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なぜか、ふわふわもふもふが、みんな私に使役する  作者: まくのゆうき


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二人部屋での宿泊

それから数日後。

予定通りサーカスの一団は次の街に到着した。

いつも通り生活用のテントが設営されていき、セルビアたちはそこに荷物を運びこんでいく。

何度もやると何となく分担が見えてくるので、動きがスムーズになる。

セルビアもすっかり慣れていた。

この街ではサーカス団の一員になってからセルビアが初めて宿を使うことが決まっている。

すっかりテントに慣れてしまったセルビアは、久々の宿泊に緊張気味だ。

初日はテントでいつも通り寝食をして、いつも通り翌日の会場設営の時間、二人には空き時間ができた。

いつもならここで街に買い物に行こうと二人で出かけるのが定番になっていたが、今日は違う。

このまま二人は宿に入るのだ。



「セルビアちゃん、大丈夫?普段テントで使っている枕とかはそのまま置いておいて平気なんだ。お買い物に必要なお金とか、着替えだけを持って宿に行けば大丈夫だよ。毎日ここに通うんだし、足りなかったら取りに来られるから」


出かける間際に荷物をまとめているセルビアを見てニコルは慌ててそう言った。

セルビアからすれば、宿に行くなら荷物はすべて持っていかなければならないという認識だったが、今回の宿の利用はあくまで一時的なもので、生活拠点を移すわけではない。

それに宿に泊まるからといって、仕事がないわけではなく、当然毎日宿からテントに通って働くことになるのだ。

ニコルにそう言われて、セルビアはまたここに戻ってこられるのだと、安堵の息を吐いた。


「確かに毎日テントに来るんだから、必要最小限でいいんだよね。全然気が付かなかったよ」


前に宿に泊まることになった時は家から出なければならず、集落を追い出される形になったから、多くの者を持ち込む必要があっただけで、普通に宿泊するだけならそんなに荷物はいらない。

