悩みと相談
「セルビアちゃん、なんだか元気がないね」
とりあえずサーカスのテントに着いたセルビアがいつも通り準備をしていると、そう声をかけられた。
「ああ、うん。ごめんね。ちょっと色々あって」
今朝の事を考えるとため息が出る。
自分だけに話をしてくれていた時なら、まだ撤回されるかもという期待を持てたけれど、こうして親に話が伝えられたのだから、もうそれはないということだ。
近いうちに自分が行き場を失ってしまう。
そしてもし、また同じことが起きたら、またそこからも追いやられなければならないかもしれない。
頭の中にはそんなことがずっとめぐっていて、どうしても良い方に抜け出すことができずにいた。
「あのさ、よかったら話聞くよ?もちろん話したくないことなら無理にとは言わないけど」
無理に聞かないのが何ともこのサーカス団らしいなと思いながら、セルビアは少し迷っていた。
まだ準備中なのでお客さんはいない。
話すならこのタイミングか終わってからになる。
でも、今すぐ誰かに話を聞いてもらいたい気持ちもある。
「いいの?楽しい話じゃないよ?」
セルビアがそれとなく尋ねると、彼女はあっさりとうなずいた。
「もちろん。友達が悩んでいるのに放っておけないよ」
彼女がそう言ったので、セルビアは友人の言葉に甘えて今朝の話をかいつまんで話し始めた。
「うん、ありがとう。実はね……」
大まかに、トラブルがあって宿を追い出されることになると伝えると、彼女はものすごくセルビアを心配してくれた。
「じゃあ、セルビアちゃんは行くところがなくなっちゃうかもしれないの?」
「そうなんだよ」
「そっか……」
さすがに宿を追い出されることが決まっていて、次に行く先が未定では不安なのも理解できる。
思ったよりも深刻な話だったけれどどうにか咀嚼した彼女は何やら考え始めた。
「まだ決まったわけじゃないんだけどね、でも、今の宿は出ていかなきゃいけなくなっちゃうんだ。とりあえずお父さんがおかみさんが話をして、新しい場所が見つかるまでは居させてもらえることになってるけどね」
自分のことで考え込ませてしまったと感じたセルビアが、慌てて今すぐどうなるという話ではないことを伝えたが、相談を受けた友人の表情は晴れない。
「でもさ、そういう話が一度出ちゃったら、居心地悪いよね。長くは居たくなくなっちゃうっていうか、気まずいっていうか」
それはその通りだ。
あの話を聞いてから、気まずくないと言ったら嘘になる。
お互い今まで通り接する努力はしているけれど、やはりぎくしゃくしてしまっている。
短時間でこの状況だから、これが長く続くと考えたら気が滅入るし、すでに気まずくて顔を合わせるのを避けたいとも思ってしまっている。
急に向こうが態度を変えてきたりするようなことはないけれど、今まで通りとはいかない。
「そうなんだよね。だからより早く出ていく方向で考えなきゃいけないなって。それで、お父さん達が今は違う宿とか探してくれてるみたいなんだ。あ、そろそろだよね。とりあえずお仕事頑張るよ。そしたら考えないですみそうだから」
セルビアの言葉に彼女も同意した。
確かに別のことに集中していればその事を考えなくてすむのは間違いないのだ。
「そうだね。じゃあ、準備終わらせちゃおうか」
「うん」
そうして二人はすっかり手慣れた様子で販売の準備に取り掛かるのだった。
「団長、セルビアちゃんの話なんだけど……」
仕事を終えたセルビアが帰った後、彼女は団長に相談があると言って時間をもらうと、最初にそう切り出した。
「どうした。人の話をするなんて珍しいな」
相談というからてっきり本人に着いてかと思った団長はセルビアの名前を聞いて驚きながら聞き返した。
「なんかさっき聞いたんですけど、セルビアちゃんが困ってるみたいで、何とかならないかなって思って」
セルビアが困っている。
その言葉だけではどうにも判断できない。
とりあえず話を聞いた方がよさそうだ。
そう判断した団長は、彼女に言った。
「セルビアちゃんがどう困っているかにもよるけど、できることなら力になろうと思うが、まず内容を聞いてもいいかい?」
団長が聞いてもいい話かを確認すると、そこまでは確認してないけどと前置きしてから話し始めた。
