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なぜか、ふわふわもふもふが、みんな私に使役する  作者: まくのゆうき


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サーカスのマダム

団長とグレイとテントに到着すると、団員達に声をかけられた。


「おかえりなさい!」


一人がそう声をかけると、団長はいつも通りの口調で返事をした。


「ああ、ただいま」


団長の返事を聞いたセルビアが返事に迷って団長を見上げると、団長は無言でうなずく。


「あ、えっと、ただいま」


帰って誰かに迎えられるのは久しぶりかもしれない。

まだ慣れていない事もあるけれど、これからずっとこの挨拶をすると思うとなんだか少し照れがある。

けれど団員たちはすでにセルビアがここで生活をする事を知っているからか、新しい人が入ってくることに慣れているからか、セルビアのことばをさほど気にする様子はなかった。

そこにセルビアが戻ったと聞いた友人が元気よく駆け寄ってきた。


「セルビアちゃんおかえり。あのね、もうすぐご飯できるってマダムが言ってたよ。あ、そうそう、夕食はね、皆で一緒に食べるんだ!」


張り切って説明をするのだと待ち構えていたらしく、そう言うとセルビアの手を取る。


「そうなんだね」


今までは邪険にされることが多かった事もあり、改めてこうして喜ばれると、やっぱり少し気恥ずかしい。

けれどテンションの上がっている友人は、そんなのお構いなしで続ける。


「人数が多いからちょっとうるさいかもしれないけど、夕食だけでも、毎日全員が顔を合わせるようにしようっていうのが暗黙のルールなんだ。まあ、お休みの時とかいない人もいるけどね、移動中とかはみんなテントの周辺にいるからさ、そういう時には全員集合だよ」

「夕食は皆が揃って食べるんだね」


セルビアが新しい生活ルールを覚えようと必死に聞いていると、ふと気がついたのか、話を変えた。


「そうだセルビアちゃん、私のことはニコルって名前で呼んでよ」


突然の申し出に、セルビアは驚いて言った。


「いいの?」

「もちろんだよ。短い期間でお別れだし、今まで気を使って呼ばれてないのかなって思ってたけど、これからは一緒に旅をするんだし、友達なんだしさ」


短期間のお手伝いできている人とは基本的に最低限の付き合いしかしない人が多い。

理由は親しくなると別れが惜しくなるからだ。

別れることに慣れてしまえばそんな感情すら持たなくなるが、セルビアはもしかしたらそれを察していて名前を呼んでこないのではないかと思っていた。

だからあえて何も言わなかったが、これからはここで生活していくのだから、いつまでも他人行儀でいられる方が寂しい。

ニコルが念を押すと、セルビアはうなずいた。


「ありがとう。わかったよ」


セルビアの返事を聞いたニコルは、満足して満面の笑みを浮かべた。


「そうだ。中に入った事がないんだし、マダムにはまだ会ったことなかったよね?」


ニコルが中に入る前に紹介して置かなければならない人間がいる事を思い出して尋ねた。

その相手、マダムを団長がセルビアに紹介している様子はなかったけれど、念のため確認する。


「マダムって?」


セルビアが聞き返すと、最初はここからだと決めたニコルが手を引いた。


「うん。今から紹介するよ。こっち来て」

「わかった」


一度立ち止まったけれど再び手を引かれたセルビアは、驚きながらもニコルに言われるがままついていく。

そうして困惑しながら引っ張られていくセルビアの少し後ろを、様子を伺ってじっとしていたグレイは静かについていくのだった。



「マダムー、セルビアちゃん連れてきたよー」


ニコルはセルビアたちはこれまで入ったことのない場所の入口に立つと最初にそう声をかけた。


「あいよ。団長から聞いてるから、遠慮なく入っておいで」


そんな女性の返事を確認したニコルはセルビアに言った。


「いいって」

「うん……」


この場所が何なのかセルビアは分からないけれど、とりあえず中にいるのがマダムで、中に入るには、その人の許可が必要ということなのだと一度そう理解して、ニコルに引っ張られるように中に入ることになった。

そしてグレイはやはり吠える事もなくそんなセルビアについていく。

グレイからすれば許可の有無よりセルビアの側にいる方が優先だ。

ニコルが何も言わないので問題ないだろうが、ふと、グレイも一緒で大丈夫なのかと気になったセルビアがグレイを盗み見ると、グレイは澄ました様子で後ろからついてきている。

団長から聞いていると言っていたから、ダメだと言われたらその時考えよう。

状況がよくわからないままのセルビアは、とりあえず大人しくニコルに従うことにしたのだった。



ニコルについて言って中に入ると、入口の方を見ながら椅子に座っている女性と目があった。

どことなく宿の女将さんに似た、貫録のある女性だ。


「いらっしゃい。ニコル、この子たちが今日から入団する子だね」

「そうだよ!」


ニコルが嬉しそうに返事をしているのを聞いたセルビアは、このままではニコルに面倒を見てもらわなければ何もできない人と認識されてしまうと判断し、慌てて口を開いた。


「初めまして、セルビアと言います。この子はグレイです。よろしくお願いします」


とりあえずニコルがすべて説明してしまう前に自分から挨拶をしたセルビアとグレイを、マダムは見定めるように眺めてからうなずいた。


「ああ、よろしくね」


マダムの返事から判断すると、どうやらセルビアもグレイも問題ないらしい。

そこに安堵しながら、セルビアは初めて見る、この存在感の大きい女性に今までなぜ気がつかなかったのかと疑問を覚えた。


「あの、私ここの売り場でお仕事させてもらってたんですけど、初めてですよね?」


ほとんどの団員に会ったことがあるはずだと思っていたセルビアがその疑問を口にすると、マダムは笑いながらそれに答えた。


「そうだねえ。私はあんまり、いや、ほとんどそっちに行かないでここにいるからね」


ニコルがわざわざ最初に紹介するくらいだから、ここの一員であるはずなのに、公演の手伝いにはいかないらしい。


「どうしてですか?」


裏方の仕事というのがあるのは知っているけれど、それでもこれだけ連日来ていて、トラの檻にまで入れてもらったことがあるのに、全く顔を合わせないことなどあるのかとセルビアが思って尋ねると、マダムは嫌な顔ひとつせず、その疑問に答えた。


「みんながこの先で生活してるからだよ。言うなら門番みたいなもんかねぇ。この先は関係者以外立ち入り禁止にしてるんだけど、時々変なのが入ってこようとするから、見張りが必要なのさ」

「そうなんですね」


確かにそういう人がいなければ、多くの人がお客さんとして出入りするし、荷物がなくなるかもしれないと気になって、公演に集中できないかもしれない。

こういう人がいるから皆が安心して講演を行えるのかとセルビアは初めてそこに気がついた。

これまで必要最小限の荷物以外は宿に置いていた。

部屋に鍵がついているというのもあるけれど、そこを拠点としていたからだ。

そして、そうしても大丈夫だという信頼を宿という場所に寄せていたのは、おかみさんの存在あってのものだ。

雰囲気が似ているなと思ったけれど、役割も宿のおかみさんと似たようなものらしい。

そして、これからは自分も抱えている荷物をマダムに見てもらうことになるし、この場所が拠点になるのだなと、セルビアはそんなことを思うのだった。

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