グレイのごはん
昼食を終えたセルビアは、団長に動物たちの食事の保管場所へと案内された。
グレイは大人しくセルビアの横にくっついている。
「もう移動だから他のものは積み込んでしまっていてね、最低限しか出してないんだが、こんな感じで出してある。基本的に位置は変わらないよ。それで、この棚にグレイ専用の物だってわかるよう目印を作るから、そこから食べる分を取ってほしい。皿はさっきのものを洗って使ってもらっていいかい?グレイ専用のものとしてあげるから」
そういって団長はグレイの食事の置かれた棚に、そのよう気を乗せた。
「はい。ありがとうございます」
「わぅわぅ!」
先ほど用意してくれた容器はグレイにくれるらしい。
それを理解してお礼を伝えたいのか、グレイも一鳴きする。
「じゃあ、夕食の時は自分で用意してみてくれるかな。一応ついていくし、分からないことがあったら聞いてもらってかまわない。あと、分量に関しては自由だよ。専用のものにするし、この中のものがなくなって新しいものを入れたら、その餌にかかった分をセルビアちゃんの給金から引くようにするってことでいいかな?」
セルビアの食事は支給されるがグレイの分は自分で払うことになっている。
餌は用意してくれると聞いていたけれど、その詳細の仕組みはあまり理解していなかった。
「私が受け取ったお給金から払わなくていいってことですか?」
セルビアが尋ねると、団長は支払いはしてもらうと言う。
「セルビアちゃんのお給金の総額から、使った餌の代金を引いて支払いをする。だからちゃんと餌代はもらってることになるね。つまり、受け取った分が自分の手取り、自由に使えるお金になるって方が分かりやすいかと思ったんだが……」
グレイの食事を無料にするわけではない。
そこはけじめとしてきちんと払ってもらう。
けれど他の動物たちと同じものを用意するので手間賃などはもらわない。
セルビアが一度給金の総額を受け取ってから支払いをした方がわかりやすいというのなら、それでも構わないが、それは双方手間になるので、先に引いた分を給金として支払うつもりだ。
団長は改めてセルビアにそう説明して、ようやくセルビアは少し理解できたとうなずいた。
「はい。わかりやすい方が嬉しいです」
「じゃあ、食べた分を天引きにするよ。もちろん明細は付ける」
「ありがとうございます」
実際に受け取ってみないとイメージできないだろう。
次の給料日に明細を見せながら改めて説明することにしよう。
宿にいる時の餌代は宿代に含まれていて、ご両親がそれを負担していたようだが、自宅にいる時はセルビアが自分で餌を買っていた事もあるようだし、法外な額を請求されていないことは説明すれば理解されるだろう。
もちろん場所によって価格が変わるので、一定ではないけれど、それについても街についてから市場などに連れていって説明すればいい。
セルビアは賢い子なので、すぐに理解してくれるはずだ。
「じゃあ、とりあえず説明はここまでだ。夕食までゆっくり過ごしたらいい。今日は休みだから、疲れているなら寝ていてもおしゃべりをして過ごしても構わないよ。過ごし方にもニコルから聞いたらいい。きっと待ってるだろう」
ここに案内されたのはセルビアだけなのでニコルはさっきの場所で待っているはずだという。
団長にそう言われたので、セルビアは一度先ほど食事をした場所に戻ることにしたのだった。
保管場所の案内と説明を受けたセルビアが先ほど食事をした場所に戻ると、すでにそこは元の通り片付いていた。
そしてニコルがセルビアを呼んでくれたので、セルビアは食事の時と同じようにニコルの隣に座った。
するとグレイはセルビアの足元で丸くなる。
「どうだった?」
「大丈夫かな。まずは夕食の時にやってみようと思う」
ニコルが心配そうに尋ねるので、セルビアは一応できそうだということと、夕食の時は団長が見ていてくれるらしいと伝えた。
「そうだね。明日は朝食をとったらすぐに移動が始まるから、明日の分も先に取り分けておくはずだけど、たぶんそれは夕食の時に説明されると思う」
「そっか」
基本的なことは教わったけれど、イレギュラーなことはまだたくさん覚えなければならないらしい。
セルビアは改めて気を引き締める。
「とりあえず休憩しなよ。今日くらいしかゆっくりできないからさ。明日からは到着するまで移動しっぱなしだし、疲れて直ぐに寝ちゃうと思うんだ」
次の街までどのくらいかかるかわからない。
予定は決まっているし、トラブルも考慮して移動日程は組まれているけれど、余裕があるわけではない。
早く街につけば休めるが、そうでなければ休みなく到着した街で興行を始めなければならないのだ。
「それにしても、数日前まではまた会おうねって話をしてたのに、まさか一緒に旅に出ることになるとは思わなかったよ」
セルビアがそう口にするとニコルは声を弾ませた。
「ほんとだよね。でも、私は一緒に行けるの嬉しいな」
セルビアからすれば災難だが、ニコルからすれば思わぬプレゼントをもらったようなものだ。
「私も。いつか別の街にも行ってみたいって思ったけど、こんなに早く叶うなんてびっくりしてる」
「ほんと、そうだよね」
セルビアもいつかは色々な街を見たいと思っていたけれど、まさかこんな形でそれが実現するとは思っていなかった。
想定外の事ばかりで苦労も多いけれど、悪いことばかりではない。
セルビアが前向きにそう言うと、サーカスに勧誘したいと申し出たニコルはよかったと言って笑った。
「宿から出ていかなきゃいけなくなった時はどうしようかと思ったけど、団長さんが戻れるまででも一緒にって言ってくたんだ。それにサーカスと一緒にいれば、常に移動しているし、もし私が原因でも、同じところに長くいなければ問題にならないんじゃないかって。それに動物のことは詳しいから任せてほしい。弱い動物は強い動物を怖がってあまり寄ってこないから、もしかしたらここの方が安全かもしれないって」
すでにうっすらと事情を話してあるニコルに、セルビアがそう伝えると、ニコルはグレイの頭を撫でながら言った。
「確かにそれはあるかもね。今までだってグレイが追い払ってたんでしょ?」
「たぶん、そうだと思う」
セルビアが見た時にはグレイが追い払っていた。
実際にそうしているところを見た事もあるが、全てがそうかは分からない。
少なくとも宿ではおかみさんが苦慮していたのだし、自分たちがいないと気にも同じような事象が発生していて、戻ったら動物たちはいなかったのだから、グレイだけの功績ではないだろう。
だからいないときに発生した部分について本当にセルビアたちが原因だったかは分からないままだ。
でももう、サーカスに同行できることが決まった時点で、それも瑣末なことだと思えるようになっていた。




