セルビアの主張
そしてもうひとつ、父親はセルビアの事で頭がいっぱいになっていたが、セルビアにはグレイがついている。
家から独立させる当初、番犬くらいにはなるだろうと判断してセルビアと一緒に行動させていたグレイも、サーカスに同行させてもらえるらしい。
すでに自分たちの手を離れた状態だし、ずっと一緒にいたグレイと離れる必要がないのなら、セルビアからすれば何も問題ないのだろう。
「でも、私たちはテントがどこに行くのかわからないし、何かあった時に助けてあげることもできなくなってしまうよ。わかったとしてもあまりに遠いと、そこに行くのに時間がかかってしまうし……」
自分たちを頼る事はできなくなることを父親が伝えると、セルビアはうつむいて言った。
「だけど、私には行くところがないんだよ。宿も同じことが原因で出てってほしいって言われちゃったんだから、本当に私のせいなんだろうし」
集落と宿で追い出される理由が同じなら、この先も宿に長期滞在すればきっと同じことが起きてしまうだろう。
そしたらそのたびにまた新しい滞在先を探さなければならなくなるし、その回数が増えれば増えるほど、セルビアが原因であることが立証されていくので、集落に帰る道は閉ざされてしまう。
「セルビアが悪いことをしたわけではないんだから、私のせいというのは違うぞ?」
父親は言葉に困ってそういうが、セルビアは首を横に振った。
「でも、宿を出されたからって、集落の家に戻れるわけじゃないでしょう?本当に原因が私にあるんだったら余計にさ」
「それは……」
セルビアの言う通り、宿を集落と同じ理由で出されることになった。
もしこのまま集落の家に戻らせてほしいと申し出た場合、なぜ宿を出されたのか理由を聞かれることになるだろう。
少なくともこの街に、多くの集落の人間が出入りをしている。
理由については、その場でごまかすことはできるかもしれないが、長い期間そういうことがあって断定されたのだろうから、宿の周囲にも何かしら気付かれている可能性があるし、宿のおかみさんが何も言わなくても、宿泊した旅人や、周辺の人からその理由が漏れる可能性は否定できない。
つまり嘘は通らないということだ。
「今回のことで、もう二度と家に帰ることはできないんだなって、よくわかったよ。私がいると迷惑なんだなって」
悲しいけれどそれが現実だ。
当事者であるセルビアが諦めたようにそう言うと、近くで父親が肩を落としてつぶやいた。
「そんな……」
こちらがどんなに頑張ってもセルビア本人が諦めてしまっていることに愕然とする。
本当ならば我慢させている分、希望を持たせてやりたかったし、本当ならそれを叶えるのが親の務めだと思って、そのために動いていたからだ。
そして脱力してしまった父親にセルビアは言う。
「それに、不思議なんだけどサーカスにいると、なぜかそういう動物たちが寄ってこないんだよ。だからここにいた方がみんなに迷惑をかけなくて済むと思うんだ。その分、一生懸命働くようにするから」
宿などには寄ってくる動物たちだが、サーカスのテントに寄ってくる気配はない。
動物たちが仕事の邪魔をしないよう配慮しているというのは考えにくいので、何か別の要因があるのかもしれない。
ただ、よくわからないけれど、テントは安全な場所、セルビアの中ではそういう認識になっていた。
そんなセルビアの言葉にかぶさるように団長が主張を展開する。
「うちはそもそも事情持ちの人間の集まりです。こうしてしっかりしているご両親がいるのにと、周囲は思うかもしれませんが、すでにセルビアちゃんは集落から独り立ちを余儀なくされてしまっていたわけですから、その時点で十分、他の子たちと似たようなものだと思います」
もし内に遠慮しているのであればそれを気にすることはないと団長が申し出ると、父親は再度その言葉に裏がないか確認する。
「あの、本当にサーカスの皆様にはご迷惑にならないのでしょうか?」
こちらで対処できない、不可抗力とも言えることで起こってしまっている出来事もある。
また、分かっている部分だけを考えると、サーカス団からすれば、いわくつきの人間を預かることになってしまう。
「それは問題ありません。セルビアちゃんはとても良い子で、すごく仕事ができます。ですから長く働いてもらえるのはこちらとしてはありがたいことです。お二人の教育がしっかりなさっていたことはセルビアちゃんを見ていればわかります」
「そういっていただけるのはとても嬉しい限りなのですが」
自分達、もっと言うのなら母親が将来困らないようにとセルビアを厳しめに教育していた。
だから得手不得手はともかく、家事全般できないことはない。
別にこうなることを予見していたわけではないけれど、この教育方針にした母親は賢かったと認めるべきだろう。
「それと、そちらでもし、セルビアちゃんが戻って問題のない環境を整えることができたのなら、抜けることは可能です。一度入ったからといって、抜けてはいけないというルールはありません。今までも、定住したい場所を見つけたとか、旅先で伴侶となりうる人と巡り合ったとか、そんな人たちがいるのです。彼らの住む街に行った時は顔を見せてくれたり、今回のセルビアちゃんのように、滞在している機関だけ働いてもらったりもしています。ですから、もしそのようなことを心配なさっているのでしたら、それは無用です。その時、セルビアちゃんとご両親と話し合って決めればいいでしょう。それと、サーカス団が存続している限り、よほどの悪さをしたりしなければ、途中で放り出すようなこともしません。団員は家族ですから」
本当の家族を目の前に、団員は家族という言葉が使いにくく、少々濁すように言ってしまったが、過去も今もその考えはゆるぎないものだ。
セルビアの父親もさすがに団長の姿勢を見て、それを感じとったのだろう。
彼に問題がないのなら、セルビアの意思通りにした方がいいのかもしれない。
「もう一度確認だ。セルビアはサーカス団の一員となって彼らと一緒に行く覚悟ができているのか?」
父親の問いにセルビアは大きく首を縦に振った。
「私は行きたい。今まで集落から出られなかったし、ずっといろんなところに行ってみたいと思ってたから、それが働きながら叶うんだったらいいなって思う。戻りたいっていうより戻れない事が困るって感じだったし、戻れない間にできることがあるなら、今までの分も含めてそこに挑戦したいと思ったんだ」
追い出されるから仕方なくということではない。
サーカス団が一緒に回らないかと声をかけてもらった時から、セルビアは前を向いて歩くことを決めたのだ。
「だからあとは、お父さんとお母さんが許可してくれたら問題ないよ」
セルビアはからっとした声でそう言う。
そこに非想観などはない。
それにこのタイミングには大きな意味があるような気がする。
父親はさすがに折れるしかなかった。




