第二の家族
「サーカスだったらグレイだけじゃなくて、他の子たちもいるし、大丈夫じゃないかな?」
団長と同じような事をニコルが言うので、セルビアは思わず聞き返した。
「そうかな?」
不安そうにしているセルビアに、ニコルはすぐに問題ないと答える。
「私たちはこうやって動物たちと暮らすくらい、みんな動物のことは好きだよ。それに、危害を加えそうな子の追い払い方も心得てるから安心してよ」
サーカスは常に動物と共にある。
動物たちに力を借りて興行を行っているし、一緒に生活している家族の一員だ。
もちろん、動物の皆が強いわけではないので、尋ねた土地で、その土地の動物にちょっかいを出される子がでる事もある。
そういう時、ちょっかいを出してくる動物に対処するのもサーカスの人間の役目だという。
だからもし、セルビアが動物を引き寄せるのだとしても、それを追い払う術は持っているから問題ないし、本当にそうだとしてもその回数が増えるだけなら問題ないという。
「それ、私にもできるかな?」
仕事を覚えるのと同じように、教えてもらうことはできるのだろうか。
そうしたら、周囲に迷惑を掛けず生活できるようになるのではないか。
そうなればもしかしたら、また両親と暮らすことができるかもしれない。
ただ、離れてみて気が付いたことだが、あの集落の人たちが自分を軽視していたこともあって、セルビアはあまり門番の集落に戻りたいとは感じていないから不思議だ。
ただ、仮に両親と一緒に生活できるようになったとしても、またセルビアが原因で家をおわれるようなことがあってはならない。
だからそうならないための一つの方法として、是非伝授してほしいと思ったのだ。
「どうだろう?もしそうなることがあって、見る機会があったら、その時に見て覚えるか決めたらいいと思うよ。そもそも本当にそんなことが起こるかどうかだってわからないでしょう?実際、セルビアちゃんがここにいる時にそんなことは起きてないんだし、動物といってもたくさん種類がいるでしょう?当然種類によってやり方は変わるからさ」
動物が来たからといって全て同じようにすればいいという訳ではない。
動物の特性を知った上で、彼らがここに来たくなくなるような対策を講じなければならないので、相手によってやり方が変わってしまう。
ニコルだってすべての動物の特性を把握できているわけではないし、そこまで何度も対応したことがあるわけではない。
だからセルビアにできるかと言われたらやってみてできそうかどうかを自分で判断してほしいと言うしかないのだ。
「確かにそう簡単にはいかないよね。あと、言われてみればここにいる時、そんなことない気がする」
明るい兆しが見えたと一瞬喜んだけれど、確かにそう簡単にいくものではない。
それで対策ができるのなら、宿でそれさえ実行できれば、出て行く必要はなかっただろうし、簡単なものだったら団長がそれをセルビアに伝えて終わりだったはずだ。
「でしょう?でもその宿の人が言うようにセルビアちゃんが本当にビーストテイマーだったら、団長がセルビアちゃんを手放さないと思うな。動物たちにお願いしやすいってことだもん」
命令しやすい、言うことを聞かせられるという言葉ではなく、あくまでお願いというのが、このサーカスらしくていいなとセルビアは思いながら笑った。
「本当に言うことを聞いてもらえるんだったら、宿に迷惑かけないよう、最初からここには来ないでって言うんだけどな。来ちゃってからじゃないと追い返せないから、帰ってもらうしかなくて」
動物たちが自分の言う事を聞いてくれるのなら、皆に迷惑をかけないよう、街には来ないでほしいと事前に伝えておく事で回避できそうなものだが、そううまくいくものではない。
動物が何をするかなんて、動物たちが行動を起こしてからじゃないと分からない。
それにどの動物が来るのかも、そもそも本当に彼らがセルビアを訪ねてきているのかも、セルビアにはわからないのだ。
「それさ、動物たちにそう言ってみたらよかったんじゃない?おうちに帰ってじゃなくて、ここに来たらダメだよって。そしたら二度目は来ないかも」
それで動物が一巡したら、少なくとも宿には来なくなる可能性が高い。
それによって他の場所でセルビアに接触しようとする動物はいるかもしれないが、これまで襲われたりしたことがないのなら、懐かれているだけだろうから問題ないだろう。
ただそれは、本当に彼らがセルビアの言葉を理解して、行動していればの話である。
思いつきでニコルが何の気なしに言葉を変えてみたらと提案すると、セルビアは真面目に受け止めて言った。
「そういえば、来ないでって言ったことはなかったかも。帰ってっていえばすぐに帰ってくれるから、私も特に気にしたことなかったし」
どうやらセルビアを目当てに来ているとされる動物たちは、セルビアが帰ってほしいと伝えると素直に従うらしい。
それは、その動物達を使役しているのに近いのではないか。
「そうなんだ。もしかしたらセルビアちゃんは本当にビーストテイマーなのかも」
これまでの話を聞いてニコルが小さくつぶやくと、セルビアが驚いた声を上げた。
「え?」
そしてよく聞こえなかったとセルビアが聞き返すと、ニコルは首を横に振った。
「ううん、なんでもない。今度そういうことがあったら、試してみてほしいなって」
もし本当にセルビアが言った通りに動物たちが行動したら、セルビアは本当にビーストテイマーの資質があるということになりそうだ。
ニコルはそんなことを思ったけれどとりあえずその言葉を飲み込んだ。
サーカスで旅をして、その職業については聞いたことがある程度だ。
ニコルはまだ、ビーストテイマーを職業とする人に会ったことがない。
だから、セルビアみたいなことのできる人が実はそういう職を名乗っているのかもしれないと考えたのだが、それを迂闊に口にすれば、セルビアに変な期待を持たせることになるかもしれないと思ったのだ。
「一番はもうないのがいいんだけど、もしあったら試してみるよ」
セルビアにできるのは、もし次があったらニコルに言われた通りやってみることだけだ。
それで本当にうまくいくかどうかは分からないし、動物たちがこれまでセルビアの言葉を聞いて何を思って行動したかだって分からない。
これまでも動物たちに希望を伝えたらそうなった事はあるけれど、それだって偶然かもしれないのだ。
ただ、今回はそれで彼らが立ち去ってくれなかったとしても、サーカスは移動するし、ニコル達のように味方になってくれるがいる。
彼らの方が動物に関しては詳しいし、説得に失敗しても任せることができると思えば気が軽い。
これまでは迷惑だと言われてばかりだったけれど、こうして相談できる、頼ってもいい相手ができたことが嬉しい。
サーカスは間違いなくセルビアの第二の家族になる。
まだ数時間しか滞在していないのに気が早いと思われるかもしれないが、セルビアはすでにそんな風に感じていたのだった。