「多分大丈夫だと思います。実はセルビアちゃん、宿を追い出されそうらしいんです。それで、行くところがなくなるかもって言ってました」
そうなった経緯はわからない。
けれど、宿を出なければならないことも、そのために親が新しい滞在先を探しているのも間違いない。
もし新しいところが見つかってもまた追い出されたら、セルビアだけじゃなくて彼女もまた同じように不安に思っていた。
「そうか。たしかにそれは心配だな」
セルビアやグレイが追い出されるような悪行をしたとは思えないので、理由はほかにあるのだろうが、なぜそうなったのかが分からない。
まずはそれを知る必要があるだろうと団長が考えていると、黙ってしまった団長が躊躇していると思ったのか、彼女はさらに語気を強めた。
「だから団長、セルビアちゃんを助けてあげてよ!」
「助けるって言ってもだなぁ……」
責任の持てない自分が宿に交渉するわけにはいかない。
ましてやセルビアには保護者がいるのだ。
その保護者が人間的に良くない人物だったなら間に入るのもやぶさかではないが、セルビアの両親は自分が接した限り問題のあるような人たちではなかった。
ただ、ご昇進は事情があってセルビアとは一緒に暮らせていないこともある。
それを知っていたら、セルビアが一人の時に何かあったらかわいそうだという不安は理解できなくもない。
「あのさ、もし行くところがなくなっちゃったら、サーカス団に入れてほしいんだよ」
彼女の提案に、同じことを一つの案として考えていた団長はうなずいた。
「それはセルビアちゃんなら、希望すれば受け入れても構わないが……」
「今、セルビアちゃん、新しく行くところを探さなきゃいけなくなってて、両親が違う宿を探してるって言ってた。でもまた同じことが起こったら、また行くところがなくなっちゃうってことでしょう?その時に私達はこの街にいないかもしれないじゃん」
彼女の言いたいことは分かる。
自分たちは間もなくこの街を離れて次の街に移動してしまう。
そして次に戻ってくるのはいつになるか分からない。
近くの街に寄ることはあるかもしれないが、ここに来るとは限らないし、近くと言っても街単位なので距離がある。
そこにサーカスが来ていることをセルビアが知る可能性は低いし、実際にそこまで来るのは難しいだろう。
こちらも助けを求めているタイミングで都合よくセルビアの側にいられるわけではない。
もし知らない間に追い出されるようなことになっていたら、あの時誘っていればと後悔すると考えたのだろう。
彼女の糸を組んだ団長は、一旦その意見を受け止めてから言った。
「そうだな。わかった。だけどセルビアちゃんには立派なご両親がいるんだ。ご両親と話をして、本人が行くと言わないと難しいぞ?無理強いするものじゃないからな」
「それでもいいんです。お願いします。ダメだったら仕方がないけど、そうじゃないのに何もしないなんて、私は後悔すると思って……」
彼女にとっても貴重な同年代の友達だ。
さらにここまで仲良くなった相手は初めてかもしれない。
幼い頃から一緒にいるけれど、友達を案じたり、その対策を提案をしてくるくらい大きくなったのだなと、彼女の成長を感じて団長は目を細めた。
「サーカスも楽ではないけど、行くところがなくて一時的に身を寄せるくらいならいいって言ってもらえるかもしれないからな。分かった。話してみよう。本人から事情を聞いた方がいいだろうし、希望もあるだろうからな。落ち着いたら退団する事もできるんだ。その辺りも含めて話をしてみるよ」
団長が了承してくれたことを、彼女は大いに喜んだ。
「団長、ありがとう!」
とりあえず自分にできることはやった。
あとは団長が決めることだから、仕方がない。
彼女は満足そうにうなずくと、そう言って団長の前から去っていった。
「まずはセルビアちゃんと話をするところだな」
ここで会ったのも何かの縁だ。
話をして、一緒に回る提案をして、その上で向こうが断ってきたのなら彼女も諦めがつくだろうし、一緒に行くと乗り気なら突いてきてもらって構わない。
セルビアは短期間ながら販売の戦力となっているような子だし、グレイも大人しくていい子だから、一緒に来てもらって問題ないはずだ。
自分の中で結論を見つけた団長は、翌日セルビアと話をしようと決めたのだった。