それに旅行とも違って、近くに拠点があるのだ。

だからなおさら最低限でいいという。


「ちゃんと説明しておけばよかったね」


ニコルからすれば当たり前のことだが、セルビアには初めてのことだ。

事情が違うのに、過去に利用したことがあるからと思い込みで説明を怠ったことをニコルが謝罪すると、セルビアは首を横に振った。


「大したことじゃないよ。出る前に教えてくれたんだし、身軽に動けるんだから嬉しいよ」


セルビアはそう言うと、急いで最低限の荷物だけを詰め込んだカバンから取り出した。

そしてそれを小さめのカバンに入れる。

幸いにも取り出しが必要なものは取り出しやすいところに入れていたから準備はすぐに整った。


「じゃあ、行こうか」


準備を見守っていたニコルがそう声をかけるとセルビアとグレイは返事をする。


「うん」

「わぅわぅ!」


そうして彼らは明るいうちにテントを出発した。



早速宿につくと、素早くニコルが手続きをして部屋の案内を受ける。

セルビアはそれを横で見ているだけだ。


「鍵をもらったから行こうか」

「うん」


そうして二人はとりあえず荷物を置くべく、部屋へと向かう。

ニコルがドアを開けて、促されるまま先に部屋に入ったセルビアは、ドアの近くに立ち止まった。

そして二つベッドの置かれた広い部屋に感嘆の声を上げる。


「広い部屋だね!」


その声を聴きながら中に入ったニコルは、とりあえずドアを閉めるとその部屋を見回した。

二人部屋として案内された部屋は特別広いわけではない。

むしろ狭くて簡素な方かもしれない。

この部屋にはベッドが二つに、各人が使えるように用意された机と椅子がふたつあるだけなのだ。

宿の二人部屋には、他に向かい合って座れるようなテーブルセットがあったり、並んで座れるソファーとテーブルがあったりする部屋もある。

何度か大人の団員と宿を利用したことのあるニコルはそんなことを思ったが、せっかくのセルビアの感動に水を差してはいけないと、あまり深くは言わなかった。


「そう?二人で使う部屋だからこのくらいじゃないかな」


狭いかもしれないが荷物を置くスペースはしっかりあるし、清潔感もある。

何も問題のない部屋だ。

疲れをとるのに使うなら充分だと判断したニコルが適当に返すが、セルビアは部屋を見回して興奮冷めやらぬと言った様子だ。


「一人でしか入ったことなかったし、前にいた宿にしか泊ったことないから、なんか新鮮だよ」


セルビアも宿という場所を知らないわけではない。

ただ、セルビアは同じ宿に長く滞在していたことがあるだけで、あちらこちらを回ったことがあるわけではないのだ。


「そっか。宿なんてどこも同じって思われがちだけど、全然違うからね。安全じゃないところもたくさんあるし」


ニコルの言葉にセルビアは同意した。


「そうみたいだね。前に使っていた宿はお父さんが探してくれたみたいだし、それまでに何件も回って安全を確認してくれてたみたいだから、きっとそうなのかなって思ってたけど、自分が違う宿に泊まれる日が来るとは思ってなかったよ」


自分は前にお世話になった街の宿を離れる時は、家に帰れるものだと思っていた。

こんな形で旅回りをすることになるとは思っていなかったし、別の宿に宿泊する、それも友達と一緒になんてことは、あの集落の生活からでは想像もできなかったことだ。

セルビアが複雑ながらも素直に嬉しいのだと胸の内を明かすと、ニコルは荷物を置くため背を向けて、こそばゆい気持ちを隠しながら先輩風を吹かせた。


「これからはもっと色んなところに行くから、初めてのことばっかりで大変かもしれないけど、慣れたら大丈夫だよ」

「うん。今日もニコルちゃんがいてくれて心強かったよ。宿泊のための手続きなんてしたことなかったし」


セルビアがそう言うとニコルは少し驚いたように聞き返した。


「そうなの?」

「長期滞在だからって親が先に手続きや支払いを済ませて、私が行った時には全部終わってたから、食堂とか部屋を案内されるところからだったんだ。これからはこういこともできないといけないよね」


前のセルビアは宿を安全な居住地として利用していた。

長期滞在になるので、大きな金額を前払いで宿に渡すことになる。

その大金をセルビアが預かるわけにはいかないので、手続きの際、両親が先にすべてを済ませてくれていたのだ。

ここでも支払いは団員の大人がまとめて済ませてくれたり、招待をしてくれた人の無償提供だったりするらしいけれど、一応ニコルもやり方くらいは知っているという。


「まぁ、できた方がいいけど、わからなかったら聞いても大丈夫だよ。宿そのものは団長がサーカスを招待してくれた有力者に紹介してもらってるらしいし、もしそこで何かあったら、その人たちの名誉にかかわるから、紹介する側も変な宿は選ばないって団長は言ってた。あと、同じ宿に何人か団員が泊まってるから、困ったらみんなに聞くこともできるし、助けも呼べるから、安心していいよ」


とりあえず宿そのものは変なところではないとニコルは言う。

それでも宿という公共の場だから酒の回った人がいたり、危険がないわけではないので、必ず複数の団員が同じ宿に宿泊し、何かあったら助けられるようにしているのだという。


「そっか。宿泊するのは私たちだけじゃないんだもんね」

「うん。不届き物とかがいたら困るから、宿には必ず男性の団員も誰かしら泊ることになってるよ。多分並びの部屋だけど、後で部屋を教えてもらっておこうか。夕食一緒でもいいし」


これまで宿での食事は一人でも取っていたけれど、これまではおかみさんが近くにいて周囲を警戒してくれていたから安全だっただけだ。

女の子二人だけだとどうなるかわからない。

二人だけで話をしながら食事をするのは楽しそうだけど、何かあったときの対処が不安だ。

一方、大人たちが一緒なら安心できそうだが、いつも通りになりそうだ。

セルビアでは何が正解か選べない。


「ニコルちゃんに任せるよ」


セルビアがそう言うと、ニコルはうなずいた。


「じゃあ、みんなが来る頃、受付に確認しに行くけど、一緒に行く?」

「うん」


年齢は変わらないはずなのに、ニコルはやはりしっかりしている。

そんなニコルから、ひとつでも多くのことを学びたい。

セルビアが真剣に言うと、そんなたいしたことではないよとニコルは笑うのだった。

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