はじめての味方
セルビアとのやりとりで父親が肩を落としている時、団長は別の事を考えていた。
セルビアがついていくと主張している内容の中に、小さな齟齬を見つけた団長は確認のためセルビアに聞いた。
「認識が違ったら困るから先に確認しておきたいんだが、私たちは興行のお仕事をもらっているところに向かうから、好きなところには行けない。ただし、呼ばれた先限定で、いろんなところに行くことはできる。それでいいのかな?」
セルビアは、次に行く先をサーカス団が好きに決めて行動していると思っているのではないか。
だから行きたい場所があって、その希望を出しておけばもしかしたら叶えてくれるかもしれない、もしかしたらそんな希望を持っているのではないか。
実際の話をすればそれはできない。
あくまでサーカス団は色々なところに呼ばれて興行をすることで収益をあげているので、呼ばれた先を転々とするだけで、必ずしも希望するところに行くことはできないのだ。
団長が説明すると、セルビアはうなずいた。
「私、街を自由に歩くことが許されるようになったのも、ここで宿に泊まるようになってからだし、外がどうなってるか知らないんです。だから、どこに行っても私には新しい場所だし、どこかに行きたいというよりは、世界は広くて、いろんな場所とか食べ物があるんだって、ここでそれを知ったから、それを見てみたいなって思ったんです」
サーカス団の生活が多くの自分の希望を叶えてくれるものになる。
家族とは離れなければならないけれど、それを根本的に解決することはできない。
でもそれ以外の、友達と楽しく過ごすとか、行ったことのない場所に行けるとか、現状ではあちらこちらの宿を転々とすることになりそうだけれど、元々移動をするサーカス団なら宿の心配をしなくていいとか、他の願いは叶うし苦労は軽減する。
だからセルビアの中で導き出せる一番の解は、サーカスに同行することだ。
「なるほど。知らない場所に一人で行くよりは、一度皆で行ってみて、気に入った土地を見つけたら、その時、改めていくことを考えればいいかもしれないな。セルビアちゃんの言う通り世界は広い。私達が広げてあげるには限界があるが、それでもここにいるより多くを知ることはできるだろうね」
確かに右も左もわからないという状況で闇雲に外に出してしまったら、その状況で女の子が一人で生活をするなど、トラブルにしかならないだろう。
しかし世界の中には女性が一人でも安心して暮らせるところだって存在している。
まずはそういった知識を蓄えた方がいい。
多くの街を安全に見て回るという目的ならば、旅周りに同行するのは非常に合理的だ。
団長が今後について考えていると、セルビアが父親に話しかける声が聞こえた。
「でも、なんでサーカスにいる時、動物たちはこないんだろう?家の時は家族しかいなかったけど、宿は食堂だけを使う人もいるから、常にたくさん出入りもあるし、騒がしい所なのに……」
どうやらセルビアが住まいを追われているのは、動物が寄りついてしまう体質が原因らしい。
先ほどから父親との会話の中に頻繁に出てきているので、おそらく聞き間違いではないだろう。
セルビアに付きまとっているのは人間ではなく動物なのかと、団長は思わずセルビアを見た。
「それはもしかしたら、サーカスにいる動物たちのおかげかもしれないな」
憶測だが間違っていなければ普通に会話になるだろうと踏んだ団長が切り出す。
「みんなのおかげ?」
想像が間違っていなければ、おそらくサーカスで大丈夫な理由の一つは、自分が思っている通りだろう。
セルビアが聞き返してきたので団長はうなずいた。
「ああ。例えばトラだな。確かにうちの子はおとなしくていい子だけど、街でも騒ぎになった通り、普通に考えれば獰猛な動物と言われるものだろう?動物の世界は弱肉強食だから、よりそれが強く出てくるんだ。グレイも強い子なんだが、一匹でいるから、集まれば何とかなると思われてしまうのかもしれない。でもそこにトラをはじめ、他の子たちもいて大所帯だ。だから対抗できるくらいの大多数で押し掛けてくるとか、その一匹がここにいる子たちより獰猛な動物でもない限り、ここに来るのは難しいんじゃないかな?別にうちの子は他の動物を襲ったりはしないんだが、それは動物に備わった本能的なものだろう」
サーカスにいる動物たちは、動物世界の中に置いて強者が多い。
だから他の動物たちは本能的にこの場所を回避しているのかもしれない。
ここまでの話では増えて困る程度の話のようだし、動物が集団で行動している事を加味すると、セルビアの周辺に来る動物の大半は小動物であることが察せられる。
やはり想像を交えながら団長が説明をすると、セルビアは素直にそれを信じてうなずいた。
「そうなんだ。遊びに来てた子たちも悪いことは何もしなかったんだけど……。これからはグレイだけじゃなくて、皆が私の力になってくれるんだね」
団員の皆も、動物たちも、もちろん団長も、これから力を貸してくれるのだという。
大げさかもしれないが、セルビアが大げさにそう喜んでみせると、団長はうなずいた。
「そうだな。私たち団員はみんな、セルビアちゃんの味方だよ」
団長の言葉を聞いたセルビアは、初めて自分に味方がいることを実感した。
集落では一人で買い物に行けないと罵られ、それを知りながら大人は対処もしてくれず、ようやくこの状況になって動き出した両親だって、自分を集落から追い出した後の所遇についてしか対応してくれなかった。
でも彼らは違うのだ。
困っていそうだと思ったら声をかけてくれるし、相談したら先んじてできることを提案し、自分のために動いてくれた。
それに今回に関しては、こんなトラブルを抱えた自分を受け入れてくれるというのだから、感謝しかない。
自分はサーカス団の皆から多くの物をもらってばかりでまだ何も返すことができていない。
できれば仕事で、この恩を返していかなければと心に誓う。
「ありがとうございます。本当に、このサーカス団に出会えてよかったです」
セルビアがそういって頭を下げると、父親も我に返って頭を下げた。
これ以上自分が何を言っても状況は変わらない。
母親に切り出しにくい話だが、早急にこの件とセルビアの意思を伝える必要がある。
家から出すことになった上、今度は旅周りをさせることになるとは想定していなかった。
しかし今はこの好条件にすがるしかない。
苦渋の選択だけれどセルビアが決めたことなのだから、できるだけ快く送り出せるよう努めよう。
父親の頭の中にはそんな考えがめぐっていたのだった。




