
セルビアがの言葉を聞いたニコルは笑いながら手元のお菓子を見せる。
「今日はまだこれがあるよ?」
これから夜更かししておしゃべりをすることになっている。
ニコルが持っているのは、その時に食べようと用意したお菓子の入った袋だ。
それを見たセルビアは思わずうなる。
「うん。でもさすがにしっかりご飯食べたからお腹いっぱいなんだよね」
「無理に食べなくてもいいし、あー、お茶でも飲もうか」
そう言って立ち上がろうとしたニコルを止めて、セルビアが言った。
「うん。私が入れるよ」
「ありがとう」
じゃあお言葉に甘えようかなニコルは立ち上がりかけた体を再びベッドに戻したのだった。
セルビアは慣れた手つきで二人分お茶を用意すると、一つはニコルの枕元にある小さな棚に置いて、自分は手に持ったままベッドに座った。
そこからしばらく、たくさんの話をした。
途中でお茶を追加したり、おなかはすいていないと最初は言っていたセルビアも、ニコルが食べているのを見ているうちに、買ったお菓子が気になって、ついそれに手を付けたり、買ったお菓子を見せ合って、互いに交換して食べたりする。
そしてまたそのお菓子について感想を言い合ったりして盛り上がる。
そんなことを繰り返していると、時間はどんどん過ぎていった。
「一日って、こんなにたくさんのことができるんだね」
「そうだね。予定を詰め込めばいろいろできると思うよ」
これまでここまで自分のために一日を使った記憶がない。
家にいる時は出かけられても集落内だけだったし、大半は家の手伝いをして過ごさなければならなかった。
出かけても楽しいことはなかったし、友達もいない。
それどころか、買い物一つ一人でできない無能者と扱われるから、外を歩くにしても同年代とは会いたくなかったくらいだ。
思わず過去の自分と比較してセルビアが黙っていると、ニコルが言った。
「眠そうだね。そろそろ寝ようか。一応明日は朝ご飯食べてから出るから、ちょっと早めに出発になるし」
「うん。今日はちょっと欲張りすぎちゃったかな。本当にニコルちゃんと出会えてよかったって、改めて思ったよ」
自分の考えていたことを素直に口に出すと、ニコルは笑いながら言った。
「嬉しいこと言ってくれるなぁ。私もだよ。じゃあ寝ようか。また明日」
「うん、おやすみなさい」
そうして夜のおしゃべりを切り上げて二人は床についたのだった。
深夜、ニコルは物音の気が付いてセルビアに声をかけた。
「セルビアちゃん、セルビアちゃん」
「なぁに?」
ニコルに何度も声を掛けられ、体をゆすられてようやくうっすらと起きたセルビアに、ニコルが言った。
「起きて」
改めて起こされたセルビアは驚いて飛び起きた。
「えっ、私寝坊した?」
これまで寝坊することなどなかったが、慣れない夜更かしをして寝坊したのかと焦ったセルビアが辺りを見回して困惑していると、ニコルが慌ててセルビアの口を手でふさいだ。
「し一つ。大丈夫だよ。まだ夜中だから、寝坊じゃないよ」
ここで大きな声を出したら宿に迷惑をかけてしまう。
どうにかセルビアを落ち着かせようとニコルが言うと、セルビアはそのまま目を凝らした。
慣れてきた目で見ても周囲は暗い。
とりあえずニコルのいう通り、まだ夜中なのは間違いなさそうだ。
セルビアはとりあえず首を縦に振ると、ニコルはその手を離した。
「よかった。それじゃあ、どうしたの?」
「ちょっと来て。あ、静かにね」
「うん」
ニコルに促されて静かに窓のほうへ行くと、ニコルは外を指さした。
「ほら、あそこ」
「え、グレイ?」
ニコルに言われたほうを見ると、すでに外に出たグレイがどこかに出かけていく後姿が見えた。
「ついていった方がいいのかな?」
親のような心配の仕方をするセルビアを、ニコルは止めた。
「行かない方がいいと思う。もし仲間に会いに行ってたり、狩りをしてるなら邪魔になっちゃうから」
「そっか」
グレイはずっとセルビアと一緒にいるから、すでに人間のにおいはついてしまっているかもしれない。
それでもこうして出かけていくのには何か事情があるのだろう。
もし、この状況でも仲間に受け入れられているのなら、人間はついていかないほうがいい。
グレイが人間を引き込んだと思われたら、グレイは仲間を失いかねない。
もしかしたら一人で狩りをしたり、散歩をしたりしているだけかもしれないけれど、もしもということもある。
それに自分たちがグレイと同種の動物に襲われたら、食べられてしまう可能性がある。
基本的に彼らは肉食なのだ。
「あのさ、起こしたのは、セルビアちゃんも知っておいた方がいいかなって思ったからなんだ。グレイは私たちを起こさないように出かけてるけど、こんな感じだよって教えてあげたかったから」
確かにニコルが起こしてくれなかったら、こんなグレイを見ることはなかったかもしれない。
テントだと仕切りで部屋が分かれているし、ニコルがグレイの外出に気が付いても、わざわざセルビアを起こしに隣に行くことはない。
むしろそんなことをしたら、自分が怪しい人になってしまう。
でもここなら違う。
同じ部屋だし、声を掛けられる。
何より、グレイが外に出てしまえば、壁の向こうなのでこちらの動きも察知されにくいし、こちらはグレイの様子を窓から見ることができる。
だからこのタイミングが一番いいとニコルはセルビアを起こすことにしたのだ。
「うん。ありがとう」
セルビアはニコルに感謝を伝えると、再び視線を窓の外に向けた。
そして夜中にこちらに背を向けて小さくなっていくグレイの姿を凝視するのだった。




