新しい街での興行
途中の店で大きな袋をもらって荷物をまとめたものの、片手で持つには重たいくらい買い込んだセルビアと、少量の荷物で済んだニコルの差は大きい。
セルビアからすれば、なぜそんなに買わずに済んでいるのかが理解できないほどだ。
とりあえず荷物もあるし、座って食事をしようと、二人はテラス席のある食堂のようなところを利用することにした。
テラスのようなところがある場所を選んだのは、もちろんグレイがいるためだ。
買い物に夢中だったこともあり、昼のピークを過ぎたからか食堂に声をかければすぐに席に案内された。
「友達と街歩きするのがこんなに楽しいと思わなかったよ」
「私も楽しかった!」
注文を終えてセルビアがそう言うと、ニコルも同意する。
「それに、足りなかった日用品も買い足せてよかった。種類がたくさんあって驚いたよ」
街を出ることになったのが急だったこともあり、街を出る直前に買い物をすることができなかった。
宿で長く生活する予定だったから、最低限のものは宿に置いていたし、しばらくはそれでどうにかできると思っていたし、宿の荷物を運ぶことに意識がいきすぎて、他のことは考えていなかった。
しかしいざ、テントで生活してみると、環境が変わったこともあって、困るわけではないがないと不便だと思うものが見えた。
今回はそういった悩みをニコルに相談して、ニコルのおすすめの商品をほとんどすべて買ってしまった感じである。
今回は大荷物になったけれど、これでテントでの生活の快適度が増すのならいい買い物だ。
「そういえば、ここは前にいた街より大きいもんね」
ニコルからすれば普通の街の一つだが、これまで集落と宿を使っていた街しか知らないセルビアからすれば、ここは色々なものがそろう大きな街になるのかもしれない。
ニコルの言葉にセルビアはうなずいた。
「集落は本当に最低限のものしか買えなくて、街に出たら色々あるなって思ってたけど、そこよりたくさんのものがあるし、人もたくさんいるから、びっくりだよ」
自分のいた街も集落と違って人が多いと思っていたが、ここの混雑はもっとひどい。
道にこんなに人があふれることがあるのかと驚いたくらいだ。
「なんだかんだで結構時間使ったよね。食べたら帰ろうか。荷物も多いし」
「そうだね。ちょっと買いすぎたかな」
ご飯を食べてからまだ見ていない店を見ることもできるが、今の荷物でセルビアは手一杯だ。
今日のところはこの荷物を置くためにテントに戻った方がいいだろう。
まだこの街にはいるし、一緒に買い物をする機会ならば、この街以外でも作れる。
それに、セルビアの荷物と歩くペースを考えたら、夕方前にテントに戻るなら、このくらいの時間に中心街を離れた方がいいだろう。
「これから街まで距離があって野宿するようなこともあるし、次に買おうと思ったら無くなってることもあるから、ほしいと思った時に買っておかないと。次にいつ来られるかわからないからさ。そもそも明日だったら売り切れてたかもしれないんだから、今日くらいいいと思う」
たくさん抱えているとはいえ、無駄な買い物はない。
セルビアがすべて使うものだ。
それに消耗品は減っていくものだし、不足するより少し予備があるくらいの方がいい。
必ずしも旅が順調にいくとは限らないからだ。
「わかった。そう思うことにするよ」
ニコルにそう励まされたセルビアは、気を使わせてしまったと苦笑いした。
しかし、この後、良いタイミングで料理が届き、その料理が暗い気持ちを吹き飛ばした。
そうして遅めのおいしい昼食で気を持ち直したセルビアたちは、無事夕方前までにテントに戻った。
テントに戻ると、すでに興行用のテントは完成していて、中の客席部分も完成していた。
そして大人たちがショーの道具を次々と中に運び込んでいるところだった。
「ちょうどよかったみたい。荷物を置いたら、私たちも明日の準備をしちゃおうか」
「うん」
荷物を運びこんでいる団員を見て、ニコルがそういうので、セルビアはそれに従う。
グレイはセルビアの使う仕切りの中で荷物と一緒に留守番だ。
セルビアが荷物を置いて出ていくと、グレイは荷物の番をすると言わんばかりに入口をふさいで体を丸めた。
セルビアたちは馬車から降ろされていた、興行用のテントに運び込む荷物を確認して、自分たちの持ち場に運び込んでいく。
そうして準備を終えると、いよいよ仕事が始まるのだとセルビアは気を引き締め、ニコルと共に早めに戻って、明日に備え、早く休むことにしたのだった。
翌日、興行が開始されれば、仕事は増えたものの、基本的にセルビアのやることは前と大差ない。
初めて雇ってもらった時と同じように売店の売り子をするだけだ。
場所が変われば客層は変わるけど、一緒にいるニコルが慣れた様子で対応しているし、本当に困ったら団員の皆が助けてくれることになっている。
何より近くにはグレイがいる。
おとなしく体を丸めて寝ているけれど、時々こちらを見てくれるから安心だ。
そう思ったら初日の緊張はほぐれた。
「セルビアちゃん、どうだった?」
初日の興行の後、ニコルがセルビアに声をかける。
「うん、何とか大丈夫だったよ。たくさん助けてもらっちゃったけど」
基本的な仕事は変わらないけれど、やはりわからないことも多い。
最初は短期間を予定して働いていたから誰にでもできる仕事しか任されていなかったけれど、サーカスの一員となったこともあり、これまでの仕事に加えて新しいこともニコルから教わったのだ。
それらをこなすのに必死だったこともあって、場所が変わったことを深く意識せずに対応できた。
そのため始まる前までの緊張は始まった直後から吹っ飛んでいたのだ。
「人が変わるだけでやることは変わらないんだから、そんな緊張しなくても大丈夫だって言った通りでしょ?」
「そうだね。皆もいるんだって考えるようにしてからは、落ち着いて対応できたと思う」
最初に手伝いを始めた時はニコルか団長くらいしか頼れる人がいなかったけれど、今では団員の皆が頼りになることを知っている。
そんな彼らが一緒だと考えたら、そんなに気を張らなくてもいいのではないかと思えるようになった。
そう言うと、ニコルはうなずいた。
「全然問題なかったから、明日からもよろしくね」
「うん。頑張るよ」
そうして連日、サーカスの興行中、ニコルとセルビアは売店の仕事を卒なくこなし、ショーの方も大盛況で終えることができたのだった。




